見出し画像

日本のナイトタイムエコノミーには「ローカル」と「オーセンティシティ」が求められる。齋藤貴弘弁護士が語る、これからの観光と文化

「夜の街で感染拡大」

繰り返されるこの言葉に、ミュージックベニューだけでなく、飲み屋やバー、フェスや夜市など、夜の時間を豊かにする経済圏は瀕死のダメージを受けています。新型コロナウイルスの感染者は再び増加傾向にあり、まさしく「ニューノーマル」となりました。

風営法改正への尽力や、ナイトタイムエコノミー推進協議会の設立など、国内においてナイトタイムエコノミー(以下、NTE)の可能性や価値を広めてきた弁護士の齋藤貴弘さんは、日本で緊急事態宣言が発令された今年の4月、東京の夜の文化価値の分析・調査をした「Creative Footprint TOKYO」(以下、CFP)を公表し、これからのナイトカルチャーの方向性を示しました。しかし世界が一変したいま、CFPをもとにした戦略はアップデートされねばならないはず。

今回のパンデミック以降のナイトカルチャーの課題、新しい可能性を解き明かすべく、齋藤さんに話を聞きました。

(INTERVIEW BY YOSHIHITO KAMADA, TEXT BY SHINTARO KUZUHARA, EDIT BY KOTARO OKADA, ART DIRECTION BY HARUNA WATANABE)


調査で明らかになった文化と行政の距離

──4月に公開されたCFPでは、コンテンツ・スペース・フレームワークの3つの側面で東京のミュージックベニューが数値化され、ベルリンやニューヨークと比較されています。わたしたちも大いに勉強になりました。そもそも調査の目的はなんだったのでしょうか。

ここ数年、NTEはさまざまな業界から注目していただきました。しかし、話題になるにつれて、文化的価値ではなく、経済的インパクトへの関心が大きくなっていきました。インバウンド需要の観点から「いくら稼げるか」という話に矮小化されてしまうのは避けたい。今後、NTEの本質的な議論を進めるためのスタート地点として、CFPを位置づけたわけです。

──観光・文化・都市に関わる有識者へのインタビュー調査とNTEを支える文化拠点となりうるミュージックベニューの調査。その結果をもとに、行政関係者も交えたワークショップを実施しています。レポート単体でも、とても読み応えがありますよね。

CFPは単なる調査にとどまらず、課題解決に向けた提言と、提言を実行していくための関係構築を見据えています。

そのためには行政との連携が欠かせません。当時の観光庁、田端浩長官は海外経験が豊富で、日本と海外のNTEの違いに問題意識を持っていました。当時観光庁でNTEを担当し、田端さんの右腕的立場であった太田雄也さんとともに行政側のキーマンとしてご協力いただきました。有識者会議では、アムステルダム市の元ナイトメイヤーのミリク・ミランさんにプレゼンをしてもらい、行政にもCFPの価値をある程度は理解してもらうことができたと捉えています。

── CFPのレポートでは、ミュージックべミューの調査の前章に「観光と文化とまちづくり」に関して実例と考察が紹介がされていますね。

はい。日本のNTEの可能性を伸ばしていくためには「ローカル(地域性)」と「オーセンティシティ(本物感)」を活かして、観光や文化に貢献することが大切だと考えています。例えば、繊維業の衰退とともに活気をなくした富士吉田市のスナック街は、富士山を目当てに隣町の河口湖に集まる観光客に着目しました。観光客がナイトタイムを過ごしてくれるように戦略を立て、オーセンティックなスナック街の雰囲気を残しつつ、クリエイターが空き店舗をリノベーションしたレストランやバーをオープン。その地域ならではのクリエイティビティあふれるエリアになりました。いまスナック街は、再び盛り上がりを見せています。知的好奇心の高い国外からの観光客は、日本人とは違う“ものさし”を持っている。わたしたちが気づかない日本の価値を発見してくれます。

東京における「スペースの多目的性」の低さ

── NTEの可能性を俯瞰したあと、具体的なスコアとその評価について書かれています。東京のトータルスコアで、10点満点中6.51。ベルリンの8.02、ニューヨークの7.29には及ばないことがわかりました。細かく見ると、コンテンツはベルリン、ニューヨークよりもわずかに高い点を獲得する一方、スペースは両国に比べて低く、フレームワークはベルリンの約半分の点数で、差が際立ちました。この結果をどう評価していますか。

コンテンツの高さは、オリジナリティあるアーティストが多く、そのパフォーマンスを目当てに客が訪れるベニューが多いことを意味します。小規模なベニューほど、その傾向が強い。東京は小さく、尖っているコミュニティがたくさんあり、そのユニークさが評価されていますね。

