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好きなことを好きなだけ

私は大阪でお笑い芸人をしている。

自分たちで作った漫才やコントをライブで披露しチケット代の何割かを出演料としていただき、それで生活している。

「生活している」は語弊がある、見栄を張った。正確には「生活したい」である。お笑いが大好きで、好きなことを好きなだけやってそれで生活していきたい。でも生きるというのはそんなに甘いものではない。売れていない我々は、お笑い活動での収入は生活費の1/5程度。残りの4/5はアルバイトで稼いでいる。ちなみにこの割合も少し見栄を張っている。ご想像通り売れていないお笑い芸人はお金がない。あたりまえのように毎月通帳は残高0になる。こういうときに銀行は容赦なく、なおかつご丁寧に通帳の残高を0と打ち込む。0と書いてもいいから、今月もよく頑張ったみたいな心遣いがほしい。この世で一番好きな日は30日で嫌いな日は29日だ。

私がお笑い芸人を志したのは高校生の時だ。今の相方とは高校の同級生で、高校生のお笑い大会に出た。結果は惨敗。彼氏とのデートより同級生とのプリクラより、漫才マイクにしがみついた女子高校生の2人はそのまま漫才マイクにしがみつくためにお笑いの養成所に入った。しかし卒業後、現実に直面、夢半ばでお笑い活動を一旦諦め就職する道を選んだ。

だが就職してもお笑いの夢が諦められなかった私たちはもう一度お笑いの道を歩むことにした。そして2年前に正社員を辞めるまで、しばらくはお笑い芸人と正社員の二足のわらじを履いていた。

正社員のころは週5で朝から晩まで働いて、仕事の後にライブに出たり、休日にライブに出たりしていた。お笑いに費やす時間は限りなく少なかった。しかし固定給があるおかげで生活には余裕があった。

仕事が終わってへろへろになりながら「小腹を満たすために時間がないから手軽に食べられる」ファミチキを小腹に押し込みネタ合わせをした。自宅に戻る頃には体力ゲージは0でそのまま気がついたら床で寝ていて朝だったこともあった。2時間のネタ合わせとファミチキはちょうどイコールなのである。

もっとネタ合わせができる時間があれば、もっと机に向かってネタを書ける時間があればと固定給があるくせに一丁前に悔やんだ。でも会社を辞めると一気に貧困になることはわかっていた。毎日ビールが飲めないかもしれない、いや、そもそも水道が止まって水が飲めなくなるかもしれない。そんな未来怖すぎる。でも固定給より好きなことを好きな時間に思いっきりやってそれで生活したいと強く強く思った。

高まり高ぶりどうにもならなくなった私たちは固定給を捨てた。固定給だけでなく会社のおかげでちょっと安くなって、給料から天引きしてくれていた厚生年金、社会保険、ありがたい住宅手当までもを捨てた。

固定給を捨てたら時間が増え、お金がなくなった。市民税の通知が来た時は両手が震えた。(もちろん払った)ファミチキを食べる理由が「安くて腹一杯になるから」になった。

でも私はお笑いに費やせる自由な時間があるのが本当に幸せだった。これまでは仕事が軸でお笑いが付属だった。それがお笑いを軸、バイトを付属にすることができた。もう仕事終わりに駅まで走らなくてよくなった。もうライブの主催者さんに「仕事と両立してまして、集合時間に遅れるかもしれません」と伝えなくて良くなった。もう仕事の休憩時間にネタ帳を広げてネタを考え、誰かが通ると見られない様に閉じるなどしなくて良くなった。今は堂々とネタ帳を広げてネタを書ける。

そして、お笑いを軸に生活出来たその結果、大会でいい結果が出た。結果が出て、固定給を捨てた私たちの選択は間違ってなかったんだと思った。その後私たちをライブに呼んでくださる人が増えたし、たまにテレビに出れるときもあった。初めてお笑いで振り込まれたお給料を見て、普段ライブに見に来てくださっているお客さんの顔が浮かんだ。めちゃくちゃありがたかった。そして私たちのネタがお金になったという事実に、市民税の通知とは違い、幸せに震えた。

お笑いで食っていくというのは不思議なものである。私たちがネタをするからチケットを買って見にくるお客さんがいる。お笑いライブではチケット料で何かモノがもらえるわけではない。お客さんは満腹にもならないし、欲しかった服が手に入るわけではない。髪の毛がツヤツヤになるわけでもない。会場に来た時の格好のままで帰る。でもみんな幸せそうな顔で帰る。友人と来た人はおもしろかったねと感想を述べながら、一人で来た人は心の中で見たネタのことをムフムフと思い出しながら。

私たちが好きなことをやって、それを好きだと思っている人たちが払ってくれた1/5の生活費が誇らしくて仕方ない。感謝でしかない。こんなはたらき方奇跡に近いと思う。

私の夢はこの誇らしい生活費の割合をもっとあげて、お笑いだけで食っていくことだ。どえらい事事しく書いているがこれはお笑い芸人みんなの共通の夢である。今は芸人の在り方も多様化していて、就職しながら両立している人もいれば、もともと芸人一本でやっている人もいる。どちらも本当にすごいと思うし、芸だけで食っていくということは並大抵のことではない。好きなことを好きなだけやって食っていくなんて字面で見ても口に出して見ても甘ったれているようにしか聞こえない。いつ達成できるかもわからない。でも私はそれを達成したい。それでも私はこれからも、固定給はないが、自分の好きなことを好きなだけやって、それを好きだと思っている人に提供する、そんなはたらき方を続けて生きていきたい。



にぼしいわしです。いつもありがとうございます。みなさまのサポートが我々にライブを作らせ、東京大阪間を移動させます。私たちは幸せ者です。