ブバルディアとぞうきんがけ150

HBギャラリー個展「花と生活」について

2019年12月6日~11日までHBギャラリーにて開催した個展「花と生活」が終了したので、忘れない内に今回の展示について記しておこうと思う。

オープニングパーティーでも少し触れたが、今回の個展の開催は、前回のHBギャラリー個展「収穫祭」の最終日に、オーナーの唐仁原さんから打診された。2019年12月6日という日にちを紙に書いて渡してくれたのだ。「収穫祭」個展の最終日は、2017年12月6日であり、今回の個展初日のちょうど二年前だった。つまり今回の「花と生活」シリーズを描くにあたり、丸2年の猶予があったわけなのだが、DMで使ったシリーズ最初の1枚「ブバルディアとぞうきんがけ」を描き終えたのは、DM納品日であった11月9日の約1週間前。そこから一ヶ月弱でシリーズ18枚を描き終えた計算となる。二年後って遥か未来かと思っていたのに、あっという間に現在となり、過去となった。

さらに恥ずかしげもなく告白すると、スケジュールの見通しの甘さから最後の4枚を1日半で描くこととなり、すべてが完成したのは、個展搬入日だった12月5日の朝11時であった。睡眠不足からのハイな気分と、終わらないかもしれないことへの恐怖が奇跡的な良配分でミックスされた結果、この一日半の集中力はズバ抜けて高かった。画面の構築も着彩もまったく迷うこと無く進められた結果、驚くことにこの最後の4枚がシリーズの中でも特に完成度が高くなったように思えた。さらにはその後、この4枚に真っ先に買い手がついたことでその考えは補強された。

時間が無い時は、迷う時間も無い。筆を止めて考えるアイドルタイムも無ければ、他の選択肢を吟味する余裕も無い。結果、無垢の直感と経験のみが筆を走らせ、普段よりも緊張感とみずみずしさのある画面を構成することができたのだろう。

スケジュールにある程度の余裕がある場合、淡々と進めているつもりでも、ストロークとストロークの間には考えを巡らす余裕があり、その間筆は止まる。そしてそのアイドルタイムの間には、悪魔の囁き的にプランB、プランCなどの選択肢(そこは赤のほうがいいよ〜〜、いやいやそこは緑でしょう!など)が産まれ、絵に迷いと甘さをもたらす。しかも、私の場合、一旦迷ってしまうと現実逃避に走る悪癖があり、ふらふらとNintendo Switchを手にとってしまったり(Astral Chain…)、特に行きたくないのにトイレに逃げ込んだり、特に飲みたくもないコーヒーを時間をかけて淹れてみたりしている間に、集中力を完全に失ってしまうのだ。

ならば、日常的に自分を極限状態に追い込んでおけば、常にうっとりできるような作品を量産できるのではないかという話を、個展に来てくれた同業者の山口洋祐さんや、URESICAのオーナーである鎌田さん、ダイさんと話していたのだが、長いことこの仕事を続けたいのならやめたほうが良いという結論となった。そりゃそうだ。もちろん短期的には可能かもしれないが、極限と緩和を繰り返していたら体がボロボロになってしまうだろう。自分を追い込んで追い込んで、ぼろぼろになりながら二度と描けないマスターピースを産み出す人に憧れはするが、私はできるだけこの仕事を長く続けていたいと思っているので、ボロボロにならずとも集中力を持続させ、マスターピースを産み出す方法をこれからも探っていきたい。孫悟空のあの頭の輪っかを装着するしかないかも。

とはいえ、今回のシリーズを描くにあたり、1年と11ヶ月の間、何もやってこなかったわけでは無く、構想自体は長い間、テキストという形で積み重ねていた。私の場合、アイデアは常にテキストから始まる。ふと思ったことや、描きたいと思うモチーフなどを片っ端から日常的にgoogle keepに打ち込んでいて、溜まってきたら似通ったテーマのものをそれぞれまとめひとつの塊を作る。そして、その塊が熟してきたら名前を付け、少しづつ肉付けをしたり削ったりしながら、あるべき姿を形成する。そのような塊をgoogle keepの中にいくつもストックして、熟成度や、革新性、ギャラリーとの相性などを踏まえ、どのアイデアをどの個展で使うかを決める。

