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三月の風

他のミュージシャンとは一線を画す、時制の表現法

シンガーソングライター、長澤知之。彼の紡ぐ詞世界は、他の誰とも重ならず、それでいて胸の奥深くの“痛み”にそっと触れてくる。単体の“詩”作品として完成されており、文学的な味わいをたたえつつ、その実、切実な感情を詠う――。彼の曲は、「趣(おもむき)」というものの深度が並外れている。

たとえば『三日月の誓い』の「忘れられないと思うから 忘れられないと思ったさ」という一節。終わってしまった愛を歌うこの作品の中で、か細くも鋭い月光のような名文だ。ただ、文の構造をみてみると、一つの文の中で時制が「思う」「思った」とズレている。それを「から」でつなぐ文体は、非常に特異だ。しかし、私たちは肌感覚として、誰かを愛する/愛していたときの感情が「わかる」ため、この一節に得も言われぬ感慨を抱いてしまう。「忘れられない」と思う瞬間を、未来の自分が回想するとき――あのエモーションを言葉で表せば、まさにこうなのだ。

このエッセンスは、『無題』の中の「今を今より想おうと思う」にも表れている。この一文に2回ずつ登場する「いま」と「おもう」は声に出せば同じだが、意味が全く異なっている。詩人としての長澤のセンスが凝縮された好例だ。

『明日のラストナイト』も、時制的な遊びがある一曲。「明日の昨夜」といえば今夜のことで、ただ「今日」とストレートに言うことはしない。長澤のデビュー曲『僕らの輝き』では「来週も再来週も日曜の終わりは月曜の足音」と表現しており、連続するものの一部として切り取っているのが彼ならではの目線だ。

否定と肯定。誰といるかで、「今日」の描き方が変わる

反対に、長澤が曲の中で「今日」を言葉にして歌うとき、そこには苦悩や諦念が付きまとうことが多い。「僕は今日も雨でした」と嘆く『P.S.S.O.S.』、「いつの間に『今日』になったんだ 24時のランドリー どうも思うような明日にはなりそうもないな」とため息をつく『24時のランドリー』、「どうやって今日休もうかウトウトと」考える『センチメンタルフリーク』、「今日も会えずじまい」な『蜘蛛の糸』……。さらに『夢先案内人』では「過去にしか永住権を持てない」と語り、生きづらさと明確に結びついている。

ただ、その長澤が、「今日」を肯定するシチュエーションがある。それは、「独りではない」ときだ。『享楽列車』では「今日は今日が 明日は明日が心配するんだから」と語り掛け、
『Close to me』では「遠くを見てた あなたに僕は未来を見た」と希望を歌う。『バベル』では「そうさ今日も追うよ あの太陽を 二人で一歩ずつ頷くんだ」、『アーティスト』では「青空に黄昏ても仕上がらないよ 明日の朝陽を望むのさ」と鼓舞し、愛する人と過ごす時間の尊さを描いた『コルク』では、「君はずっとずっと 僕より長く生きてほしいって思うんだ」という願いと、だからこそ「いつだってお祝いしよう いつだって乾杯しよう」と今日という日を慈しむ大切さを示している。

寂しさの中に明日への希望を感じさせる新曲『三月の風』

1人では孤独。ただそのぶん、誰かといられるときは安らぎをおぼえる。これもまた、自分自身のパーソナリティを臆さずに歌詞に表現していく長澤の魅力といえよう。そんな彼が、「誰かに向けて」歌詞を紡ぐとき、優しさとしなやかさが新たに加わる。そのことを改めて感じさせられるのが、3月10日に配信リリースされた最新曲『三月の風』だ。

タイトルにある通り、本作は「三月」という「別れの季節」を歌った曲。三月といえば学生にとっては卒業の時期であり、社会人にとっても部署異動などが多く、様々な形で旅立ちを経験する時期でもある。長澤はリリースに際し「年齢も性別も、現実や夢の話問わず、⾃分や誰かの別れや旅⽴ちを肯定したい時、この曲を利⽤してくれたら幸いです」と語っており、「リスナーに向けて餞(はなむけ)を送る」という想いが感じ取られる。

歌詞を見てみても、「もう⼀度 約束をしよう」「きっと僕らはまた会えるよ」といったポジティブなものが並ぶ。「明日」や「未来」を感じさせるワードが多いのも、本作の特徴だ。ただ、だからといって長澤が本来の繊細さをかなぐり捨て、無理にテンションを上げているわけでは全くない。むしろ、全体から伝わってくるのは抑えようのない寂しさ。それは「忘れずにいてよ 君と僕の⽇々を」や、「だから笑顔でいて さよならの時こそ」といったフレーズに、如実に表れている。別れのつらさを感じつつも、明日への希望に目を向ける。このささやかな前向きさが、私たちの心にそっと寄り添い、温めてくれるのだ。

時制の表現方法にしても、「今がいつかになっても」と、実に彼らしい言葉が綴られている。過ぎ去っていく「今」に切なさを抱きながらも、「今でも 三月の風は変わらず夢の中」と、思い出の永遠性も語っているのだ。ちなみにこの「いつか」は、『歌の歌』ともリンクしているように感じられる。こちらでは、「この瞬間は どこにもいかないよ 胸に宿るんだ いつかになっても」と書いており、フィジカルな別れが必ずしもメンタルの別れとイコールではない、という彼の思考が反映されている。たとえ会えなくなっても、共に生きた時間はずっと遺り続けるのだ。

