見出し画像

走ることについて

私は足が速かった。
小学生の時は自分はロナウドだと思っていた。足の速さを生かし、サッカーで天下を取ってやるぜ。本気でそう思っていた。

中学に上がるとその自負は完全に、粉微塵に打ち砕かれた。
サッカーのクラブチームには私より足の速い奴が何人もいたのである。
それに加えて、私はほぼ身長が伸びなかった。気がつけば、強さも速さも巧さも高さもない、普通以下の選手である事を認めざるを得なかった。

私には戦える武器がなかった。
今はまだなんとかなってもカテゴリーが上がった先では戦えない気がした。
そこで私は閃いた。
たくさん走れる選手になれば良いのだと。
ロナウドは無理でも、ガットゥーゾみたいな選手になろう。相手の喉笛に一度食らいついたら離さない。狂犬のようなハードワーカーになろう。

そのために私は走りはじめた。朝の5時半に、起きて走るのは辛かった。ハスキー犬に追いかけられたり、途中で腹痛に襲われすべてを解放してしまいそうになることもあった。
なんとか耐えた。私は走り続けた。

数ヶ月もたてば10キロくらいのランニングは文字通り朝飯前になった。
その頃には、練習や試合でも最後までハードワークできるようになった。
また泥臭く粘り強くプレーできるようになり、コーチや友達からも信頼してもらえるようになってきた。
地方の陸上大会では優勝できたり、駅伝の選手に選ばれるようにもなった。

なんかサッカーは割とどうでもよくなってきた。これは走りで天下とれるんやないか。
そう短絡的に考え、高校では陸上部に入った。
しかし高校は甘くなかった。まあ練習がきついのなんの。
グラウンドを80周とかもう狂気の沙汰でしかなかった。苦しくて涙が出ることってほんとにあるんだなあと思った。怪我もたくさんした。
結局大した成績は残せなかった。

大学で陸上する気は微塵もなかった。
競技を続けても上にはいけない。上にいけないなら意味がないと考えていた。
自堕落な生活を送っていたが、たまになんか走りたい時があって、そんな時は走る生活をしていた。

社会人になってから、先輩にマラソンに誘ってもらい、大会に出場した。
なんだかとても楽しかった。大会というより、お祭りに来た気分だった。声援を受けるのも送るのも、とても良い気分になった。
勝利や記録を求めるというだけでなく、走ることそのものを楽しむということもできるのだとその時実感した。優れた走力を持ち合わせてなくても、足が前に進めば、走ることはできる。

また走ることは人と人とを繋ぐ力がある。
マラソンは個人競技だが、隣に走る人は敵ではない。と私は思っている。同じ困難に立ち向かうという、彼我の立場を超えた奇妙な連帯感で、走る人々は繋がっている。
苦しみと楽しみと、走り終わった後の喜びを共有できるというのはとても素晴らしいことだと思う。
ぜひみなさん走りましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?