ドラマ10『大奥』御鈴廊下にこめた美術チームのとある“野望”
ドラマ10『大奥』、ご視聴いただきありがとうございます。
NHKアートは、ドラマ10『大奥』のセット製作や美術進行、CG制作などを担当しています。
『大奥』といえば、本丸と大奥をつなぐ豪奢な「御鈴廊下」での「総触れ」の様子がまず思い浮かぶのではないでしょうか。
吉宗役の冨永愛さんもインタビューで「印象的だったシーン」として語っていらっしゃいました。
わたしも『大奥』のドラマ化を聞いてから、どんなに華やかな世界になるのだろうかとずっとわくわくし、初めて御鈴廊下で吉宗が背負う一面の桜のショットを見たときには、その画面の華やかさに息を飲みました。
この御鈴廊下のセットに秘められた、美術デザイナーと作画担当者の努力とひらめきと試行錯誤、極細の筆で生み出される手描きの障壁画とデジタル技術との関係、そして美術チームの壮大な“野望”…時代劇セットの華やかさの総決算ともいえる、迫力の御鈴廊下ができるまでをご紹介します。
(取材 NHKアート 大庭望実)
”誰も見たことのない“大奥を作りたい
男女逆転の大奥となると、本来女性の園である大奥が男性の園になるということ。
そのためのセットの装飾には、通常の時代劇とは異なる思い入れや苦労があったのではないか…番組のセットや道具、衣裳の方向性を決める美術担当の小林デザイナーに、そのデザインのこだわりを聞きました。
(小林)
「私たちデザイナーは脚本をもとにさまざまな文献や資料を参考にし、番組の主旨に添ったセット空間をイメージしていきます。
それを実際にひとつの形にするには、専門的な技術と経験、知識が必要です。
江戸城のセットを手掛けるのも初めてではありませんでしたが、今回のメインは大奥、政を司る“表”の部分である本丸の表御殿に対して、秘められた“裏”の場所であり、この物語の象徴です。
しかし、特に資料が残っていません。だからこそ、“表”と“裏=奥”をつなぐ御鈴廊下には一番こだわりたい、この番組オリジナルの壁や障子を制作し、“誰も見たことのない”御鈴廊下をつくりたい!と考えましたが、漠然としたイメージのまま具体化するのに思い悩んでいました」
救世主!作画担当の向井さん
そんな小林さんが相談したのが、数々の時代劇の美術セットの作画を担当している向井さんでした。
向井さんは20年にわたり時代劇の番組制作に関わり、障子や襖、屏風などの絵を描いてきました。
その知識は社内随一。鎌倉時代から江戸時代までを網羅し、次は2024年大河ドラマ『光る君へ』も担当予定で、平安時代にも取り組むそうです。
古い建築物の障子や屏風、襖、天井などに描かれた絵画を「障壁画」と呼びます。時代劇の美術セットを彩る大切なアイテムとして、NHKでは、図録などの参考資料をもとに、当時の色合いや細かな描写などを再現しながら、ひとつひとつ手で描き起こしています。
美術セットに障壁画が必要となった際は、時代、背景、ストーリー、登場人物などから、題材の提案も行います。
江戸城のように、すでに焼失してしまった建築物を舞台にしたシーンも時代劇の撮影には不可欠。
舞台となる建築物が現存する場合であっても、数百年が経過した現在の障壁画のままではなく、作品の時代に合わせ、その障壁画が描かれた当時や、完成から数十年経過した頃の色彩を想像し、知見を生かして描いていく必要があるんです。
障壁画はすべて“手描き”?!「デジタル障壁画」ってどんな技術?
この技術を継承するために、NHKではとあるプロジェクトが動いています。その名も「デジタル障壁画」プロジェクト。
障壁画をパーツごとにA3程度の大きさに手描きしてデータ化するものです。
何十年分もの膨大な障壁画のデータがパーツごとに使用できるなんて、壮大なプロジェクトですね!
これからどんな場面で目にすることができるのだろうかと、夢が広がります。たのしみです!
