はじめてみた

ブログを始めるにあたり、どのサイトがいいのかを調べてたどり着いた非常にシンプルなサイト、note。

ブログを書くことは初めてではなく、他のサイトを使用していた時期もあるがなかなか続かないというのがこのにあしもん。でも、昔の自分よりも継続できるようになった気がしていて、改めましてはじめた訳です。

突然こんなことを書き始めて皆には驚かれると思うが、私は死ぬのが怖いが死んでも残り続けたいという我儘がある。形に残したい。

昨日の夜、23歳という若さで癌と闘いその闘いを終えた勇士のブログを発見。隅々まで読んで涙が止まらなくなった。そんな彼は文字として残して今後の世界を生きていく人たちへ形を作って置いておいてくれた訳だ。

彼のことを近くで見た訳でもないし私生活がどんなものなのかを直接見た訳じゃないけど、生きていきたいという感情を時間が許してくれていないのを感じた。なんて悲しいことなんだ。そんな生きたくても生きれなかった魂を感じは人々は私を含め、何かが芽生えたに違いない。

そんな芽生えた感情を心の奥底にしまっておくのは、きっと23歳の勇士は許してはくれないだろう。そう思い居ても立っても居られずにブログを開始した。

このブログの目的は、自分の言葉を半永久的にネットの海に残し続けるという事だけ。何かを発信し続け最先端な物を取り扱う為に開いたものではない。少しでも形を残す手段の一つだ。

私はしゃべることが誰よりも大好きで、誰よりも文字にしたがりなのだ。言いたい事、伝えたい事、思った事、公で言うようなことでなければここでぼやくこととしよう。

Twitterって文字数が自分には少なくて、想いの丈を綴っても絶望的。何も伝わらん。掻い摘んでもおかしくなる。でも要約する力は付いたのかもしれないのでそこは良いとしよう。兎に角、私はどうしても形に残さねばいけないと思った。それだけです。

形に残したいというのは、職業柄なのかわからないが粘土もそのひとつ。みてみてーー!!みて!!みてみてーー!!ってなっちゃう。でも、それが私の生きる活力なんですね。生み出して形に残るなら何でもやりたい。

料理も人の記憶に残る。そういう意味でも形に残してきた。


話は変わるが、私は幼馴染を火事で亡くした過去がある。彼女の魂の目的地は聞くことはできなかったが、きっと今でも生きていたかったんじゃないかと誠に勝手ではあるが思っている。中学の卒業式も高校の入学式も卒業式も、旅行へ行くときも成人式も、何か大きな節目の時は、絶対に小さなジップロックから形見を出して手のひらの中に握りしめて私の手汗まみれにしてきた。嫌なことがあれば涙で濡らしたことだってあった。死人に口なしとはいうが、人間ってのは意外と弱いものなので、故人に話しかけることだって今もまだある。

そうやって想いを紡いでいく事を怠ってはいけない、と昨日の夜23歳の勇士を見て心臓が震えた。

すごく長くなったけど、とにかく形を残し続けるために生きていきたい。


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