ベニューの規模が大きくなると、だんだんと実験性が下がるが、パフォーマンスのクオリティが高くなる傾向にある。0→1を生み出す実験性と、それをビジネスとしても成長していけるバランスが大事になります。

── スペースを細かく見ると「スペースの多目的性」が低いですね。

ライブハウスとしてできた場所はライブハウス、クラブとしてできた場所はクラブ、と目的に縛られていることが要因です。他の都市では、ライブハウスやクラブの境がないだけでなく、もっと多目的に使われています。教会や学校をリノベーションし、ミュージックベニューにするといった取り組みもありますが、日本にはあまりありませんし、公共空間の活用も進んでいるとは言えません。

多目的ではない一方で、音響や設備などのミュージックベニューとしての質は極めて高い点も挙げられます。

── 圧倒的に弱いのは、フレームワークですね。特に、行政機関・意思決定者へのアクセスのしやすさがとても低い。

そうですね。今回の新型コロナウイルスの感染拡大で、より顕著になりました。東京をはじめ、日本各地のミュージックベニューは行政からの救済を得る可能性が見えず、クラウドファンディングでファンから支えてもらうしかない状況になってしまいました。

パンデミック下の文化支援、明暗を分けたのは…?

── いま世界中で音楽業界が苦境に立たされています。海外の状況はどうですか。

ベルリンでは、ミュージックベニュー同士のネットワークがあり、営業ができなくなるとすぐにロビイングをして、行政から支援を得ました。ロンドンでは、日本におけるJASRACと同等の役割を果たしている「PRS Foundation」がアーティスト支援に取り組んでいます。

コロナ禍前から、両国とも経済と文化、行政の関係性があるので、すぐに適切な支援ができました。日本もローカルシーンでは横のつながりが少なく、行政へアプローチする手段もない。日本は文化支援が不十分だと言われていますが、それを行政に伝える組織力がないことのほうが問題だと感じます。

── なるほど。海外との違いが浮き彫りになりましたね……。

日本は戦略的にことを進めていくのが苦手なのでしょう。今回のコロナ禍でも多くの署名活動が展開されましたが、署名を集めて誰に伝えるのか、どう伝えるといった戦略性を持つことが重要です。署名は手段にすぎず目的ではありません。

アムステルダム市のナイトメイヤーを務めたミリク・ミランさんには学ぶことが多いです。現場と行政をつなぐのがとてもうまい。強いリーダーシップで人々を引っ張るタイプではなく、現場にも行政にも幅広いネットワークを持ち、良い関係を構築していきながら、ものごとを進めていきます。音楽や文化を守っていくためにデモを行なって意見表明もしますが、決して行政と敵対することはありません。共に文化を育てるポジティブな視点に立ち、多くの人を巻き込んでいます。現場のバリューを、誰が相手でも納得させる説明ができるのです。

── うらやましいですね。しかし、日本でも芸術・文化への支援が議論されるようになりました。

そうですね。コロナ禍を受けて決まった「コンテンツグローバル需要創出促進事業費補助金」では約878億円という、平時ではありえない巨額の予算が文化支援に回されています。これまでキャンセルになった公演をもう一度開催するためのサポートするための重要な施策ですが、今後も継続して新しい企業や若い世代にチャンスを与えるような、戦略的で未来への投資になりえる仕組みが必要でしょう。

パンデミック以前より、政府は文化事業を育てるために予算を投じ始めていました。3月には、3期目となる「夜間・早朝の活用による新たな時間市場の創出事業」を公募し、6月に採択事業を公表しました。ナイトタイムエコノミー推進協議会では公募事業の選定と事業を成功させるためのコーチング支援を任せてもらっています。採択事業のどこに予算を投資すれば持続していくか、その仕組みも含めてサポートしています。

新しい可能性は、規制緩和と他産業との連携

── 小さなミュージックベニューやインディペンデントなアーティストは、今後も苦しい状況が続いていくと思います。どのような戦略をとるべきでしょうか。

政府と関係をつくっていく「ガバメントリレーション」は重要です。関係があってこそ、現場が生み出す価値と、それ生み出すために必要な要素を正確に政府に伝えられる。実際に、音楽業界のビッグプレイヤーが現状の厳しさを政府に訴えたことで、何年も前から議論されていた規制緩和が短期間で可能になりつつあります。例えば、文化庁のサポートのもと、楽曲の著作権隣接権を集中管理し、原盤を使ったオンライン配信を可能にする取り組みも進んでいます。これができれば、法的にNGであるライブベニューでのDJのオンライン配信も可能になります。

こうした動きも含め、オンライン・オフラインのハイブリッドは定番になるでしょう。映画はすでに、映画館のオフライン体験だけでなく、Netflixをリビングで見るようなオンライン体験が当たり前になっています。もちろん映画と音楽の体験価値は全く異なります。しかし、オフライン・オンラインのどちらが優れているかという話ではなく、それぞれに違う価値を生活者は見出しているはず。ライブ体験も同じように進化していくのだと思います。

