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あえて今書く!「ブリリアントホワイト研究室」を探すことが大事

「コロナが蔓延する」と騒ぎ始めたのは、2020年1月の終わり。そして試験はそのすぐあとの2月上旬だった。まだ「得体の知れないもの」だったけど、移動時はマスクをして試験の時は外した。その後、前日に大学のHPに「マスク受験可」と出ていたことを試験が終わってから知らされた。
そんななか、私は博士課程に進学した。入学式は行われず、同期も知らない中、zoomでゼミが行われてきた。それは五類になった今も変わらない。

そんな不安な入学時から、博論を書こうとしている現在まで、私は指導教員に不安や不満を感じたことがない。なんならひとりで不安になっていても、先生と話すと不安が消える、そんな環境にとても感謝している。だからいつもSNSでは「私はブリリアントホワイト研究室にいる」と宣言している。

それは「ブラック研究室」という、ネガティブな言葉が横行しているからだ。実際、そうした研究室にいて苦しい思いをしている人たちからすれば嫌味に聞こえてしまうかもしれないけど、どうして「ブラック研究室」が生まれてしまうのか?という理由を考えてみた。多くの人は「教授」という肩書を持ったり何かを主張できるようになると、自己の言葉で語り、自分の理論に他人をも寄せたくなるのだろう(自戒をこめて)。確かに修士の時はそうだった。あとそうした研究室で苦しい思いをしている友人もいた(満期退学してしまった)。

ではなぜ私の研究室は「ホワイト研究室」に加えてブリリアントを加えるほど、心地が良いのか?それはまず、私の指導員のお人柄の素晴らしさ。あとは研究テーマ、分野に関する考え方が、合うからなんだと思う。つまりは大学院に進学するのに一番大切なことは、自分の研究テーマにあった指導教員を探すことなのではないか、と思う。

私も簡単にこうなってわけではない。修士の時は研究室訪問なし!という不思議大学院だったので、ものすごく不満だったし、修論も酷いものだと悔やんでいる。自分の実力不足もあるけど。あとは別の大学の科目等履修生になったりと遠回りはしている。そして今の研究室にたどり着いた。

これから大学院進学を目指している方、私は英語も苦手だし、頭も良くないけど、これだけはお伝えしたい。心を大切に、誠実に研究していればこんな研究室もあるんだ、ということを。ネット上では「博士課程進学」に対して、悪い噂が多く語られているけど、そんなネガティブなことばかりじゃないです!

あとは私も頑張って博論書きます!

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