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【FrostPunk】He is one of the scouts

 彼はごく普通の人物に見えた。先のいつだかの戦争で戦績を上げたとも聞いたが、だからといって特に畏怖は感じなかった。これは俺が、単に軍でも街でも独り者のはぐれものであったからかもしれないが。つまり俺はこの穴ぼこの底にじわじわと広がっていく街のようなものを率いている、キャプテンと呼ばれる人物に良くも悪くも何の感情も持っていなかった。彼を支えたいとも思わなかったし、彼に不信を抱く機会もなかった。そもそも顔を見た記憶が2回位しかない。ここに辿り着くまでは猛吹雪の中、ひたすら前を見つめて歩いてきたし、ここにたどり着いてからはずっと凍りついた石炭を掘っていた。着膨れた他人の顔なんぞ、まじまじと見る理由も余裕もあるわけがない。

 俺はそういう独り者のはぐれものだったので、ビーコンが上がり穴ぼこの外を探索するスカウト隊が結成されると聞いて手を上げた。無論、この過酷な寒波の中を望んで放浪したいわけじゃない。石炭を飲み込み黒鉛を吐き出すバカでかい筒を見上げて、明日を祈ったり今を罵ったりするのが単純に性に合わなかった。それよりは外へ行くほうがいいと思えたし、そう思えるということは多分俺にこの仕事は向いている。そういう仕事は向いてるやつがするべきだろう。

 スカウト隊を集めるキャプテンは少し高揚しているような顔をしていたような気もするが(これが彼の顔を見た多分3回目の記憶だ)、どうせ雪と蒸気で誰がどんな顔をしているかなんてよく見えないのだからどうでもいい。今の気温はマイナス30度、どこに行ったって寒いことは寒い。あとこの街には子供だっている。俺のような独り者のはぐれものでも暖かく過ごす権利はあるだろうが、子供のそれのほうが優先されることぐらいはわかっている。俺は別に冷酷な人間ではないから。スカウト隊に志願した理由はその程度のことだ。そしてスカウト隊は案の定、俺と似たような独り者のはぐれものばかりだった。

 スカウト隊が何を見たかは日誌を見てくれ、なるべく正直に見たまま知ったままを書いたから。というか正直に書くしかなかった。穴ぼこの街と切り離されて行動する俺達は、何が街にとっての希望もしくは絶望なのかわかりようがないからだ。資源は希望だろう、それはわかる。だが持ち帰った木材を置いておく小屋が手狭で住人を右往左往させたりもした。鉄くずを集める人手が足りなくて子供まで働かせていると聞いたから、かつての俺達のようなコンボイの生き残りを見つけて連れ帰ったら、彼らの家と飯が間に合わない。外に同じようにコロニーを作っている人間がいたことを見つけたときは、スカウト隊の中でも少し議論があった。これは知らせるべきなのか?これはあの穴ぼこの街にとって希望なのか?絶望なのか?考えてもわからなかったから、正直にそのまま報告した。街は少しパニックになり、それに対応するキャプテンを見ながら俺達はまた外へ向かった。

 俺達にとって街は連続していなかった。帰るたびに街は様相を変えていた。人も。ランダムに撮影された写真が並ぶアルバムを眺めているようだった。かつて俺から短い四季の便りだけを知らされる田舎のお袋はこんな気分だったろうかと考える。キャプテンは毎回俺達の帰還をそれこそ田舎のお袋のように大げさに喜んだ。だが次の瞬間には俺達が持ち帰ったものを検分し、即座に次の探索を命じた。彼は、生き残りを見つけたら必ず全員連れ帰ってこいと強く言った。俺達がさりげなくそれ以外の選択肢を示しても、つまり見捨てることもできるのだと匂わせても、彼は特に感情を動かさず、しかし頑固に常に全員連れ帰れと言葉を重ねた。

 人道的で温情ある決断と言われればその通り。信念に支えられた強固な意志と言われればこれもその通り。だが増えた住人の家と飯を確保するのに、どれだけのコストを払い、それに伴う住人の不満の矢面に立たなければならないことを誰よりも知っているはずなのにこの迷いのなさは?彼は何を知っている?いつかこの冬が終わることを?始まりもわからないこの冬が?信じているとしたら狂人だ。しかし彼はおそらく、多分、これまでを見るに、狂ってはいない。だとしたら、それを「知っている」としか考えられなくないか?何を?なぜ?