以前は襖や屏風にすべて直に障壁画を描いていましたが、この「デジタル障壁画」の手法を使うと、それぞれの番組で使用するセットに合わせて背景やパーツ同士を自由に組み合わせて出力することができるため、オリジナルの障壁画をその都度スピーディにデザインし制作することができるようになります。
直描きからデジタルに手法が変化しても、スキャンや印刷の技術の進化もあり、手描きのよさ、柔らかさも全く失われず、直書きのものと仕上がりもほとんど変わりません。
それはやはり、手で描いた素材をもとにデジタルで加工しデザインするからこそ。
手描きではなくイチからCGで障壁画を描くこともできるかもしれませんが、デジタルで描かれたモチーフは緻密に見えすぎてセットから浮いたり、見る人に違和感を与えてしまったりする場合があります。
セットが自然で気にならないからこそドラマが際立つ。そう考えて、手描きにこだわっているのだそうです。
直描きの障壁画も、デジタル障壁画のための手描きパーツも、過去に描かれた障壁画はすべてデータベース化されています。
そしてそのデータの中身を誰より知る向井さんによると、なかにはまだ日の目を見ていないもの、描きながらいつか使いたいとずっと考え温存してきたものもたくさんあるとか。
今回、小林さんから「誰も見たことのないものを作りたい、何かないかな」と相談され、実は向井さん、「ついにその時がきた!」と思ったそうです。
御鈴廊下のメインテーマは、「大きな空間をつなげる“うねり”」
御鈴廊下は『大奥』の物語の象徴。
小林さんの抱いていたイメージは、「御鈴廊下を、孤立したモチーフではなく空間をつなげる、表から裏へ続く“うねり”を表現する」というものだったといいます。
ちょっと漠然とした印象を受けますが、一体…?
そんなわたしに小林さんが見せてくれたのは、初期の御鈴廊下のイメージ構成図でした。
“うねり”を表現するのは白蛇や白龍がいいか、水の流れや風の動きがいいか、と試行錯誤していた頃のものだそうです。
そこから大きく舵をきることになったのは、向井さんのアイデアがきっかけでした。
向井さんから「桜の大木」を表現してみたらどうだろう、という提案があったのです。
御鈴廊下の広く長い空間を最初から最後までつなげるデザインにするなら、満開の桜がよいのではないか、しかも、「吉野山の満開の桜の情景を一角だけ切り取ったような、天地(上下)の区別さえない、いたるところ桜だらけの華やかでダイナミックな空間を表現したい!」と向井さんは考えたそうです。
桜は言うまでもなく日本を象徴する花のひとつ。
くしくも吉宗は江戸の町に桜の名所をつくった、桜に縁のある人物でもあり、小林さんもメインテーマにふさわしいと納得。
ただ、向井さんの案を聞いたとき、「桜のモチーフを全面に使用すると、全体の色が限られてしまうのではないか、幹や地面、川なども入れたほうがいいのでは」と考えたそう。
しかし、向井さんから、
「そうすると桜の花を描ける範囲が狭く限定的になってしまい、一般的な障壁画と差異のない空間になってしまう。
ふつうの障壁画では“うねり”や桜のスケール感を表現しきれない。
今回は“男女逆転”という一般的な決まりがない特殊な大奥が舞台ということもあり、一面の桜だけで挑戦したい、どうですか」と言われ、
桜の満開に咲く花や風に舞う花びらが、最初に思い浮かんだ白蛇や龍の鱗もイメージさせ、狙っていた“うねり”をデザイン的に表現できると思い、よしそれだ!と、その案でいくことにしました。
桜の花の5mmにこだわる
ここで、デジタル障壁画の出番です。
向井さんが手描きした数個の桜の花のパーツを、高精細スキャンでデジタルデータにし、何百という桜が散りばめられた満開の空間としてデザインし、図面に落とし込んでいきます。
桜の大木のようなモチーフの場合、木全体を描いて引き伸ばすとどうしても細部が粗くなってしまいますが、デジタル障壁画は引き伸ばして出力すること想定して、それぞれのパーツをできる限り実物に近い大きさに分割して、精度を上げて描くため、大画面でも美しく出力することができ、単調になりません。
直描きの障壁画とほとんど見分けがつかないほどの仕上がりを保ちながら、同じモチーフをいくつも増やすことができますし、大量の障壁画を描くのにかかる時間を短縮でき、自由度が高く、便利になってきています。
また、大空間の御鈴廊下だからこそ、桜の花の大きさには特にこだわったそう。
この桜の花、実は、通常の障壁画よりすこし大きくデザインされているんです。
実際に建具の保管場所にある桜が描かれた過去の障壁画を見に行った向井さん、自分の思い描く大奥の御鈴廊下の桜よりも、花が小さいなと感じたそうです。小さいとちまちまして見えてしまうのではないか、一個一個の花の直径を一回り大きくしたほうが、御鈴廊下の大空間には映えるだろうと考え、図面に反映。
結果として、吉野山に迷い込んだかのような一面の桜に囲まれる空間が実現しました。
(向井)
「たった5ミリ程度の違いでも実際に目で見て確認し、違和感に気づき修正できたことで、イメージしたものをより忠実に作ることができました。
このようなアナログの努力があるからこそ、デジタル技術を利用しても、
より自然に見えるセットを作ることができるのだと思います」
いざ、カメラテスト!
