見出し画像

戦後の乗り鉄内田百閒『特別阿房列車』を朗読で聞いたら、ヒドイ話で爆笑した

そろそろ暗くなってきたなぁ。

そんなこと思いながら、TYOMX「5時に夢中」を見ていた。

火曜日だった。コメンテーターは岩下尚史さん。はじめは「なんだこのおっちゃん」と思っていたけど、いろんなことに造詣が深く、最近気になっている人だ。

番組の中で、岩下さんは「わたしは夜寝ながらYouTubeで朗読を聞く。最近のお気に入りは内田百閒の特別阿房列車」とおっしゃっていた。

じつは私も最近、寝ながらYouTubeやUdemyをラジオのように聞く。見るわけではないので、リラックスしながら聞ける。

「ほぉ内田百閒かぁ」

あまり馴染みのない作家さんだったので、聞いてみることにした。

聞いていてぶったまげた。これはヒドイ話だ。あまりにおかしくて寝れなくなったぐらいだ。

東京から大阪を特急「はと」に乗って往復する話。内田百閒の作品には阿房列車シリーズがあるくらい、彼は乗り鉄だ。

用事がなければどこへも行ってはいかないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。

から始まる。うらやましい話だ。しかし、百閒にはカネがない。金がなくて用事がないなら行かない、というのが筋だと思うが、百閒は

旅費は借りればいい

と考えている。

逼迫した状況で借りるわけではないのだから、貸す方も気が楽だろう
私の金でなければ人の金かと云うと、そうでもない。貸してくれる方からは既に出発しているのでその人のお金でもない。丁度私の手で私の旅行に消費する様になっている宙に浮かんだお金である。これをふところにして威風堂々と出かけようと思う。

とまで言う。身勝手なものだ。ちょっと呆れる。

そして

東京から大阪には一等車で行きたい。50歳を過ぎて三等車になんか乗れるか。二等車には辛気臭い顔の人が多いから嫌だ

と言い出すではないか。「お金借りて乗るのだけど、贅沢はしたい」というわけだ。呆れたを通り過ぎて、興味が湧いてきたw

行きは用事がないけれど、帰りは「帰る」という用事があるから、三等車でもいい

なんだこの論理!サンドイッチマンのカロリーゼロ理論っぽいぞ。

一等車に乗って、飲み食いしたら、帰りの旅費が二銭足りなくなったことがある。仕方ないから、持っていた本を売って旅費の足しにしたものだ

ほんとギリギリで旅行してんだな。

じつは持病持ちだから一人では行きたくない

いや行かなくてもいいんだし。

そうだ。知り合いの国鉄職員の平山を連れて行こう。

と勝手に思い立つ。

僕は一等車だけど、平山は国鉄職員の特権で三等車には乗れるのだからそれでいい。車内で一等車の空席に呼んでやればいい

らしい。まぁ一等車との差額を出せる余裕はないんだよね。

バナナの車内販売が行き来するが、買わない。いま食べちゃうとあとで飲み食いができなくなるから

いやいや、もう買うお金ないんでしょ(笑

どうやら内田百閒は、夏目漱石の弟子でありながら、なかなかお金には恵まれなかったようだ。

でも、ただ東京から大阪の電車旅を、こんなにもおかしく、夢中に読ませる(聞かせる)文才が有るんだなぁ。

僕も「なんも用事がないけど」とか言いながら、旅行に行きたくなったよ。

(引用は、朗読を聞いた記憶で書いています。作品の引用ではありません)