個人的にHBギャラリーの一番好きな要素は、入り口の大きな窓だ。私が好んで使うカラーインクという耐光性が必ずしも強く無い画材にとって直射日光は天敵だが、あの窓からやさしく入り込む暖かな光が作品に与えてくれる祝福感は何ものにも代えがたい。今回もあの光と調和するような作品を描きたいと思い、様々なアイデアの中から一番合いそうな「花と生活」シリーズを持ってきた。

今回のシリーズを構築するための実際のメモの抜粋を少し。
ーーーーーー
外は花柄のパターンや、花のオーナメントや、花のアクセサリーや、ネックレス、イヤリング、実際の花、花のバッグ、花のドレスがたくさんかかっているなど、

宗教画のような花に埋もれた窓の中では掃除や
洗濯、そろばん、抱き合う、料理、食べる、
寝る、ベッドメイク、化粧、トイレ、勉強、
本を読む、徹夜、喧嘩、だれかに電話、
ゲーム、猫と遊ぶ、テレビ見る、
コーヒーいれる、お茶いれる、
石像叩きつける、嫉妬
アイロンがけ、窓掃除、床ぞうきんがけ
となりをのぞく、音楽かける、踊る、歌う、
牛乳こぼす、ねことあそぶ、お風呂はいる
鉛筆削る、お風呂洗う、
生活のスナップショットをじっさいにとって描く
ようせいたちが面倒くさそうに家事をこなすみんなで寝落ち、みんなでゲームなど

外の柄も中とれんどうさせる?
きれいなお皿と花とか
掃除機と花とか
ーーーーーー
改めて見直してみると、半分くらいは自分でも何を考えていたのかわからない。石像叩きつけるってなんだろう。

ちなみに、「花と生活」というタイトルに落ち着くまでには以下の候補もあった。

フローラル
花に眠る
1000 windows
ガーデン/トラフィック 

「花と生活」シリーズで描きたかったことは、どんなに美しかったり、ファンタジックな絵を描いたとしても、背後には日常が潜み、日々の生活が骨格となり、絵に重みを与えてくれているということ。また、日常とファンタジーは地続きであり、切り離すことはできないということ。

このアイデアを具現化するにあたり、生活とファンタジーの同居/コントラストをシンプルな構造で表現した。まず、モノクロで窓とその中の生活風景を描き、窓の外をそれぞれの生活から派生した空想、妄想を展開した。さらには、美しいものの象徴として個々の妄想とシンクロするような花を選び、添えた。たとえば「パンジーとトイレットペーパー」という作品では、窓の中にはトイレットペーパーを補充する女の子。そして、窓の外の妄想部分では、重ねたトイレットペーパーを土管に見立て、さらにはメガネをかけた妖精に上で昼寝をさせた。土管の中には、青いネコ(ロボットではないはず)を配置し、どらやきらしきものを持たせた。さらには、トイレットペーパーの花柄はパンジーをモチーフにしていることが多いと知ったので、パンジーを描いた。絵を描く時は、お題をいくつか自分に提示し、それをかけ合わせて絵を作る。今回のシリーズでは、そのまま、花+生活のお題から連想ゲームのように想像を広げていった。

今回のシリーズを描くに当たり、テキスタイル風のタッチを採用した。たとえば前回の「収穫祭」シリーズのように、絵の中心がちゃんとあり、焦点の定まった画面構成の作品に比べ、パターンものはどうしてもぼんやりとした画作りになってしまう傾向があり、受け入れられるのか個展前はとても心配していた。しかし結果、予想外に好意的に受け入れられたので、驚くと共に安堵した。過去のシリーズと同じく、この連作もいずれは作品集としてまとめたいと思っているが、18作品では一冊の本として成り立たなそうなので、まずはもう少しこのシリーズを続けたいと思っている。

ちなみに今回使った画材は以下となる。
ー窓と窓内の主線は、面相筆(世界堂で買った700円くらいのイタチ製面相筆特小)にDr.Ph.Martin’s BLACK STAR MATTEインクをつけて。
ー妄想サイドの主線は、DR.Ph.Martin’s PIGMENTインク(耐水性の方)のノーチカブルー、スカーレット、ターコイズブルー、オレンジ、ブリリアントグリーン、エメラルドなどを。
ー着彩は、DR.Ph.Martin’sのRadiantインクの、lemon yellow, scarlet, true blue, violet, orange, sunrise pink, april greenなどを主に。
−使用した水彩紙は、Arches Hot Pressed 300g 水彩紙(テクスチャーの無いもの)