『カスミソウ』との不思議な符合

また、やはりこのタイミングでリリースされるということは、新型コロナウイルスが蔓延した世界に対する彼なりの救済の想いもあるのだろう。ここで思い起こしたいのが、長澤が2012年にリリースした『カスミソウ』。本作は、シングルの売り上げの一部が東日本大震災の被災者支援のために寄付されたことでも知られている。楽曲自体は以前に出来上がっていたが、長澤の「今だからこそこの曲を聴いてほしい」との想いからリリースされたものだ。

『カスミソウ』と『三月の風』はともにイントロがなく、長澤の優しく語りかけるような歌声から幕を開ける。前者は「うつむいて」、後者は「曇り空よ」とどちらの曲もダウナーなイメージから始まり、歩調を合わせるように少しずつ前進してゆく。そして、『カスミソウ』は「空のある未来」、『三月の風』は「時を超える」とどんどん開けていく。聞けば、『三月の風』も長澤が十代の頃に作った楽曲がベースになっているそうで、この2曲は兄弟のような間柄といえるだろう。どちらも聴く者の痛みを悼み、そばにいようとしてくれる。いわば、メッセージが届くことで完成する楽曲だ。

コロナ禍において、2020年の長澤は、有観客のライブを行うことができなかった。オンラインライブを精力的に行い、新曲を複数リリースしたものの、「オーディエンスの前で歌いたい」という想いは強かったことだろう。そんななか、久方ぶりの有観客ライブ「長澤知之 BAND LIVE 2021」(3月7日に東京・恵比寿LIQUIDROOMにて実施)でこの楽曲が初披露されたことに、運命的なものを感じずにはいられない。

このライブでは、現在長澤が展開しているリリックビデオ制作プロジェクト「L Y R I C S」と連動し、ほぼ全編にわたって映像演出が施されていた。そんななか演奏された『三月の風』は、画面の左半分に日常風景を切り取ったスライドが映され、右側に歌詞が表示されるなかで長澤が歌う、というものに。穏やかに、そして真摯に歌い上げる長澤と、楽曲に身をゆだね、ゆるやかに身体を揺らしつつ聞き入るオーディエンス。届け手と受け手の幸福な関係性が、確かにそこにあった。


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長澤知之 BAND LIVE 2021 オフィシャルライブレポート | ポップシーン:音楽を中心としたカルチャー情報を発信するウェブジン (popscene.jp)

「会えない」日々が続く今。私たちが胸に抱く孤独は、日に日に膨張している。そんな心を修復し、「きっとまた僕らは会えるよ」と約束を交わしてくれる『三月の風』。いつか、長澤が再び様々な地に赴き、歌を届けるときが帰ってくる。この曲は、そんな未来を歓待するギフトになっていくことだろう。

SYO


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【三月の風】

G      D  Em    Bm
曇り空よ   曇り空よ
Cadd9     G    Dsus4       D
いつまで涙を こら えているんだ
G        D  Em     Bm
寂しくても  雨は兆す
Cadd9      G   Dsus4     D
そして風は運 ぶ 新たな訪れを
Em       Bm  Em      Bm
君の持つ夢 に 翼を願うよ
Em        Bm    C    Dsus4
お別れの向こ うに 青写真を 見て

D         G D      Em Em7  C        Cm
そうだよ  三月の風は         変わらず 胸の中
G  D     Em Em7  F    C        G  Dsus4 D
忘 れずにいてよ     君と 僕の日々を

G   D    Em    Bm 
もう 一度 約束をしよ う
Cadd9   G         Dsus4    D
駆け巡る ように 時は 過ぎるけど
G        D      Em       Bm
きっとまた 僕ら は会えるよ
Cadd9    G        Dsus4       D
だから笑顔でいて さよ ならの時こそ
Em      Bm    Em         Bm
見慣れた 景色の 尊さに気づけたら
Em          Bm  C           Dsus4
それはきっと 遠い 明日へのギフト
D    G D      Em Em7  C       Cm
そうだよ 三月の風は         変わらず 胸の中
G   D    Em   Em7  F   C       G  D(F#)
また 奏で ようよ     時を 超える調べ

Em            Bm
変わらないこと 変わること
C                Dsus4  D
ここが どこかになって もまだ
Em             A     C            Dsus4  D
僕らはずっと夢の 途中 同じ空を眺めて る
Em          Bm
嬉しいときも 悲しいときも
 C               Dsus4  D 
今が いつかになって もまだ
Em              A       C          D
僕らはずっと夢の 途中 同じ 空を眺めて る

G D     Em Em7  C        Cm
三月の風は        変わらず 胸の中
G  D         Em Em7    F    C       G
忘 れずにいてよ      君と 僕の日々を
Esus4 E.    A E      F#m F#m7  D       Dm
今でも            三月の風は           変わらず 胸の中

A    E        F#m F#m7  G       D      A  Esus4 E
また 奏でようよ            時 を超 える調 べ
A      E   F#m       C#m
もう一度   約束をしよう
Dadd9    A     Esus4        E
駆け巡る ように 時は過ぎるけど
A        E  F#m          C#m
きっとまた  僕らは会えるよ
Dadd9       A     Esus4  E     A  Esus4  E
だから笑顔で いて  さよならの時こそ
 
A/E/F#m/D
A/E/D E/A
 






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