見出し画像

問題はパンデミック前から始まっていた

 貧困、教育、人権、ジェンダー、労働をはじめとする様々な社会課題は新型コロナウイルス感染症のパンデミックによってさらに浮き彫りになった。公教育の領域では、緊急事態下の教育政策が国と地方、文科省と教育委員会のタテ関係を通じてどのように進められたのか検証する必要がある。その一方で、地方教育行政が抱える現状の課題を等閑視することは出来ない。特に、地方教育行政を掌る教育委員会は、「安倍政権による制度廃止論」が持ち上がる中で政府主導の教育委員会制度改革が進み、教育委員会の独立性が揺らいだ。
 教育委員会は1948年の教育委員会法成立によって発足した。教育委員会法第1条には「教育が不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきであるという自覚のもとに、公正な民意により、地方の実情に即した教育行政を行うために、教育委員会を設け、教育本来の目的を達成することを目的とする」とある。そこには①教育行政の「政治的中立性」の確保、②公正な民意の尊重、③教育行政の地方分権が掲げられていた。しかし、公選制に期待したような公正な委員選出にはならず、1956年に教育委員会法は廃止になった。同年施行された「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(以下、地教行法)により教育委員会制度は公選制から任命制に移行し、任命制教育委員会制度が60年以上続いた。
 ところが、2011年の大津市の中学校で起きたいじめ事件をきっかけに教育委員会制度の存廃を含めた議論が政策課題にまで発展する。2012年11月に自民党教育再生実行本部が「中間取りまとめ」を示し、「形骸化している教育委員会の見直し」、「国が公教育の最終的な責任を果たす」という方針を打ち出して地方教育行政の権限と責任の明確化が示された。その翌月には衆議院選挙で与党民主党が大敗し、自公連立政権の第2次安倍内閣が誕生した。2013年1月の閣議決定を経て設置された「教育再生実行会議」は、第1次安倍内閣時代に設置した「教育再生会議」と同様に首相の諮問機関であり、構成する委員に教育現場の経験者は含まれるものの教育を専門に研究する学識者は含まれていない。同会議の第2次提言「教育委員会制度等の在り方について」(2013年4月15日)では、①首長が任免を行う教育長が、地方公共団体の教育行政の責任者として教育事務を行うように現行制度を見直す、②教育委員会は、地域の教育の在るべき姿や基本方針などについて闊達な審議を行い、教育長に対し大きな方向性を示すとともに、教育長による教育事務の執行状況に対するチェックを行う、ことが示されている。これまでの教育委員会は、教育委員の中から教育長を選び、教育長及び事務局の教育事務の執行状況に対するチェックを行っていた。これに対し、首長が直接指名して選んだ教育長を教育行政の責任者として事務局の職務執行の指揮監督に当たらせることになれば、教育委員会はこれまで以上に教育長以下事務局の提案を追認するだけの、合議制執行機関の機能が形骸化した状態に陥る恐れがある。
 当時の文部科学大臣は、この第2次提言を受けて中教審に教育委員会制度の見直しを諮問し、同提言が示した教育委員会制度改革の具体的実施方法や法制化に係る事項を審議するよう求めた。中教審での審議は「今後の地方教育行政の在り方について(答申)」を出す直前まで教育委員会の独立性を巡って紛糾するが、両論併記をとって教育委員会制度の改革案を答申した。その後与党内で「教育委員会は執行機関とする」ことで合意した。この合意を踏まえて地教行法の改正案が作られ、2014年6月に改正法が成立、2015年4月に施行された。これにより、教育委員長と教育長を一本化し、首長が任免を行う新「教育長」を設置するほか、首長が教育の基本方針を示す「大綱」の策定を行うなどが定められ、首長が教育行政に直接関与することになった。
 教育委員会制度改革によって地方では首長の権限が強化され、ポスト/ウィズ・コロナ時代の教育行政への影響力が強まることは想像に難くない。しかし、最悪のシナリオはそれだけに止まらず、有事の際には官邸主導で国が地方に関与する回路を作ってしまったことだ。それが現実になったのが首相による全国一斉休校要請だったと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?