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ふたりの母

こんばんは。

のんちゃんです。



昨日、久しぶりに

うちの母と電話した。

ラインでね。

顔をみながら

久しぶりにゆっくりと。


そしたら、

なんとはなしに、

義理のお母さんの話になってね。


そういや、最近会ってへんわー。って

いったら、



顔みせたりや。って言われて、


えー、だって、話することないねんもん。って返した。



そんなん、別になんでもええねん。って言われて、

。。。。っていう事も浮かばず、

なんとなくむーんとして、

他の話をして終わった。





今日、出かける用事があって、

帰り道、ふと、もうひとりの母に会いに行こうと思った。

車を、自分家じゃなくて、

母の家に向かわせて

ドキドキしながら

車を止めて

車からおりて

前庭にある、数年前に亡くなった旦那のお父さんのみかんの木に

ただいま。ってあいさつして、

ドアをたたいた。


もうひとりの母が

すこし白髪が増えた、もうひとりの母が

迎えてくれた。


挨拶をして、

お父さんの遺影に手をあわせて、

話すことを探しているわたしに

やさしく話しかけてくれた。



なんのことはない、

勝手に会うハードルをあげているのは、わたしだけだった。

もうひとりの母は

いつでもわたしのことを迎える気持ちで待っていてくれた。

やまほどの、くだものをおみやげにくれて、


そして、最後に、もうひとりの母が言った言葉は

わたしの両親は元気なのか?ということと

わたしの両親と話してるのか?ということと

わたしの両親によろしく伝えてほしい。ということだった。




そして、久しぶりの訪問に

緊張ぎみのわたしに

最後に、きてくれてありがとう。と言って

送り出してくれた。



わたしには

おおきな愛で包んでくれる

ふたりの母がいるんだなぁ。って。

いつでもみまもってくれているんだなぁ。って。


いま、かいていて、涙がでる。

生きているうちに

会えるうちに

あいにいこう。

いつ、あえなくなるかわからないから。




そういえば、うちの母と話したのは、

亡くなった旦那のお父さんの最後の頃のことだった。

そのときの話に出てきたのが

もうひとりの母のことだったんだよね。

お父さんの愛とお母さんの愛が感じられる思いでの最後の誕生日パーティーだったね。


お父さんがわたしの母の口を借りて

もうひとりの母に会いに行ってほしい。

と言わせたのかもしれないね。


大好きなお父さんだった。

いまでも、大好きで

会いたくて会えなくて

でも、いつも見守ってくれているね。


わたしには、

ふたりの母と

ふたりの父もいる。




幸せだよ。



ありがとうございます
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大阪出身アメリカ・サンディエゴ在住の典子です。初心に戻って自分の思いを形に残していきたいと思いNoteをはじめました。楽しく書く。を続けていきたいです。さくらももこさんの「富士山」のような自分の好きだけ詰まった本が書けたらいいなぁ。
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