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U2 / The Unforgettable Fire (1984)

初期3作(いわゆる「少年三部作」あるいは「ダブリン三部作」)とライヴ・アルバムを経て”第1章”を締め括ったU2が、新たな音楽の旅を始める起点となった4作目のアルバム「焔」。

スティーヴ・リリーホワイトに替わって新たにブライアン・イーノとダニエル・ラノワをプロデューサーに迎え(これはやがてU2との黄金タッグとなる)、ポスト・パンクの範疇を超えたスケール感とアンビエントなサウンドを導入した”印象派”の作風に変化。

ジ・エッジによる鋭角なギターは繊細なニュアンスを帯びながら淡く眩くゆらめき、ボノのヴォーカルも憤りと激情に加えてゴスペル(イーノも本作制作の前にゴスペルに傾倒していたという)のように慈愛と荘厳さを湛え、明らかに新境地に達している。

そして本作の重要なモチヴェーションとなっていたのが、前作の「WAR」ツアー中に訪れたシカゴ平和記念館で行われていた広島と長崎の被爆者が描いた絵の展覧会「Unforgettable Fire」と、マーティン・ルーサー・キング牧師。
平和と自由の重みを背負った存在が彼らに大きなインスピレーションをもたらし、それが深遠なる本作の根幹を成している。

次作で世界的なバンドへと大化けするより前に、ダブリンで作り上げたこのレコードは、MLKやエルヴィスらを通してアメリカを見据え、やがて”ルーツ音楽”を巡る旅へと向かっていく。




怒りと祈りが高いところで結びついたようなボノの声が胸を打つ名盤。

前作までの蒼さと鋭さ、次作からの覇気と大らかさの間にある、音楽性と精神性と時代性と彼らの人生とがぎりぎりのバランスとテンションで均衡を保っているように思う。






去年の秋に旅行で初めて広島に訪れたとき、行きの機内で僕はずっとこのアルバムを聴いていた。

戦禍で両親を失いながら今でも元気にお好み焼き屋を営んでいるおばあちゃんのしわが刻まれた手。平和記念館で説明文を一字一句見逃さないように真剣に読み込んでいたアメリカ人夫婦。灼熱でコンクリートに焼き付けられた人の影。ひしゃげた弁当箱。危険と隣り合わせで負傷者の治療に当たった医療者。最後の救いを求めた川の流れ。届かなかった手紙。献花に囲まれた慰霊碑に細かく降り注ぐ雨。夜の原爆ドームの横を楽しげに会話しながら通り過ぎていく地元の高校生。

そんな断片的な記憶をまだ不確かなまま抱えているのがもどかしい。
でも忘れない。

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