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オペラ「フィデリオ」のための序曲は4姉妹?・・・「フィデリオ序曲」と3つの「レオノーレ序曲」

新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。《たまに指揮者》の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回は年末の人気の公演「第九」で交響曲とセットで演奏されることの多い「レオノーレ序曲第3番」と、ベートーヴェン唯一のオペラ「フィデリオ」のための4曲の「序曲」についてのショートストーリーです。


ドイツを代表する作曲家というだけではない。クラシック音楽を代表する作曲家ベートーヴェン。ウィーン古典派の作曲家として位置づけられることが多いが、同時に初期ロマン派の作曲家としてもカテゴライズされる。この「ロマン派」以降の作曲家の中でベートーヴェンは決して「寡作」な作曲家とはいえない。作品番号の付いている作品で138、作品番号のない作品(WoO番号)が断片も含めて205ある。ベートーヴェン以降の作曲家としては決して少なくない作品を残している。

オーケストラ関連としては9曲の交響曲、5曲のピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、劇付随音楽や歌劇のために書かれた曲などが知られている。そのほとんどの作品が、頻繁にオーケストラの定期演奏会で取り上げられる。多作な人は他にもたくさんいるだろう、しかしそのほとんどの作品が頻繁に演奏され続けているということが、ベートーヴェンを「楽聖」言わしめる所以だ。

ホーネマンによるベートーヴェンの肖像画(1803)


そんなベートーヴェンが生涯に残したオペラは何曲あるだろうか?

正解は・・・たった「1曲」である。

ベートーヴェンが残したオペラ、タイトルは「フィデリオ」という。このオペラ、元々「レオノーレ」というタイトルにベートーヴェンはしたかったようであるが、同名の劇作が人気を博していたため、「フィデリオ」というタイトルになった。「フィデリオ」という名は男性名であるが、それは夫を助けるために男装した女性「レオノーレ」が名乗った名前である。従って「フィデリオ=レオノーレ」ということになる。

このオペラには芸術的理由もあるが、劇場の理由であったり経済的な理由で変遷し、現在の形になった作品である。その変遷とともに、オペラの冒頭にオーケストラのみで演奏される「序曲」にも歴史的な変遷があるのだ。

「フィデリオ」決定稿が初演された、ウィーンの「ケルントナートア劇場」の跡地に立つ
菓子の名としても知られている、「ホテル・ザッハー」の外観


「序曲」とはオペラの開幕に先立ち、聴衆にそのオペラの雰囲気を伝えたり、オペラ全曲中の印象的な旋律を「先出し」してメドレーのようにしたものがある。どちらにせよ「開幕の期待」と「本編との関係性」が重要視される。オペラハウスでの上演では、劇場の照明が落とされ、暗いオーケストラピットに指揮者が登場して序曲が開始される。そこに至る高揚感が僕は大好きだ。

そのような序曲、ベートーヴェンの「フィデリオ」には4曲の「序曲」が存在する。通常「フィデリオ」の冒頭で演奏される「フィデリオ序曲」と、現在ではオーケストラの演奏会で演奏されることの多い3曲の「レオノーレ序曲」だ。このオペラが再上演される際にベートーヴェンが欲したタイトルの「レオノーレ」が「フィデリオ」に変わった。そのような理由で3曲は「レオノーレ序曲」というタイトルなのである。

演奏会で取り上げられる頻度として、一番実演に接する機会が少ないのが「レオノーレ序曲第1番」、その次に少ないのが「レオノーレ序曲第2番」だ。オペラが上演されるたびに「フィデリオ序曲」は演奏されるし、オーケストラの演奏会で多く取り上げられる。しかし、圧倒的に多くコンサートで聴くことができるのが「レオノーレ序曲第3番」である。

「レオノーレ序曲第3番」が多く演奏されるのは、この曲の完成度が高いということが言える。他の「レオノーレ序曲」と比べても曲の完成度も音の響きも非常に優れている。もちろんその他の作品も非常に高いクオリティを持っている。良い意味でも悪い意味でもベートーベンの「無骨さ」がよく現れている作品なのだが、「レオノーレ序曲第3番」に至って、そのベートーヴェンらしさを維持しながらも、より作品の完成度が上がっている。

