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「おかえりモネ」論 その5 森林組合とは何なのか

タイトル以外すっかりドラマ本編と関係なくなってしまっているこのシリーズ。それでもドラマ序盤は物語の舞台をやんわりと周回しているつもりでした。それが、こちらが忙しくて書くのをおろそかにしているうちに、百音が上京してしまい、たくさんの出来事とたくさんの経験を経て、なんとUターンしてしまったではないですか。おそらく視聴者がもっとも注目したロマンスをすべてスルーして、こちとらまだ序盤の続きを書いています。というか、このシリーズはたぶん東京に行くことはありません。気象のことは分かりませんし、最初から予定通りなのですが、なんだかただの言い訳にしか見えませんね。このまま林業の話をあと少しだけして、もういちど震災の話に戻って、ドラマの終了の頃に脱稿しようかと思っております。

さて、百音が最初に就職したのは登米市にある森林組合でしたが、そもそも森林組合とはどんな団体なのでしょうか。林業は農業と違って土地の個人所有の概念が薄く、「里山」は農用林とも呼ばれ、畑の肥やしや煮炊きの薪や、食料を取ってくる場所であって、木材生産が主たる目的ではありません。ですので、近代以降の産業革命で大量の木材を必要としたとき、その産業の担い手が必要で、政府が創設したのが森林組合でした。

林野庁経営課が2016(平成28)年に作成した「森林組合の現状」によると、明治40年森林法改正(1907年)で森林組合が規定されました。説明によると「人工林造成など積極的な山林利用の促進のため、森林施業等を協同で行う団体組織」ということです。当時は任意設立(ただし設立されたら地区内の有資格者は強制加入)でしたが、昭和14年法改正(1939年)では戦時体制下の木材需要により、設立自体が強制になっています。なので当時の市町村には必ず存在していたものと思います。いわゆる林家はすべからく、お国のために木材生産をする構成員として組織化されていたわけですね。強制化については戦後、昭和26年法改正(1951年)で自由化に改められました。

現在では森林組合法という独立した法律で規定されている団体ですが、森林所有者の共同組織であること、所有者からの委託で森林経営(ざっくりいうと山を育てる行為全般のこと)をおこなうことは森林法当時から変わりません。また、もともとは木材生産で国家経済に貢献することが主目的だったはずですが、いまでは「森林の保続培養といういわば公益的な機能の発揮にも寄与する」(前出の「森林組合の現状」)という目的があります。

この「公益的」というのは、ざっくり言えば何らかの方法で世の中の多くの人の役に立つということだと思いますが、具体的な内容は時代を経てかなり広くなっています。適切な森林経営は、台風などの際の災害を小さくしますし、ダムのように水がめの役割も果たしてくれます。あるいは温室効果ガスの削減にも貢献しますし、貴重な動植物の保全にもつながります。さらには森林そのものが教育や健康にも貢献するとされています。

百音が勤めていた「米麻町森林組合」には山に入って直接的に作業する熊さんたちがいましたが、彼らは森林所有者ではありません。おそらくあの組合の管轄はほぼサヤカさんの土地ですので。熊さんは森林所有者から委託された作業員です。また、百音たちも森林セラピーをしたり、小学生たちを招いて授業をしたりしていました。これら全体が森林の公益的機能と言えます。

ただし、これまで書いてきましたように、林業自体が儲かる産業とは言えません。ひとつの民間事業として黒字を出すこと自体が極めて難しいけれど、誰かが山を管理していかなくてはいけません。そのため、公益的機能も含めた適切な森林経営がされていれば、それ自体に対して国から森林所有者へ直接的に支払われる経済的支援の制度があります。それを元手にして森林組合に作業(正確には施業と言いますが)委託することによって、森林組合が活動できています。

そうなのですが、それでも組合の経営は厳しいものがあります。「森林組合の数は、最も多かった昭和29(1954)年度には5,289あったが、経営基盤を強化する観点から合併が進められ、平成30(2018)年度末には617となっている」(令和2年度森林林業白書)のが現状です。米麻町森林組合はおそらく、登米市のなかでも一部地区に限定された組合のように見えますが、全国的には広域連合化がかなり進んでいます。ちなみに、ドラマのモデルになったらしいという実在の森林組合があるのですが、ものすごく立派でびっくりしました。

経営基盤という意味では、収益を上げやすいように、森林経営だけでなく木材加工や製品の販売ができるようにしたほか、1世帯1名だった正組合員の資格を拡大して実質的な後継者を組合に取り込めるようにしたり、商業のプロを理事に入れることを義務化したりと、制度も改変されてきています。サヤカさんから広葉樹の製品化を任された百音が学校の机を開発しますが、まさにこのような背景あってのエピソードと言えます。

ところで余談ですが、戦後に森林組合は法制度上、性質によってふたつの組織形態に分離しています(戦前からの性質を受け継いだものではありますが)。森林経営を共同で実施するための団体としては上記の森林組合なのですが、それとは別に生産森林組合が規定されました。「森林組合が、組合員の森林経営の一部(施業、販売等)の共同化を目的としているのに対し、生産森林組合は、『所有と経営と労働の一致』を理念として、組合員の森林経営の全部の共同化等を行うことが目的」(前出の「森林組合の現状」より)です。よって「組合員は、森林の使用収益権を生産森林組合に移転して森林所有者としての地位を失う。生産森林組合は、森林経営の共同化をその生産面において徹底して行うこととしており、事業に必要な労働力は組合員から提供されることが原則」(同)です。

つまり、森林所有者個人が所有者のまま共同で、人を使って森林経営するのが森林組合。所有権自体を団体所有として、地域の人たちだけで森林経営するのが生産森林組合です。前回、入会林野について書いた際に登場したように、実際の生産森林組合は共有地の所有形式として選択されたケースが半数以上で、当時はこの形式以外に適当な法人格がなかったと言っていいと思います。いまでも3,000近い組合がありますが、近年では公益法人の一種である認可地縁団体への移行が簡便化され、そちらへの移行が税制上も所管上も運営しやすいのではという意見もあります。私が研究していた当時の意見も同じようなものでした。

ちなみに百音が就職した2014年は、映画『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』が公開された年でもありました。この作品での森林は中村林業という民間企業による経営でした。調べていて知ったのですが、映画版もその前に放送されたラジオドラマ版も、直紀さん役は長澤まさみだったんですね。

あと1回ほど林業の話をしたいと思います。


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