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元NEUTRAL / TRANSIT編集長、ATLANTIS編集長が考える〜雑誌を編むということ、旅すること

これからnoteで全文掲載しようと考えている『ATLANTIS zine』の“さわり”です。この文章はATLANTIS zine 01の冒頭に掲載されたもの。長くてしつこい、編集者の雑誌を作るまでの独白です。反応をみて全文掲載の方法を決めていこうと思います。

“なぜ編むのか”

 南インド、マハーバリプラム。「クリシュナのバターボール」と呼ばれる奇妙な石は、何百年と同じように今日も坂の中間にとどまっている。海辺に建つヒンドゥーの黄金寺院に向かって、夕陽が一直線に伸びてくる。その光はやがて寺まで届き、2つの月が同時に水平線に現れた。海岸にいた200人くらいのインドの人々は、当たり前のようにそれを見届けるとぞろぞろと家路に着いた。そんなインド南端にある安宿でNEUTRAL創刊号——美しきイスラムという場所——を見つけたのだった。それはぼろぼろになって時間が経過した物体だった。旅人だろうか、誰が持ち込んだのかわからないが、それは確かに存在し時を経ていた。そのとき初めて自分がなぜ雑誌を編むのか?の答えが出た気がした。開けば世界が広がり、実際に雑誌が世界を旅していくような。受け取る相手は今この瞬間と限られた“未来”。それは手の届くくらいの近い“明日”だ。雑誌を編み続けることが、人生の目的になった。

 二十歳を少し過ぎた頃に雑誌編集者になり、20年が経とうとしている。最初はエロ本の編集部に配属された。与えられた仕事は、モデルさんに着用してもらうパンツの底を切る作業だった。ええ、女性のパンツです。ええ、二重になった部分の生地が透けるように1枚切るのです。そんなパンツの底を切ったりポジフィルムを切現に出したりしながら、ロケバスの運転手をしたり、プレゼントページを担当したりして、すぐ2、3年が過ぎた。編集者らしい仕事をしたのは24歳くらいのとき。編集長としてつくったROOM+(ルームプラス)というインテリア雑誌だった。

 それはとにかくすごい2年間だった。仕事ができなすぎてバカみたいに徹夜した。徹夜すれば書けない原稿も許される気がした(そんなことはなかったのだが)。休みなく脳を動かしているのに、手が動かない。頭は熱いのに体は冷えて固まってしまう……そんなちぐはぐな僕に編集作業を教えてくれたのは、steam(スチーム)というカメラマン・編集者・デザイナー・ライターから成るエディトリアルユニットの面々だった。この2年間で学んだことは、連載「エディトリアル・クロニクル」の次回で書くので詳細は割愛するが、とにかく電話の掛け方から挨拶の仕方、ラフや取材の心得……ありとあらゆる編集のイロハを教えてもらった。そしてROOM+では同期の編集者・田澤くんとの出会いもあった。彼とはその後、NEUTRAL、TRANSITなど多くの編集作業を一緒に行うこととなる。

 NEUTRALのコンセプトは普遍的な美しさを追いかけることだった。紛争地域やインドの雑踏の中に人間が織りなす醜悪なものにさえ美しさは内包している。価値観を飛ばして世界を見てみる。そのコンセプトはADの尾原氏ととことん話して生まれた。すべての背表紙の始まりが「美しき〜」になるように美しき○○のコピーを付けることを決めたのは尾原氏だったりする。今では考えられないけれど、イエメン(当時もそこそこ旅がしづらい国だった)をはじめいろんな国を一緒に旅した。写真家とのやりとり、デザインの深い部分での挑戦と調整、本当にいろんなことが同時進行で起こった。つまるところ僕にとって“編集”とは“行動”とイコールであった。2ヵ月の間にイエメン、トルコ、イランを別々のカメラマンと取材に行き、国内では東北から九州まですべての撮影に同行した。その行動が結果、参加者を巻き込めた唯一の編集者的行為だったと回想する。

「美しき〜」のコンセプトのもと、月(Moon)や水(Water)、美女、結婚、パラダイスなど普遍的なテーマから無限に広がって掘り下げていく手法を取った。1年以上にわたって並べては壊し、組み上げてはバラすという贅沢な編集作業を繰り返した。身近なテーマから世界につながる誌面づくりのスタイルは、写真家の富井さんと一緒に旅しながら創り上げた。企画をはじめ、撮影している現地でも、ディスカッションしながら、現地でトライ&エラーを繰り返しながら、酒瓶を周囲に並べていって一周するまで話しながらつくる、そんな禅問答のようなやり方だった。いつも世界地図を広げてぽっかりしながら企画を練った。ほとんどの時間、写真の話ばかりしていた。写真界のことは未だによく理解できないが、写真が大好きになった。

 自分の生活に足りないものを、地球上のどこかにいる人々が知っているかもしれない。何百年も続いているルーティンにはヒントが隠れているはず。美しい人はどんな人だろう。みんなが見ている同じ月を追いかけたら世界中でつながれるんじゃないか。ゴッホが見た色の爆発は精神のパラダイスなんじゃないか。結婚っていったい何だ?——そんな身体と精神を使った企画遊びは、編集者になってはじめて感じた震えだった。大きなテーマから無限に枝葉が広がっていくような編集スタイルに没頭した。

© SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS

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NEUTRAL COLORS{NC}ニュー・カラーは編集者、加藤直徳が主宰する出版社。NC magazine、ノンフィクション、絵本、写真集を発行。NEUTRAL、TRANSIT、ATLANTIS元編集長。2020年5月に雑誌NEUTRAL COLORSを創刊。