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Shakespeare 『マクベス』第2幕第3場

第2幕 第3場
[奥でノックの音]

(門番 登場)
門番
 いやにしつこい ノックの音だ
 もしわしが 地獄門での 門番ならば
 休むことなく ドアの鍵 開けねばならん 
    [ノックの音] ノック ノックの 音がする
 地獄王 ベルゼバテブさま その名において 質問だ
 名前は何だ! 誰なのだ!
 きっと百姓 なんだろう
 小麦の値段 だだ下がり それで首でも 括(くく)ったか?
 小麦不足で 値が上がるのを 当て込んで
 さあいらっしゃい 相場師さんよ
 ハンカチ多く 手に持って 地獄の炎で 汗が出る
    [ノックの音] ノック ノックの 音がする!
   そこにいるのは 誰なんだ
    別の悪魔の 名において 尋ねるが
    なるほど おまえ 二枚舌
    どんなときにも 両天秤(てんびん)で
    うまい具合に 言いくるめ   反逆なんぞ  とんでもねえ
    二枚舌では  天国なんか  行けねえぞ
    さあ入れ  この天秤野郎
     [ノックの音]  ノック  ノック  ノックの音か
  誰だい  そこにいる奴は?
  フランス風の スリムなズボン その寸法を ごまかした
 イギリス人の 洋服屋
 ここでなら 地獄の火にて アイロン掛けが できるだろう
 ノック ノック ノックの音で 落ち着く暇も ありゃしねえ
 いったい どこの馬の骨  ここは地獄にゃ 寒すぎる
 地獄の門番 もうやめだ
 永劫(えいごう)に 消えずに燃える 火に向かい
   浮かれ調子の 輩など   ウキウキ顔で やってくる
   どんな商売 していても 
   入れてやろうと 思っていたが [ノックの音]
 しつこいことは 分かったぞ 開けてやるから 今すぐに
 門番に チップ払うの  忘れるな  [門を開ける]
      (マクダフ、レノックス登場)
 マクダフ
 昨夜ずいぶん  遅くまで  起きてたんだな
 起きてくるのが  こんなに遅い
門番
 仰せの通り  二番鶏  鳴くまでは*  どんちゃん騒ぎ
        (* 夜中の三時頃)
 酒というやつ 三つのことを  刺激する
マクダフ
 その三つとは  何なんだ?
門番
 そりゃ旦那  赤鼻と居眠りと  三つ目は  小便だ
   アレのことなら  ヤル気は立つが  アレ立たず
   だから大酒  二枚舌  元気づけては しょげさせる
 結論は 立たせておいて  立てなくさせて イラ立たせ
 嘘でまるめて  寝かせつけ  さっさと そこを後にする
マクダフ
 酒に一杯 食わされる そういう訳か?
門番
 首根っこ 掴まれて やられちまった
 だが 仕返しを してやった
 揚げ足を 取られたが いい考えを 思いつき
 胃の中の酒  吹き出して やったんだ
 領主殿は もうお目覚めか?
(マクベス  登場)
 ノックの音で 起こしたようだ 領主殿  出てこられたぞ
レノックス
 朝早くから  お目覚めは  いかがです?
マクベス
 二人とも 早くから ご苦労だ
マクダフ
 王はもう  お目覚めなのか?
マクベス
 いやまだだ  お休み中だ
マクダフ
 今朝早く  起こすようにと  申された
 うかつにも  寝過ごしそうに  なっていた
マクベス
 王のもとへと  お連れする
マクダフ
 この度の  お役目は  喜びの 御苦労と  申せます
 だが  苦労には  変わりない
マクベス
 喜んでする  苦労とは  苦労などとは  感じぬものだ
 この部屋が 王の寝室 なのですぞ
マクダフ
 お起こししても  構うまい  そう命令を  受けている
    (マクダフ 退場)
レノックス
 王は今日 ご出立で  ありますか?
マクベス
 ああ そのように 伺っている
レノックス
 昨夜は  ヒドイ大嵐
 我ら投泊  した宿の  煙突は  吹きとばされて
   噂によると 空中に 悲嘆にくれる  声響き
 異様な死の声 その叫び 木霊して
 恐ろしい 騒乱を 予兆して
 悲惨な時代の 到来を 告げるかのよう
 不吉な鳥が 夜を通して 鳴き続け
 大地が熱で 震え出したと 言う者も ありました
マクベス
 その通り 荒れた一夜で  あったよな
レノックス
 若い頃からの 記憶を辿っても  こんなことなど  初めてだ
    (マクダフ  登場)
マクダフ
 ああ 恐ろしい! 恐怖だ! 恐怖!
 口も心も  凍りつく  言葉では  表現できん!
マクベス&レノックス
 一体何が?
マクダフ
 これ以上ない  大きな破壊  勃発したぞ!
 神聖を 冒す暗殺が なされたぞ!
 神が与えた 王のお体
 そこから王の お命を 奪う暴挙だ!
マクベス
 いま何と 申された? お命が?!
レノックス
 王の命の  ことですか?
マクダフ
 部屋に入って 見るがいい その惨状で 目が潰れそう
