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「おかえりモネ」論 その2 森は海の恋人

 書くことを自分に課すためにとりあえず1回目を書いたはいいものの、何かを書く時間を取れない状態がしばらく続いていたのですが、ドラマはすっかり8週目も終わってしまいました。それでも物語の時間が2年ぐらいしか進んでいないのが救いです。

 ところでこの『「おかえりモネ」論』のヘッダーに使用している写真は、私が2015年に撮影した石巻の夕焼けです。かつて東北に住んでいたこともあり、縁を感じて三陸沿岸には何度か足を運んでいます。ドラマにも登場したBRTに乗って気仙沼から陸前高田を通って大船渡の盛まで行ったこともあります。この写真は、勤めている会社の有志で東北のとある団体と交流するために訪れた際に、漁港で撮影したものです。マジックアワーというのでしょうか、こんなに美しい空には、以後巡り合っていません。

 石巻では、ホヤ漁の漁師さんにお会いしてお話を伺ったり、実際に船に乗せてもらって、漁の様子を見せていただいたりしました。厳密に言うと私たちのためにわざわざ船を出してくれたわけですが、海に沈めてある綱を引き上げると、そこにはこんなふうにホヤがくっついていました。見た目がどうも…、リドリー・スコットの映画で見かけたら絶対ヤバいやつですよね。

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 そのホヤを剥がし、底部にナイフで切り込みを入れて、山吹色の身を取り出して頬張る。臭みなんかまったくなくて、甘みと海水の塩気と潮の香りが口の中にどばーっと入ってきます。あのときのホヤは、この人生でもっとも旨い食べ物でした。これはいまだに断言できます。一口ごとに唸るほど旨いんです。

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 漁港の近くの山には、写真だとちょっと分かりにくいのですが、枯れた木が少し見えると思います。いま生きている木はあの津波でも生き残った木なので、つまり、その手前まで海水が来たという痕跡になっています。

 ドラマでも取り上げられましたが、石巻は種牡蠣の大産地です。私が訪れたときにも写真のような貝殻の山がありましたが、2015年ですので、ちょうど百音が登米の山を管理していた頃の養殖の風景ですね。劇中では、おじいちゃんの龍己さんが、仕入れる種牡蠣のために登米の山に木を植えたことで、山主のサヤカさんとの交友が生まれています。登米の山から下りてくる水は、北上川の河口がある石巻にたどり着きます。

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 木を植えるとなぜ牡蠣にとってよいのか。植えるからよいというよりは、健康な山がよい牡蠣を生むと言ったほうが正確だと思いますが、降った雨が山で吸収されて枯れ葉や土を通ることでミネラルを含み、やがて川から海に出ます。その栄養が牡蠣の生育に重要なのです。映画『種まく旅人 くにうみの郷』(篠原哲雄監督、2015)では、瀬戸内海に通じる川に護岸工事がされた結果、山から来るミネラル分が減少したことで海苔の生育に影響が出ていることが描かれました。あの作品では、山の土を海に投入するシーンもあったように記憶しています。山と海は、川を通じてニコイチの関係にあると言ってよいのだと思います。

 リアル世界の気仙沼には、牡蠣養殖家の畠山重篤氏がいます。ドラマの龍己さんを見たときにモデルなのではとピンと来たのですが、制作陣は実際に彼の元を訪れているようです。高度経済成長期に水質が悪化し牡蠣の生育に影響が出たとき、彼は山に着目しました。

 劇中ではサヤカさんがカスリン台風のときに生まれたと明かすシーンがありますが、もともといまほどモリモリでなかったこの国の森林は、戦後復興期に大量の木材を必要としたために、短期間にかなり荒れてしまったんですよね。その際に到来した強大な台風で、岩手県南を中心に甚大な被害を受けてしまいます。本来の健康な山というのは、木が地中深く根を張り保水力を持ち、落葉が地面に溜まっていて、その下にA0層と言われるふかふかの腐葉土がある状態です。畠山氏はこの状態が牡蠣の生育によいことを見抜き、仲間に声をかけて地元の川の上流にある室根山に植樹してきました。それを歌人の熊谷龍子氏が「森は海を海は森を恋いながら悠久よりの愛紡ぎゆく」と詠み、活動は「森は海の恋人」と呼ばれるようになりました。

 私が学生の頃は政府も「流域管理システム」と言って、この国を自治体の境界でなく、河川を軸にした地域分けをして、それを一単位とした森林管理と木材利用を推進していました。また畠山氏は私の母校にも非常勤講師として来ていたのですが、当時なんとなく世の中を斜に構えていた私は、ついぞ彼の講義を聴くことがありませんでした。きちんと素直に勉強しておくんだったなと、いまさら振り返っています。

 海と山をひとつかみに捉えるドラマはたいへん珍しいと思います。山の恵みがあって海の恵みがある。百音はそれを体現しているのだと言えます。次回は山の話を書きたいと思います。


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