障壁画の題材が決まったら、ここからはデザイナーの腕の見せ所。
ただ空間を美しく作るだけでなく、カメラを通したらどう見えるか、役者や芝居の流れを想定した上で構図を決めて障壁画をデザインするというのは途方もない作業に感じます。
小林デザイナーに詳しく聞いたところ、いろいろなことを教えてもらえました。
障壁画のデザインは、廊下の長さや、こちら側が障子でこちらが襖などの設定をもとに、図面の段階である程度決まります。
そして、次にセットが組みあがった状態を想定し、撮影現場で役者、衣裳、照明、そしてカメラが入った時のことを考えながら、立体的に構図を決めていく必要があるんです。
デジタル障壁画が用いられるようになる前は、すべて手描きで決まった構図の通りに建具に直接障壁画を描いていたので、一度描いたものを減らしたり間引いたりすることは基本的にできず、やり直しがききませんでした。
その点、デジタル障壁画では、全体構成を検討する段階で、このあたりに花びらを増やしたほうがいいとか、逆に多いところの花は間引くなど、段階的にブラッシュアップしていくこともできます。
登場人物の芝居をイメージしてどのように桜の花が映るか、計算も必要です。
例えば、「廊下のこのあたりに座る役者をワンショットで撮るときの背景にもうちょっと花びらがほしい」となった場合にも、構成段階から即座に構図に反映することができるんです。他のカットも同様です。
(小林)
「御鈴廊下の障壁画は前述のとおり、ほとんど金箔と桜の花だけで構成されています。
桜の花もなるべくピンクを抑えて白くしましたが、全体に白すぎて地味になってしまうのではないかという懸念もありました。
でもあまりピンクが強いといやらしい感じになってしまうし、ドロドロした世界であっても品よく仕上げたい…
一枚だけ襖を出力し、ほかの壁画などと一緒に、衣裳も照明もいれてカメラテストを行います。
今回は、金色がどう見えるか、桜の色合いはどうかが一番気がかりでしたが、結果として、カメラテストでも“おお!”という反応。江戸城にふさわしい品のある障壁画ができそうだと実感しました」
「金色の色合いにどれほどの差が?」と思うかもしれませんが、そうではありません。
そもそも膨大なセットでは金箔を使用することができないため、印刷の仕方や絵の具などで表現する必要があるのですが、これがとても手間がかかり、難しいのです。
デジタル障壁画プロジェクトでは「金色・金箔の表現の仕方」をずっと研究していたそうで、今回のお鈴廊下の桜の障壁画で初めて、金色の紙にモチーフを直接出力したそうです。
金箔の「箔足」(金箔の継ぎ目の重なった部分)もひとつひとつがデータで、金色の紙の上に印刷されたものなんです。
箔足の色が強すぎると変に目立つし薄すぎてものっぺりして金箔らしく見えない。
何パターンも出力テストをし、試行錯誤を重ねた結果、理想の金箔の障壁画が完成しました。
いつもは出力したあとに金泥を吹き付けたりして仕上げているそうですが、今回は出力後のひと手間の手作業が不要に。
それも開発の成果のひとつだといいます。
実用化されたのは初めてでしたが、これは大成功だとみんな大満足だったそうです。
また、第1回では、登場人物が身に着ける衣裳も物語のキーでした。
吉宗の黒い衣裳と、水野の黒の流水紋の裃が、御鈴廊下の空間でどのように見えるのかも、わたし自身原作を読んで気になっていたポイントのひとつ。
果たして、ズラッとカラフルな裃を着用した男たちが並ぶ場面でも、衣裳も華やかさに負けない存在感の金と白の桜の障壁画。
黒の衣装も御鈴廊下の空間の中で演出通りよく映え、悲哀も感じさせるしインパクトもある、小林さんの意図した金と白と黒の対比の世界が完成しました。
衣裳についてはこちらのnoteをどうぞ↓
「フィクションだけど、本物をつくる」 大奥200年を見守る御鈴廊下
こうしたいろいろなチャレンジをしているドラマ10『大奥』。
「フィクションだけど、本物をつくる」をモットーに考証もしっかり行っています。