この4曲の関係をわかりやすくいうと・・・

「レオノーレ序曲第1番」=のちに現れた長女
「レオノーレ序曲第2番」=ずっと長女だと思ってた次女
「レオノーレ序曲第3番」=次女よりも色々な意味で人気のある3女
「フィデリオ序曲」=上の姉妹とは少し歳の離れた4女で、性格も異なる

といった感じだろうか。それではこの「フィデリオ」のための序曲たちの歴史を紐解いていこう。

「レオノーレ序曲第1番」に関しては、研究者の見解により「フィデリオ」のために最初に書かれたものであるという説と、「レオノーレ序曲第2番」の後に書かれたという説があるが、いずれにしてもベートーヴェンにとっては「ボツ作品」という位置付けで、作品自体もベートーヴェンの死後に発見された。個人的には「第2番」と「第3番」の間に作曲されたにしては関連性が薄いように感じるが、視点を変えて考えると「第2番」とは違う視座で作品を生み出そうとしたとも言えるかもしれないことも十分に検討しながらも、「第2番」よりも先に書かれたのではないかと考えている。その確定は音楽学者、ベートーヴェン研究者の今後の研究に期待したい。

オペラ「フィデリオ」の最初の版の上演に際して演奏されたのが「第2番」であった。この「第2番」は概ね「第3番」と同じモチーフや構成を持っているが、細かい部分で相違点がある(例えば大臣の到着を告げるファンファーレーのリズムなど)。無論「第3番」の方が人気も高く、上演回数も多いが、この「第2番」も非常に重厚なサウンドを持つ佳作で「私は3番よりも2番が好きである!」と言う音楽愛好家も多い。この曲の演奏会初演は1840年のことで、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏、指揮は有名な作曲家として現代も人気があるフェリックス・メンデルスゾーンであった。

フェリックス・メンデルスゾーン


改訂され再上演された「フィデリオ」の序曲として作曲された「第3番」は、前述したように「第1番」「第2番」と比較しても、作品の完成度が高いと評価されている。我が国で最初に初演の機会を得たのもこの「第3番」であった。1915年、東京フィルハーモニー会管弦楽部(この団体は現存する東京フィルハーモニー交響楽団とは別の団体)、指揮は山田耕筰であった。ちなみに「フィデリオ」全曲の初演は、昭和に入った1935年で新交響楽団の演奏、指揮は近衛秀麿である。

この「第3番」は慣例として第2幕第2場への間奏曲として「フィデリオ」全曲の中に挿入され演奏されることが多い。この曲の完成度や人気の高さを物語るエピソードだが、これを最初に行ったのは作曲家、指揮者としても有名なグスタフ・マーラーであった。

グスタフ・マーラー


「フィデリオ」第1稿が上演されたのが1805年のこと。初演の頃ウィーンはフランスに侵攻されていた時代であり、様々な状況が不安定な中での上演は残念ながら失敗に終わった。それで挫けなかったベートーヴェンたちは1806年に改訂した第2稿を上演、まぁまぁの成功を収めたが、上演報酬の支払い方法で上演側とベートーヴェンが揉めたことで上演の継続ができなくなった。それから時は経ち、1814年になって、現在「フィデリオ」として上演されるものを改訂。前作から大幅にまた改訂されて上演され、成功を収めることになる。第1、第2稿の序曲とは似て非なる「フィデリオ序曲」がその序曲として作曲された。

「フィデリオ」初演の際の上演記事


そのような変遷から、先程の各序曲のイメージに繋がっていくのである。

オペラ「フィデリオ」はベートーヴェンの「人間解放」という人生のテーマを最も如実に表した作品であると評される。それに加えて、劇中に登場するレオノーレという女性の「勇敢で愛情深い」性格は、ベートーヴェンが持っていた「理想の女性像」と合致するものなのだ。それだけではない、この「フィデリオ」が及ぼした影響、特にドイツ音楽における影響は、あのワーグナーの壮大な楽劇に至るまで多大なものがある。是非とも「フィデリオ」の「序曲4姉妹」のみならず、オペラ全曲も大いに楽しんでいただきたいものだ。

(文・岡田友弘)

執筆者プロフィール

岡田友弘(おかだ・ともひろ)
1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻入学。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆も行っている。日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッス&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中
岡田友弘・公式ホームページ
Twitter=@okajan2018new



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