見出し画像

市販薬

テレビで、違法薬物で捕まったミュージシャンが報道されている。
「そんなことする人だったなんて」「ファンの気持ちを考えたことはないのか」
そんなことで溢れる。そりゃそうか。ミュージシャンが応援してくれるファンの皆様の落とす金のお陰で食えてるなら、その為に生きていると思われて当然で、その為には裏切らない努力をすると思われるだろう。いや、ファンはもっと綺麗な気持ちだろうか。
「もっと応援して追いかけたくて、大好きで私の生き甲斐なのに急にいなくならないで」
それだったら本当に素晴らしい。私だってそんなことを言われたい。
冷めている。愛ではなく全てを利害関係で説明したくなる。

物凄く可愛がってくれていた上司は60代でバツ3だった。やんちゃな人だったんだなぁと思っていたが、60を過ぎた現在でも恋愛を楽しむような、見た目も中身も年齢を感じさせない格好よさの、俳優のような見た目の上司だった。よく高いご飯をご馳走してくれてたり、何か買ってくれたり、相談に乗ってくれていた。そんな上司に新しい恋人が出来て、数ヶ月経って喧嘩が目立つようになった途端、一番親しくしてくれていた私に全ての怒号が向けられるようになった。
他の人が始業10分前に来ても目を瞑るが、私が電車の遅延で10分前につけば人間として終わっているというような言葉を選んで怒鳴り散らす。生理痛が酷くて休みたいと朝電話で伝えると病気じゃないんだから早く来いと怒鳴るが他の人の風邪は許していた。
私が何かそんなに周りの人より劣っているから怒られるのだと思っていた。

耐えなければ私はこの先、生きていけない。
家賃も生活費も一人で賄うのだから生きていけない。この仕事は3年続ければ、他の場所に行ったときに経験者手当が出る。あと半年だ。だから今は耐えるしかない。同じ職場の人達にも相談した。「気に入られてるからね」と言われた。
友達に相談したら、「辞めなよ〜」と言われた。そりゃそうだと思う。ただ、履歴書に書いたときに「すぐ辞める人」にはなりたくなかった。
それでも、正しいことをしているのに自分だけが怒鳴られるのは辛い。他の人が許してもらえることを自分だけ怒鳴られる。そんなに私は気に障るだろうか、おかしいだろうか、気持ち悪いのだろうか。
そんなことで悩んでいたら、きっと明日の朝目が覚めた時に苦しくて辛くて起き上がれない。

だから私はブロンをオーバードーズする。
「鎮痛剤」は痛みのホルモンの発生をひたすら抑制してくれる。ただ、当たり前だが心の痛みは抑制できない。「抗鬱剤」だって心の痛みは抑えられない。傷んだ後の使い勝手が悪い心をどうにか平常に近づける努力をするだけで、心への攻撃から守ってくれるわけではない。ブロンにはコデインとエフェドリンが入っている。ふわふわしながらシャキッと目がさめる感覚がある。仕事でどんなことで怒られても「はい!」と返事しながら、受け入れる自分は雲みたいなふわふわのクッションだ。丁度いい。お前が八つ当たりしたいのなら、仕事の内容に関係なく怒鳴りたいのなら、そんな態度の自分が丁度いいんだ。八つ当たりしているお前の感情を受け入れる側にも感情があることが分からないのか。そう思っていたけど、当時の私は「じゃあ私が感情を無くせばいいんだ」と思った最適解だった。勿論ODは休みの前日にやっていた。本当に上司の前でその姿を見せる度量はなかった。

それでも上司がエスカレートすれば、こちらへの言葉が強くなれば、手が出れば、物を投げてくるようになれば、こちらの薬の量も増えていく。精神科にもきちんと通うようになった。「仕事を休むのは?」と言われたが、私は頼るアテがないから無理だと答えた。上司が仕事で使っている器具を全て私に投げてきた時、処方薬を休みの前日に摂取したにも関わらず薬が抜けなくて、職場でこのOD生活がバレてしまった。「休みなさい」と言われたのが事実上の解雇だった。初めてクビになった。

自分のことを守らないと生きていけない中で、誰かの気持ちを考えていくことは可能だろうか。薬に頼るのが悪いとして、いや、平常に飲むのとは全くの別の悪いこととは分かっていても、誰が私の気持ちや命を守ってくれたのだろうか。八つ当たりの状況からすぐ抜け出さなかった私だけが悪いのだろうか。批判を受け入れる人のことを、誰が受け入れるのだろうか。誰か本当に、相談すれば助けてくれるのだろうか。
自分が間違っているのは分かっていても、だったらどこにいけばいいんだ。

早くちょうちょになりたい