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【翻訳記事】任天堂はいかにしてオープンワールドの課題を解決したか

以下の動画より翻訳。いずれは公式字幕がつくはずだが、それまでの代わりとでも思ってもらえればいい。


プレイヤーは完全に自由な冒険ができ、それでいてストーリーの進行に必要な場所にも導いてくれる。そんなオープンワールドはどうすれば作れるだろうか?

これは、任天堂が最初の自社開発オープンワールドゲームである『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』を作るときに直面した最大の課題である。任天堂は、ファミコンの1作目からずっと叶えられなかった冒険の自由をプレイヤーにもたらしたかったのだ。しかし、ゼルダ姫を助けるという大目標に向かってプレイヤーが確実に進んでいけるようにもしたいと望んでいた。

この課題は解決しがたかった──任天堂は不出来な試作と粗悪なプレイテストを経て、ついに我々がいま知っているようなゲームへと辿り着いたのだ。完成したこの作品は、オープンワールドゲームにおいてどのような探索要素であれば機能するかについて改めて考えさせてくれるようなものである。

実は、2017年に日本で開催されたCEDEC(Computer Entertainment Developers Conference)で、任天堂はこの難航した開発プロセスの経験を共有してくれている。これは非常に興味深い講演である──任天堂が自らのゲームのデザインや開発の核心について語るのは珍しいことだからだ。

残念ながら、この情報は今日では非常に手に入れにくいものとなっている。この講演の動画はひとつもアップロードされていないし、講演のレポートはすべて日本語だからだ。英訳されたツイートのスレッドはTwitterの改悪でめちゃくちゃになってしまっている。さらに、任天堂はオリジナルのスライドを掲載したメディアに連絡し、それを取り下げさせている。

そこで、私は今こそ為すべきことを為そうと考えた。目前に迫るゼルダの次回作『ティアーズオブキングダム』の発売に合わせ、かつての講演内容を取り戻そうと思ったのだ。私は講演に関する様々な記事を集め、英語に訳し、ネットのアーカイブを用いて失われたスライドを再発見し、それにモーショングラフィックをつけて蘇らせた。さらに、AIを用いた超解像技術で古いスクリーンショットを復活させたりもした。

点と線の失敗

任天堂はハイラルを描き出すために巨大なワールドマップを作り、プレイヤーが自由な方向へ探検できるようにした。しかし、重要な場所へとプレイヤーを誘う方法も編み出さなくてはならなかった。

最初のアイデアは『点と線』のシステムを用いることだった。

点とは、天を衝かんばかりにそびえ立つシーカータワーのことだ。シーカータワーはとても遠い距離からでもハッキリと見ることができ、プレイヤーにも大きな利益をもたらしてくれる。頂点まで登ると、マップのかなりの部分を明らかにしてくれるからだ。およそ15ほどあるこのタワーは、プレイヤーにとって明確な通過点となるものであり、効率的な探索を手助けしてくれている。

線とは、タワーとタワーの間にある道や経路のことだ。任天堂はこの線上に様々なイベントを配置でき、プレイヤーはタワーに近づくにつれて他のキャラクターや敵の野営地といった面白いものに出会えるというわけだ。

しかしこのアイデアは……完全に失敗した。点と線による案内はうまくいきすぎてしまったのだ。

テストプレイヤーたちは、自分が一本道にはまり込み、タワーを追いかけさせられているように感じていた。見えないけれど明らかに存在する導線にとらわれていると訴えた。この線から離れてしまうと迷うしかなくなり、冒険で得られる楽しみはほとんど失われてしまうのだった。

データもまたこれを証明していた。任天堂はテストプレイヤーの動きを追跡し、どこを探索したのかが分かるヒートマップを作成した。そこで明らかになったのは、プレイヤーはまったく異なる2つのグループに分かれていたことだ。80%のプレイヤーはタワー間の主要な経路を律儀にたどり、残りの20%はただ適当に放浪しているだけだった。どちらのプレイスタイルも、任天堂が求めていたものではない。

任天堂は別のアプローチに出ることを決めた。いつもシーカータワーに行くようプレイヤーに促すかわりに、より幅広いランドマークや興味を引く地点へとプレイヤーを誘引することでマップを動き回れるようにしたのだ。そこで必要なのは、祠や馬宿、魔物の野営地といった場所にプレイヤーを(飛んで火に入る蛾のように)引き寄せる方法だった。

最初にハッキリさせたのは、それぞれのエリアが明確な利益をもたらすことだった。祠をクリアすれば体力やスタミナの上限を上げられるし、魔物の基地では武器が手に入る。馬宿は当初、ただ馬を登録するためだけの場所だったが、回復用のベッドやアイテムを売る商人、噂やサイドクエストを提供してくれるNPCを置くことでより魅力的なところに変化させた。他のエリアもまた、そこで手に入るリソースというかたちで訪れる価値を持つ。

BotWにおいて、任天堂はハートのような単純に回復するためだけのアイテムを意図的に取り除いた。それにより、プレイヤーは野山に赴いてキノコや獣を狩らなければならなくなった。ルピーも非常に貴重なので、プレイヤーは山や坑道へ行って高価な鉱石を掘り、商人に売らなければならない。

このプランを機能させるために、さらなる調整が必要になった。ご存知のように、シーカータワーは巨大で見つけやすい一方、小さなランドマークは見つけにくいものだ。なので、遠距離や高所からでも小さなランドマークが目立つようにしなければならなかった。そのために祠は光っているし、野営地の焚き火は長い煙を昇らせている。敵の基地はしばしばガイコツ型の大岩でできているし、馬宿は巨大な馬頭の像が目印だ。