── オンライン・オフラインが両軸になることで生まれる新たな可能性はありますか。

創造性と収益のバランスが改善されるのではないでしょうか。先日、ライブ中心に活動しているあるバンド・メンバーと、ライブ産業の画一的な成功モデルについて話しました。集客のキャパシティが数十人のライブベニューからスタートし、最終的にアリーナを目指すというお決まりコースでは、マンネリ化もするし、アーティスト側に集客のプレッシャーもある。収益に比重を置くあまり、アーティストとしての創造性は満たされず、最近は自身のライブではなく、楽曲制作に集中しているそうです。

オンライン・オフラインの両軸であれば、小さいライブベニューで実験的なライブをしながら、配信で多くの人に見れもらう・チケットを買ってもらうことも可能でしょう。

── しかし、政府が発表した新型コロナウイルス感染拡大防止のための屋内イベント開催制限では8月1日以降も屋内は定員の50%の収容率を求めています。オフラインを体験できる人数が減れば、その分チケット代も高騰するのではないでしょうか。経済格差により文化格差も生まれてしまう。ライブベニューでのリアルな体験を守っていくためにはどうしたらよいでしょう。

難しいですよね。転売によるチケット高騰やダイナミックプライシングの問題も思い出されます。加えて、リアル体験の可能性も広がっていくはず。いま飲食店が歩道に椅子とテーブル置いて営業ができるように規制が緩和されています。11月末までの時限措置ではありますが、良い事例を集積できれば、新しい歩道の使い方として定番化していくかもしれません。駐車場を、コンサート会場や映画館として使う事例も出てきています。野外の場の使い方が多様になれば、野外ライブがもっと積極的に開催されるようになると思います。

── この4月に発表された渋谷区産業・観光ビジョンには、NTEを充実させていくとあります。東京をクリエイティブな都市にするために、NTEが貢献できることもありそうですね。

ベルリンやロンドンのNTEのプレイヤーは「自分たちはクリエイティブ産業だ」と明確に宣言しています。場をつくって、エリアの価値を上げることができる、と。

CFPのレポートでは “アートコレクターの住まい” をテーマにした京都の「node hotel」を紹介しています。アートには拡張性があり、違う業態や産業に馴染み、その付加価値を高めることができる。だからホテルとアートを掛け合わせたそうです。音楽も同じように、その場の価値を高めることができる。

ベルリンではクラブカルチャーが、アートやファッション、映画などのクリエティブ産業のハブになっていて、テック系スタートアップにすら重要な存在になっているそうです。ベルリンのクラブ・コミッションのルッツ・ライシェリングさんは「クラブが生み出す価値は、入場料やドリンク販売の利益などにとどまらず、他分野への “impulse generator(推進力の誘発剤)”となっている」と語っていました。

日本では、NTEが音楽産業内で閉じてしまっていますが、本当はもっと大きな可能性を持っています。今後は、音楽の質や文化の価値を守りながら、他の産業にどう付加価値をつけていけるかが大事になっていくのではないでしょうか。

齋藤 貴弘
ニューポート法律事務所パートナー弁護士。ナイトタイムエコノミー推進協議会代表理事。風営法ダンス営業規制改正をダンス文化推進議員連盟とともに実現。法改正後は、「自民党ナイトタイムエコノミー議員連盟」アドバイザリーボード座長、観光庁「夜間の観光資源活性化に関する協議会」有識者等としてナイトタイムエコノミー政策を牽引。関連著書に『ルールメイキング ―ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』(学芸出版社)。

[取材を終えて]
新型コロナウイルス感染症を受けて最も顕わになったのは、「社会の分断」でした。行政と市民、労働者と雇用者、アーティストとレーベル、このような分断はこれまでの長い歴史のなかで徐々に深まっていったものかもしれません。しかし、その弊害は最早見逃すことができないほどまで大きくなりました。2020年代、わたしたちNEWSKOOLが力を合わせて取り組んでいくべき領域は、人々の間に横たわるこの溝を地道に埋めていくというクリエイティブな試みとなるでしょう。そして、そのミッションを達成する方法は、アーティストや事業者、パブリックセクター、市民たちと対話を積み重ねていくことに他なりません。ベルリンのルッツ・ライシェリングさんが言及していたように、ナイトカルチャー(やそれを構成する環境要素)には、他分野を融合させ、人々の潜在的なパワーを引き出し、より世界を前進させる力があります。オンラインとオフライン、都市と地方を行き来しながら、その可能性をもっと引き出していきたいと感じました。(TEXT BY YOSHIHITO KAMADA)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?