 俺達がドレッドノートの残骸を発見する少し前くらいからだったか、俺達にとっては相変わらず断絶した街の様子が明らかに変化し始めた。街に墓地ができていた。闘技場と酒場も。なにやらでかい建物に派手な色をしたバナーが吊り下げられた。俺達が持ち帰った蒸気核は間髪入れず工場に運ばれ、長い足のオートマトンが炭焼小屋と資源置き場を往復した。住民は朝会とやらに参加し、時折発行されるビラを熱心に読んでいた。俺達は朝会の時間すら知りようがなかった、一応は帰る場所のはずの街に知らないルールがたくさん増えている。俺達はまるで都会に出てきたばかりの田舎者のように無駄にまごまごさせられた。そしてそれは迷いなくどんどん加速していった。こうしなければ危機を乗り越えられない、とパブで男が語っていた。なんだそれは。寒さ以外の危機があるとでも?一体何だ、何が起きている?

 街は一丸となって危機とやらに立ち向かっていた。俺達はそれを打破するための何かを求められていた。資源とか情報とか人手とか蒸気核とか。それはわかっていたが、その危機がなんなのか、わからなかった。キャプテンはわかっているようだ。そしてそのために何が必要かも。どうして?何が起きるかを知っているのか?

 俺達は街を知り得なかったが、逆に俺達しか知り得ないことも増えていった。科学者を中心としたおそらく企業体コンボイ、探検家の知見を多分信用しすぎたコロニー、浅い墓。ギリギリで脱出が間に合った子供たちの集団はそれを幸せと言えるのか言っていいのか。キャプテンは変わらず、全員を連れ帰れと答えた。だがその返答が来るまでの時間が僅かに長くなっていった。今誰も失うわけにはいかないんだと言った。今?今だって?いつだって誰も失うわけにはいかなかっただろうに。

 嵐の予見をもたらした学者を街に連れ帰ったのは俺達なのに、嵐の襲来を告げられたのは俺達が一番最後だった。北に禍々しい嵐が見える。嵐が見えるなんてどういうことだ、あまりにも強い雪と風、そして冷気によって雲が地上を覆うように見えていた。俺達は生存者を探した。無駄足も踏まされた。キャプテン、知ってるんじゃないのか?どこに何人誰がいて最短距離を知ってるんじゃなかったのか?石炭の必要量を?続々と増える住人たちの腹を満たす飯の量を? この冬の終わりを、あの嵐の到達日を、彼は全部知ってるんじゃなかったのか?

 そしてついに俺達も街に「帰る」時が来た。前哨基地隊は嵐にのまれた。街に帰ってこられなかった!俺達はビーコンを自ら解体し、いつの間にかできていた街のパブに顔を出したりした。仕事は自動化されていてあまりやることもなかった。ジェネレーターの近くに密集するように建てられた住宅で蹲っていた。何日も。どんどん下がる気温に耐えながら。いつ終わるのか、生き延びられるのか、彼は知っているに違いない。それは希望ではなかった。不信だった。知っているはずなのに、彼は。彼だけは。生き延びて、いつか暴いてやろうとも思っていたが、嵐の冷気はその思考すらも奪っていった。もう、自分の考えさえ聞こえない。

 嵐は過ぎた。風がやみ、雪がやみ、太陽が穴ぼこの底を照らしたとき、キャプテンは不気味な沈黙に包まれた街で、この状況に似つかわしくない陽気な歌を歌っていたらしい。



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