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だから私は合唱コンクールが嫌いなんだ

突然ですが「合唱コンクール」は好きでしたか?私は嫌いです。「合唱」が嫌いなのではありません。「合唱コンクール」が嫌いなのです。なぜ嫌いなのか?「お前は音楽教員のくせに」と思われるかもしれません。でも本当です。嫌いです。その理由をちゃんと整理してお知らせしたいと思います。ちなみに「合唱コンクール」という行事は世界のなかでも、日本の学校でしか行っていないそうです。
嫌いになった理由は2点。①「自分が生徒だった時、寒々しい気持ちになった」②「審査する側には嫌なことしか起きない」

「合唱コンクール」が大好き!という方はこのブラウザをすぐさま閉じてください。それでも私を恨み呪いたい、と思って読んでしまい、コメントをくださったとしても私は返信しません。

閑話休題

まず一つ目。こんな記事を見つけました。こちらは私が書いたのではありません笑

この流れ、合唱コンクールにもありますよね?
「クラスのみんなとひとつのことをやり遂げよう!」「声を響き合わせよう!」「みんなと気持ちがひとつにしよう!」みたいなノリ。私は鳥肌が立って、倒れてしまいそうです。なぜなら私が嫌いな「音楽を手段として使う」ことに該当するからです。私は中学生の時に合唱コンクールがありました。中1、2、と進み、中3年が面倒くさい。まぁ、卒業の年だからでしょう。
私のクラスは《山のいぶき》を担任の意向で無理やり歌わされました。私は自分の練習が妨げられるので伴奏は断りました(音高志望生のメンタルって大体こう)。
はい、《山のいぶき》

この動画の方には本当に申し訳ないですが、我が中学、どのクラスもそれほど変わりなく、この程度の演奏だったという記憶。クラス対抗にして順位をつけるほどの演奏でもない。しかしそこにムリやり順位をつけてクラスを歓喜に導いたり、地獄の底へと陥れたり…というような絵図を作る。もう地獄しかないわけですよ。学校にもよるでしょうが、なんで7クラスあって、7位まで発表されるのでしょう?私は、その優劣つけられることよりも「みんなで歌い合わせて、クラスがひとつになろう!」そして泣く、みたいなノリが嫌いなんです。

そして、二つ目。音大生負け組の私は某私学教員になりました。その勤務先でも合唱コンクールは行われました。専任は審査員になれない。なぜなら担任しているクラスに高得点を入れてしまうから、という謎ルールのためです。したがって、非常勤の私が引っ張り出されるわけです。
「じゃあ、お前の担当クラスが有利なんじゃないか?」という疑問があると思いますが、「音楽の授業内では指導しない。クラス内で曲を決めて、担任と生徒だけで仕上げる」という決まり。選曲と練習は素人…地獄しかみえないだろ。そして私学のくせに「予算がない」という理由で外部から審査員を入れることはしない。審査するのは私…ここにどんな未来をあるというのか…

私が1年生や2年生を担当している年はいいのですよ。どうせ、3年生に勝てないとわかっているので。そして、3年を担当する年が何度か来てしまったのですよ…
審査結果発表後、生徒は泣くし、喚くし、もう大変…。優勝したクラスは「嬉しい!!!」と泣き、負けたクラスは「なぜ私たちじゃないの?」と泣き、そして私に詰めてくる。だってコンクールって優劣つけるものなんだから仕方ないだろう!
さらに裏話をしてしまえば、伴奏者と指揮者の賞を分けたりをして「教育的配慮」がなされるわけですよ。そうすると帰り道、保護者同士が「本当はあの子がうまかったのに、どうせあのクラスが優勝したからダブらないようにしたんでしょっ!!」なんて話している。「嗚呼…後ろ向いてくれ。ここに壇上で発表した私がいますよ。教育的配慮をして申し訳ありませんね…。でもここ、教育現場なんでね。すいませんねー涙」なんて思いながら何の謝礼もなく帰ってくる非常勤講師の悲しさよ。

こんなんで、合唱コンクールなんか好きになれるわけないわ!

合唱は音楽なんだけど、合唱コンクールになることで「音楽不在」になることがわかっていただけただろうか?冒頭述べた通りだが、私は「合唱」を否定しているのではない。「合唱コンクール」が嫌いなのだ。そんなことはないだろうが万が一、コンクールで名を馳せていらっしゃる学校の先生が読んでしまったら大層ご不満だろうが、「元々中学生の時から好きじゃない」のに加えて「教員になってからも痛い目にしかあってない」そして、何より音楽不在になってしまう現状、これが合唱コンクールを嫌いな理由です。

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