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東日本大震災から10年、グローバル・クライシスの中で

 まもなく東日本大震災から10年である。 筆者はこの間東北で地域コミュニティの再生と青少年が地域課題に関わる活動に目を向け調査を行ってきた。しかし、彼/彼女等が問題解決のために自らの意思で行動した際に困難が待ち構えていたことも少なからずあった。そこで、「子どもの意見表明権」(子どもの権利条約第12条)の視点から新たな危機に直面する教育の役割について考えたい。

「創造的復興」という名の下で
 2011年4月11日の閣議決定で示された「東日本大震災復興構想会議」の開催を説明する趣旨文に「単なる復旧ではなく、未来に向けた創造的復興を目指していくことが重要である」と明記されていた。東北では「創造的復興」の名の下に生活者の暮らしの復興よりも経済の論理が支配し、当初の復興予算を遥かに超えた額の災害復旧工事が行われた。
 日本学術会議社会学委員会は「東日本大震災からの復興政策の改善についての提言」(2014年9月)で原発事故後の早期帰還政策と巨大防潮堤計画について取り上げて問題点を指摘している。
 同じ頃、背後に道路しかない場所にも防潮堤が整備されていることに疑問を持った宮城県気仙沼市の高校生たちが市内で開催されたある地区の住民説明会に参加した。地区では説明会の直前に防潮堤建設の推進を要望する地元住民が国と宮城県に早期着工を求めて要望書を提出していた。一方、防潮堤の建設によって周辺の自然破壊が起きるのを危惧した住民は計画の見直しを求めて代替案を検討していた。
 説明会当日、行政職員が説明した後に参加した高校生の一人が「他にも選択肢があるのになぜ防潮堤を造るのですか」と発言した。背後からは「よそ者が何を言う」と野次が飛び、周りからも笑い声が聞こえた。高校生たちは説明会の前に海岸工学の専門家らと現地に出向きフィールドワークに参加していた。三陸海岸に計画されている防潮堤は、数十年から百数十年の頻度で発生する津波レベルを想定したもので、今回と同じ規模の巨大地震が発生すれば津波は防潮堤を越流することも指摘されている。
 ドイツの社会学者ウルリヒ・ベックは『危険社会―新しい近代への道』(1998年)の中で、発達した市場社会では危険が危険であるだけでなく、ビジネス・チャンスでもあることを指摘し、「危険の犠牲になる者と、危険から利益を享受する者との対立が高まる」と述べている。
 福島では国家プロジェクトの「福島イノベーション・コースト構想」が始動しているが、その陰で原発事故の被害者は疎外されている。ベックが指摘した「危険から利益を享受する者」は、社会が「脱成長」を目指さない限り存在し続けるのだ。

「3.5%」が社会を変える?
 米国の政治学者エリカ・チェノウェスとマリア・ステファンは、1900年から2006年までに起きた市民による非暴力な抗議活動を分析した結果、参加する人口が3.5%に達すると重要な政治的変化が起きる「3.5%ルール」を提唱した(Why Civil Resistance Works: The Strategic Logic of Nonviolent Conflict, 2012)。
 気候変動に関心を持つ若者が増えている。スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが始めた「たったひとりのストライキ」に刺激を受けた若者たちが気候正義を訴える「フライデーズ・フォー・フューチャー」というムーブメントだ。グレタさんと連携し若者の活動を支える英国の環境保護団体はチェノウェスらの研究成果を参考にしている。
 2019年9月、国連気候変動サミットに参加するためグレタさんはストックホルムからヨットで大西洋を横断しニューヨークに到着した。サミット直前の9月20日、「グローバル気候マーチ」が開催され、彼女は子どもたちの前でスピーチを行った。ニューヨーク市はその日公立学校の臨時休校を決め、保護者の同意書か大人同伴であれば生徒が参加するのを許可した。参加した子どもたちは「将来のために勉強しろと言うけど、私の将来はもう破壊されている」、「大人は老害で死ぬかもしれないが、自分たちは気候変動で死ぬ」と訴えた。
 気候変動をはじめとする環境問題は、世代間公正の観点から子どもが主役でなければならない。なぜなら現代世代が自然を破壊し、資源を使い尽くしてしまうと将来世代に大きな損失をもたらす。だから、将来世代である子どもの参画の機会を保障しなければならない。それを可能にするためには子どもの意見を尊重する態度が大人側に求められる。
 気仙沼の高校生に浴びせられた「よそ者が何を言う」とは、「当事者じゃない地区外の者は黙っていろ」と言うことだろう。しかし、当事者とは誰なのか。むしろ地域の対立を避けて無関心を装う住民こそ当事者意識に欠けていたのではないのか。あるいはその心情の奥底にあったのは、どうせ何を言っても決定に関われないという諦めなのかもしれない。
 ユネスコの生涯教育を推進し、1985年の『学習権宣言』の思想にも影響を与えたエットーレ・ジェルピは、「青年、労働者、農民、女性、社会的・職業的な差別を受けているすべての人々、移民、第3世界の抑圧された人々、彼らはしばしば社会的・文化的な闘いの主人公になる」と述べている(『生涯教育―抑圧と解放の弁証法』、1983年)。
 「3.5%」のマイノリティが社会を変えるには多様な意見を受け入れる民主主義のための教育が学校と社会の双方に求められている。

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