フィールド三角形の法則

ふだん視界に一度に入るシーカータワーはひとつかふたつだが、他の小さなランドマークは近くに何十箇所も目に入ってしまう。オープンワールドゲームでこれほど多くの選択肢があると、すっかり圧倒されてしまいかねない。任天堂が『フィールド三角形の法則』を作った理由のひとつはそのためだ。

ハイラルの地形や風景のほとんどは三角形でできている──これらはすべて、ピラミッド状やコーン状の丘や山、岩石層のことだ。ゲーム世界のデザインにおいて、三角形には様々な利点がある。たとえば、大きな山を目の前にしたとき、プレイヤーは山をよじ登っていくか迂回するかを決めなければならない。そうして、冒険の中に意思決定を作り出すというわけだ。また、プレイヤーの目は自然と三角形の先端へと向かうため、山の頂上に興味を引くものを置くことでプレイヤーをより近くまで引き寄せることができる。

だがもっとも重要なのは、これらの三角形が背後にあるものを隠すことだ。そのおかげで、プレイヤーはやることだらけの巨大なフィールドに圧倒されなくてすむ。画面にいつも映っているのは2、3の面白そうなスポットだけであり、他の場所は丘や山に隠れている。しかし山に近づいていくと、その背後に隠れていたものがだんだんと明らかになっていく。丘をよじ登ったり迂回したりすると、さらなる景色が見えてくるはずだ。

そうして、興味深い結果が得られる。新しいロケーションが判明することで、絶え間ない驚きと好奇心の源が生み出されるのだ。プレイヤーはひとつのランドマークに向かっているつもりかもしれないが、その旅路でいくつかの新しい場所が明らかになるのだ。たとえば地平線上に見える祠、角を曲がったところにある魔物の野営地、特徴的な形の岩、山頂にある好奇心をそそるスポット。プレイヤーがどこに行き、何をしても、新しい出来事が目に入りそれに惹きつけられることだろう。

新しいランドマークにプレイヤーの意識が逸らされることもある。前のプランを放り出してどこか新しい場所に行ってしまうのだ。それが終わると、もともと行くはずだったところを思い出してそこに戻ろうとするかもしれない──しかし結局、また別のことに意識が逸らされるだけだ。

どういった場合であれ、『三角形の法則』は連鎖反応を生み出してくれる。それは発見の無限ループであり、ランドマークへのパンくずリストだ。これらすべてのおかげで、プレイヤーはマップをゆっくりと横断するようになる。「あれ何?」「なんだあれ?」という中毒性のある冒険をしていると、自分でも気付かないうちにシーカータワーまでたどり着いているのだ!任天堂がプレイヤーにまず行って欲しいのは、まさにこのシーカータワーだったはずなのに。

さて、魅力的なランドマークを配置するという仕組みがあっても、プレイヤーはなおタワーからタワーへと動いている。しかし今回は特定の線に従うのではなく、面白いランドマークで構成されたパンくずリストをひたすら追いかけるようになった。このパンくずリストが、最終的にはブレスオブザワイルドで最も重要な場所へとプレイヤーを導いてくれるというわけだ。

シーカータワーを目指すことでプレイヤーは一本道を強制されているように感じてしまっていたが、ランドマークを散りばめるアプローチはそれに比べてずっと有機的で、プレイヤーが主体となるものだ。自身の好奇心や現在の目的、気分にしたがって、プレイヤーは行きたいところを自然に選ぶ。なにを必要とするかによって、各ロケーションの魅力が変化することもある。もし力を求めるのであれば、その途端に祠や魔物の野営地が馬宿やシーカータワーより魅力的になることもあるのだ。さらに夜になると、また違ったロケーションが見えてくる。

すべては任天堂のビジョンへ

特定のランドマークや目的地に向かうよう強制されているとプレイヤーが感じることはもはや起こらず、行きたい場所へ行けるようになった。この改善はヒートマップを見れば一目瞭然だった。開発途中で見られたあの歪な80:20の分かれ方は存在せず、あらゆるプレイヤーが任天堂が目指したゲームのビジョンの中に収まったのだ。プレイヤーが好奇心にしたがって様々な場所へ、ランドマークからランドマークへと自由に冒険し、それでいて最終的には重要地点へとたどり着ける、そんなビジョンへと。

ブレスオブザワイルドを遊んでいたとき、私は自分がこのビジョンに収まっていることにすっかり気付かされてしまった。特に案内されたり導かれたりしているようにはまったく感じなかった──ただ好奇心の赴くまま、やりたいように冒険していた。なのに、それでも重要なところにはたどり着き、物語が進むのだった。

ブレスオブザワイルドは、任天堂が自社で初めて開発した正式なオープンワールドゲームだ。開発チームはきっと多くのことを学んだはずだ。講演の後半での任天堂の説明によると、規模や密度の感覚をつかむため、開発当初はグーグルマップからデータを取り出し、自らのホームタウンの京都でリンクを走り回らせてみたり姫路城をよじ登らせてみたという。また、彼らは大きなチームがひとつのマップで共同作業を行えるように新しい開発ツールを作らなければならなかったことについても話している。

ともあれ、賢いデザインを通じ、特別な経験をプレイヤーに生み出してほしいという熱望に衝き動かされたことで、任天堂はブレスオブワイルドのゲームデザインにまつわる最大の問題を解決してみせた。任天堂が創り出したのは、導線と探索が美しく調和したオープンワールドゲームであり、自由な形で冒険しているという感覚である。本作以外でこれを成し遂げたのは『エルデンリング』だけだ。

そしてほぼ間違いなく、『ティアーズオブザキングダム』でもそれは成し遂げられることだろう。


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