 言葉にならぬ 話すことなど できないことだ
 自分で見て 自分で話す それだけだ
   (マクベス、レノックス 退場)
 起きろよ! 起きろ! 鐘を叩き 鳴らすのだ!
 暗殺だ! 反逆だ!
 バンクォー! ドナルベイン! 
   マルコム!  起きるのだ!
 安逸な  眠りなど り払え  眠りなど  偽りの 死にすぎん
 本当の 死を見るがいい
   起きろよ 皆! 起きてこい! 
   そしてこの 最後の審判   その光景を 見るがいい!
   マルコム!パンクォー!
   己の墓から 起き上がり   亡霊の如く  歩むがいい
   それこそが この恐怖には 似つかわしい
    [鐘の音]
    (マクベス夫人 登場)
マクベス夫人
 どうしたことで ございます?
    城で寝ている 者どもを  大きな音で  呼び集め
    言ってください 何事か?
マクダフ 
    これは奥方さま 私が話す ことなどを
    お聞きになるのは 良くはない
    耳に入れば 女性など  命を失くし かねません
    (バンクォー登場)
マクダフ
 おお バンクォー! バンクォー! 我らの王の 暗殺だ!
マクベス夫人
 えっ! まさか!  何てこと! 私どもの この城で?
バンクォー
 どこであろうと  悲惨無残だ!
    頼むから マクダフよ  間違いだった  そう言ってくれ
    (マクベス、レノックス  登場)
マクベス
 一時間前 死んでいたら 祝福された 者として
    一生を 終えられたのに  この時からは 現世には
 大事なことは 何もない
 すべてのことは 子供のおもちゃ 同然で
 名誉  美徳も  死に絶えた 生命の酒は 消え失せて
 貯蔵庫に 残っているのは 滓(かす)ばかり
 (マルコム、ドナルベイン  登場)
ドナルベイン
 どうかしたのか?
マクベス 
 あなたのことだ それなのに ご存じないと!
 あなたの血筋 その源の 泉が涸れて  しまったのです!
マクダフ
 お父上  王の暗殺  なのですぞ!
マルコム
 おお! 何と!  誰の仕業だ?!
レノックス
 部屋つきの  衛兵に  嫌疑がかかる
 彼らの手  顔に血糊が  べっとりと
 二人の剣も 血塗られたま 枕の上に
 二人とも   目は虚ろ  放心状態
 あんな奴らに  王のお命  託してたとは!
マクベス
 それにしてもだ 早まったこと してしまったな
 怒りに狂い 奴ら二人を 殺したが!
マクダフ
 どうしてそんな ことをした?
マクベス
 誰にできよう!  激怒していて  冷静で いるなんて!
 忠実なのに 手を出さずなど!
 王に対する 愛の気持ちが そうさせた
 ダンカン王は  横たわり  ここにおられる
 えぐられた  深手の傷は  黄金の  血糊で塗られ
 白銀の肌  無残な破壊  加えられたる 城門のよう
 暗殺者 二人だけ  血の海に 浮かんでいて
 奴らの剣は  血糊がついた そのままで
 王を愛する  心持ち  勇気があれば
 誰が手を こまねいてなど いられよう
 行動に 出ない者など  あるものか!
マクベス夫人
 [気絶するふりをして] ここから私を  連れ出して  ああ!
 (侍女たち 登場)
マクダフ
 奥方の  介抱を!
 (侍女たちマクベス夫人を伴い 退場)
マルコム
 [傍白] 僕たちは どうしてここで 黙ってる?
 僕たちに  深い関係  あることなのに…
ドナルベイン
 何が言えよう  今ここで
 僕たちの  命危うい  情況で  逃げ出そう!
 涙さえ まだ出ぬと いう時に…
マルコム
 悲しみに うち沈んでいる   時でない
バンクォー
 奥方の 面倒を!
 我らこんなに 薄着のままだ これでは風邪を ひきそうだ
 着替えたあとで 一同集め この残虐な 仕業究明 始めよう
 疑心暗鬼で 慄(おのの)くが  私は神の 御手にすがって
 命をかけて 闇の陰謀 悪の反逆  敢然と  挑む覚悟だ
マクダフ
 私とて  同様だ
全員
 我々も  みな同じ覚悟です
マクベス
 身支度を すぐに整 え ホールにて 集合だ
全員
 了解です
    (マルコムとドナルベイン以外 全員退場)

マルコム
 さあ これからは どうするか?
 みんなと共に 行動するの 考えものだ
 心にもない  悲しみを 見せるのは  偽りの  人間に
 いとも容易(たやす)い  ことだから
 僕は逃げるぞ  イングランドに
ドナルベイン
 僕は  アイルランドに  別々の道  選んだほうが 安全だ
 今ここにては  笑顔の裏に  短剣潜む
 血が近い  近親者ほど  血の臭いがする
マルコム
 流血の矢は  どこまで飛ぶか  計り知れない
 今のところ  狙いを外す そのことが  最善の策
 別れのための  挨拶などは  する暇はない
 馬を急(せ)かせて 脱出だ それ以外には 方法はない
 (二人 退場)

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