時代考証には大河ドラマで時代考証をしている先生方も入っていますし、建築考証の三浦正幸先生のもとで、デザイナー、CGのスタッフ、演出、プロデューサーも参加して江戸城や大奥の構造や建築についての勉強会をしたそうです。
(小林)
「三浦先生には、いままで江戸城を表現した中でも一番忠実な江戸城だ、
今回の『大奥』に時代考証として関わることが誇りだとおっしゃっていただき、御鈴廊下はもちろんその他の空間も、自信を持ってお届けできるセットになりました。
江戸幕府の長い歴史の間に、将軍は代替わりを繰り返し、居並ぶひとたちの将軍を見る目も違ってきますが、最初から最後まで変わらずその歴史を見守ってきた場所として、御鈴廊下という空間を象徴的に同じ場所として描きたいと考えました。
それぞれの時代の登場人物が、同じ場所、同じ空間にどのような気持ちで立ったのか、御鈴廊下を歩いたのか…ということを感じてほしいです」
第1回で黒い掻取の吉宗が力強く歩いていた大奥の御鈴廊下を、第5回では綱吉が、びっくりするような豪華な打ち掛けを身に着けて進む…確かにまったく違う画面ですが、御鈴廊下という場所が変わらないからこそ、時代が変わり将軍が変わる目まぐるしさも、男女逆転という世界の歪み、登場人物たちのリアルな感情も、より明確に伝わる気がしました。
次にあの場所に立つのは誰で、どのような場面になるのか、いまから目にするのが待ち遠しい思いです。
「デジタル障壁画」で時代劇の伝統を継承!デジタルアーカイブ化の新たなる野望
ちなみに、過去の美術セットをリユースする取り組みにも力を入れています。
御鈴廊下以外にも、本丸や大奥のさまざまな部屋にたくさんの障壁画が描かれていますよね。これらはNHKの時代劇の長い歴史の中で作り続けてきた、歴代の建具を活用しているんです。
障子、戸、ドアなど、番組ごとに新たな建具を制作する一方で、過去の建具も廃棄せず倉庫に大切に保管しています。
このような蓄積があるからこそ、リユースのセットを土台としながら、常に新しい挑戦をし続けられるんですね。
【昔の美術セットの驚きのリユース例について、詳しくはこちら↓↓】
NHKでは、大河ドラマを60年間作り続けています。
長年蓄積した知識と経験とデジタル技術もフルに活用しているからこそ、幅広い時代やテーマにあった大掛かりな美術セットを作り、多彩で迫力ある表現が実現できます。
その歴史の中で開発してきた障壁画のデータを将来デジタルアーカイブとして一般公開したい、という野望もあるそうです。
時代劇を作り続けることによって、日本の歴史と伝統、文化、表現を守り続け、現代の人々にそれを身近に感じてもらう機会を提供することも、公共メディアの使命のひとつ。
いつか、いろんな映像作品やもしかしたら街角でも、NHKのセットにあった絵画が見られる日が来るかも…ということですね!たのしみです!
おわりに
わたし自身、美術デザイナーのお話を直接聞くのは実は初めてだったのですが、番組美術のまるで大海のような広さ、深さを改めて感じました。
広報担当になったのは実は半年前。
以前は文化事業のイベントディレクターをしており、番組やデザインに関する業務に携わった経験はあまりありませんでした。
セットができるまでの過程を、まさか「セットのイメージがどこからきたのか」から教えてもらうことができるとは。
わたしの興奮、少しでも皆さんに伝わっていたらうれしいです。
『大奥』吉宗編、そして大奥の最後の日まで、御鈴廊下がどのように時の将軍や幕臣たちを見守る舞台となっていくのか、今後の物語の展開がますます楽しみです!
ちょっと余談ですが…
障壁画のデジタルアーカイブ化という大きな計画。
といっても、時代劇以外に使用するというのはあまり想像がつきませんよね。
実はもうすでに時代劇以外の音楽番組や語学番組でも、障壁画が活用され始めているんです。
ぜひご注目ください!
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