自分にとっての個展を開催する意義は、ひとつ前の個展からの成長を見せること、自分の現在の立ち位置を確認すること、そして少し先の未来を見せることだ。表現を生業にするものにとって、他者に飽きられる前に自分自身が自分に飽きることはとても大切なことなのではないかと思っている。周りに飽きられているのに自分だけがしがみついているのは辛そうだ。幸い、今の所、描き終えた瞬間から自分の絵に対しての興味を失っているので、これからもどんどん自分の絵に飽きて、どんどん次なるものを描いていきたい。

最後に「ぼくとねこのすれ違い交換日記」(ぼくねこ)と今回の個展の少し不思議な繋がりについて少し。今年の半ばからホーム社の文芸図書WEBサイトで連載させて頂いているこの作品が今回の個展に与えた影響は大きかった気がする。ぼくねこの連載は、半自伝的物語という話の性質上、日常のシーンを描くことが非常に多く、散らかった部屋や、干してある洗濯物、狭いキッチンでの料理シーンなど生活感溢れる絵ばかりを描いている。そして、駆け出しイラストレーターである主人公のたいら君はその生活感溢れる環境で、自身が美しいと思う世界を妄想し、(飼い猫ホワンに邪魔されながら)描く。構造的には話の内容が今回の個展と図らずともリンクしていたのだ。おそらくこの連載がなかったら、いわば舞台裏でもある生活風景とファンタジーを一枚の絵に混ぜることは思いつかなかったと思う。同じく今年半ばにSHIBUYA TSUTAYAのNEST PUBLISHINGから出版された「ミラーレス・ファンタジア」という物語も、日常と妄想を同居させた物語だが、こちらはもう少しスタイル化、記号化された作風なので、自分の中では、今回の展示内容との関連性は薄いように感じる。

そういえば、ぼくねこの担当編集者は、千早茜さんの「わるい食べもの」でおなじみのT嬢さんなのだが、ぼくねこ連載を打診してくれたきっかけが、T嬢さんが2年前にHBギャラリーで開催した「収穫祭」個展の時で購入して下さった「ねこのように ゆっくり やすみたい」画集の副読本だった。4年前に同じくHBギャラリーで開催「ねこのように〜」シリーズの構想ノートやラフ載せたこの本を気に入って下さり、自身初の物語連載のオファーをしてくれたら。つまり、4年前にHBギャラリー開催した個展の内容をまとめた本を、2年前にHBギャラリーで購入して下さった本がきっかけではじめた連載が、今年のHBギャラリー個展に影響を与えたということだ。すべてはぐるぐると繋がっている、ご縁って本当に面白い。さらに言うと、ホーム社の文芸図書WEBサイトの名前は「HB」だ。偶然。ここまでくると、少しぞっとするけれど。

だらだらと長い文章をたいら君の日記のような口調で書いてしまった。彼と同一人物だと疑われるのもいやなので、口調を変えます。今展の在廊中、沢山のご感想や励ましを頂きありがとうございました。個展の在廊はまったく苦ではなく、様々な方とお話できるこの機会はハードな準備期間に対するご褒美だと思っています。今回は、個展内容や、最近の仕事絵へのご感想に加え、ぼくねこを気に入っているとおっしゃって下さった方もちらほらいらして、とてもとても励みになりました。正直、もしかしたら一人もいない読者に向かって書き続けているのかもしれない‥と不安になるときも多々あるのでほっとしました。連載、まだまだ続きますが、これからもがんばれそうです。

そして、今回もHBギャラリーオーナーの唐仁原さんから一枚の紙を渡されまして、そこには、2021年12月10日と、未来の日にちが書いてありました。




P.s.今回の作品の製作中に聴いていたアルバムは以下となります。おそらく、なんらかの影響を作品に与えてもらったかな。

Angel Olsen-All Mirrors
Deerhunter-Why hasn’t everything already disappeared?
DIIV-Deceiver
Lucy Dacus-2019EP
Lucy Dacus-Historian
Mika-My name is Michael Holbrook
Nick Cave & the Bad Seeds-Ghosteen
Vampire Weekend-Father of the bride
Wilco-Ode to joy
スピッツ-見っけ

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