百万本のバラ

ねくすぽすとリバイバルフェスタvol.1
『百万本のバラ』

脚本 たかはしともこ
音楽監督・ピアノ演奏 かねこしょういち 
演出 冨士枝鈴花 

◆絵描き 
◆女優 
◆花売り 
◆浮浪者 
◆支配人 

◆プロローグ 

 薄暗いバー。 
 男がピアノを弾いている。 
 バーの雰囲気に合った、ムーディーなメロディである。 
 カウンターでは、薄汚い身なりの男が酒を飲んでいる。 
 グラスの中身を一気に飲み干し、ため息をつく。 


浮浪者 おい、なあ、お前。ずっとここにいるよなあ。20年も前からずっとだ。……おい、聞いてるのか? 

 ピアノが止まる。 

浮浪者 この街も変わっちまったよ。そう思うだろう? 昨日の祭りだって、昔はもっとにぎわっていたじゃないか。みんなが仮装して町を練り歩く。あちこちに出店が出てさ、俺は赤いキャンデーを買ってくれとせがんだもんだ。そうそう、サーカスが来たこともあったな。それが今じゃ……。すっかり寂しくなったもんだよ。あの時計台だって、いつ止まるかわかったもんじゃない。すっかり汚くなっちまって。いや、昔が良かったなんてことは言わない。言わないが、ただ、最期に、この街を哀悼する曲を弾いてくれないか? それだけでいい。それだけで……。なあ。 

 再びピアノを弾き出す男。 
 先ほどとは打って変わって華やかな曲調。 
 浮浪者はいつの間にかいなくなっている。 
 ピアノの音色は続く。 

◆街の広場 ‐絵描きと花売り‐ 

 場所は街の広場。 
 祭りが終わったばかりだが、かすかに賑わいの余韻が残っている。 
 一人の絵描きが黙々と絵を描いている。 
 その姿を、花売りの少女がじっと見つめている。 
 いつのまにかピアノの音は止み、あたりは静かになっている。 

花売り もし、そこの方。お花を買いませんか。もし、もし。 
絵描き 誰も買いやしないよ。こんな時代に、誰も買いやしないよ。 
花売り それ、自分に言っているの。 
絵描き 君にだよ。 
花売り 私、花を売っているわけじゃないわ。 
絵描き じゃあなにさ。 
花売り なんでもいいでしょ。 
絵描き そう。 
花売り もうやめたら? 
絵描き なにを。 
花売り それ。誰も買いやしないわ。こんな時代に、誰も買いやしないわ。 
絵描き こんな時代だから。 
花売り こんな時代だから? 
絵描き いや、なんでもないよ。でもさ、昨日まではそこそこ売れていたんだよ? 祭で、人が集まっていたからね 
花売り ふーん。 
絵描き 興味なさそうだね。 
花売り 興味ないわ。 
絵描き そっか。 
花売り ねえ。 
絵描き なんだい。 
花売り ……私は好きよ。あなたの絵 
絵描き ありがとう。君が褒めるなんて珍しいね。 
花売り 別に。……まだ帰らないの? 暗くなるわよ。 
絵描き そうだね、そろそろ帰ろうかな。暗くなっちゃあ、絵が描けないからね。 
花売り そうよ。 
絵描き 君は? 
花売り 私はまだ帰らないわ。売れてないもの。 
絵描き そうか。じゃあ、僕もまだいようかな。 
花売り 駄目よ。帰ったほうがいいわ。 
絵描き どうして? 
花売り だって、帰る家があるでしょう。 
絵描き 君は違うの? 
花売り 私は……どうでもいいでしょ。 
絵描き ……そう。じゃあ、また明日ね。 

 そこへ、女優が現れる。手には旅行鞄。 
 花売りの前で立ち止まり、声をかける。 

女優  バラはある? 赤いバラ。 
花売り ……ええ。 
女優  一輪いただけるかしら。 
花売り どうぞ。 
女優  ありがとう。 
花売り お金はいらないわ。 
女優  どうして? 
花売り だって……。お姉さん、綺麗なんだもの。私と違って。 
女優  ……ありがたくいただくわ。さよなら。 

 女優去る。 

花売り いい気なものよね。こんな時代に、女優なんてやって。 
絵描き 彼女、女優なの? 
花売り あら、知らなかったの? 街中持ちきりなのに。 
絵描き なんて? 
花売り 有名女優の娘がこの街に帰ってくるって。新聞に書いてあったわ。 
絵描き 新聞なんて読まないよ。 
花売り 世間知らずってあなたのことよ。 
絵描き 彼女のこと、もっと教えてよ。 
花売り どうして? 
絵描き どうしてって。それは……。 
花売り ああ、彼女とっても綺麗だものね。 
絵描き そういうんじゃないよ。 
花売り じゃあ、なに? 
絵描き なんでもないよ。また明日。 
花売り 知りたくないの? 
絵描き またにするよ。 

 絵描き去る。 

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