化学感覚ニューロンの起源となる祖先型の化学感覚ニューロンを発見か!?(2021年8月Neuron掲載論文)
今回紹介する論文はドイツのザーランド大学とマックスプランク研究所からの研究報告で、タイトルは「Danger perception and stress response through an olfactory sensor for the bacterial metabolite hydrogen sulfide(バクテリアの代謝物である硫化水素の嗅覚センサーによる危険察知とストレス応答)」だ.
ちなみに本研究には筆頭著者が3名いるが, そのうち1名は東北大学で修士号を取得した日本人のようだ(おそらく, 現在はD3か, ポスドク1年目だろうか?).
タイトルだけを見たときは, においを介したストレス応答にまた1つ新しい知見が加わった, くらいの認識で正直Neuronのような一流雑誌に掲載されていない限り素通りをしてしまうところだったが, 読み進めてみるととんでもなくexcitingで面白い内容であることに気付いた.
においの受容は一般的に、主嗅覚上皮(MOE)に存在する嗅覚神経上の嗅覚受容体に認識されることで引き起こされる. 嗅覚受容体は、GPRCの一種であり, 匂い物質に結合するとGタンパク質Golfを通じてアデニル酸シクラーゼを活性化し、環状ヌクレオチド感受性イオンチャネル(CNGチャネル)からCa2+の流入を引き起こし、最終的に嗅神経の脱分極を誘発する. また, マウスやラットをはじめとした哺乳類やヘビなどの爬虫類では, 上記の主嗅覚上皮とは別の独立した嗅覚器官である鋤鼻器を有している. 鋤鼻器に存在する末梢鋤鼻感覚神経は, ホスホリパーゼCシグナルを介したTRPC2の開口により, 脱分極を引き起こす. 主嗅覚神経では主ににおいの受容を, 鋤鼻器では主にフェロモンの受容をそれぞれ担っていると教科書的には考えられている.
この論文で初めて知ったのだが, MOEにはCnga2とTrpc2の両方の遺伝子を共発現するタイプの感覚神経が2種類存在するらしい(それぞれType A cellとType B cellと名付けられており, 2015年ごろに発見された). 著者に含まれるマックスプランク研究所の研究グループはこのType A cellとType B cellを発見したグループであり, これらの細胞の役割の解明を目指していた. Type B cellが低酸素環境を認識する細胞であること, そして通常, 硫化水素の生成は酸素の枯渇と同時に起こることから, Type B cellは硫化水素に特化した検出器として機能しているのではないかと仮説立てたところから研究がスタートしている.
その仮説通り, Type B cellは硫化水素の超高感度センサーであることを突き止めた(EC50:0.63±0.14 uM). 薬理学的検討とノックアウトマウスを用いた検討により, 硫化水素によって引き起こされるType B cellの活性化には, 細胞外Ca2+の流入, Cnga2, ホスホジエステラーゼE(PDE)が関与することがわかった. 一方で, Trpc2は硫化水素によるType B cellの活性化には関与していないことが示唆された.
Type B cellが低酸素の受容し, 活性化を引き起こすことはすでに知られていたが, その詳細な仕組みを調べたところ, Trpc2が関与することがわかった. さらに低酸素検出にはTrpc2のほかにHmox2ならびにGucy1b2と呼ばれる因子が重要であることを明らかにした. また, このHmox2という因子は硫化水素の検出には関与しないことも明らかになった.
Cnga2とTrpc2がType B cell上どの部位に発現しているかを調べたところ, Cnga2は繊毛部に, Trpc2は樹状突起のノブ(knob)と呼ばれる構造上にそれぞれ発現していることもわかった. 要は, 細胞内シグナル伝達に重要と思われる2つの因子が同一細胞上の異なる場所に存在していることが明らかになった. したがって, Type B cellは硫化水素と低酸素のセンサーではあるものの, それぞれのガス成分を検知する場所がそれぞれ異なり, 全く別々の機構によって検出していることが強く示唆される.
続いて, in vitro試験にて明らかにされた硫化水素の受容機構を自由行動化のマウスを用いて in vivo試験でも確認している. もちろん, in vivo試験においてもCnga2が関与するシグナル経路と, Trpc2やHmox2が関与するシグナル経路がきちんとセパレートされていることが示された.
最後に, 1, ストレスホルモンの放出, 2. self-grooming, 3. 場所嫌悪の3つのストレス応答に関する試験を実施しているが, こちらの結果もなかなかに興味深く, 書き出すと長くなりそうなので一旦割愛する. (後日追記?)
この論文は結果自体も興味深いが, Discussion部分が何といっても秀逸であった. 彼らはDiscussionにて以下のように述べている.
"哺乳類の嗅覚において、Cnga2チャネルとTrpc2チャネルを介したシグナル伝達ネットワークが同じ種類の化学感覚ニューロンに共存し、異なる分子の手がかりを検出するという、これまで説明されていなかったシグナル伝達のパラダイムを発見した. これらの伝達機構は、Cnga2を介したシグナル伝達は繊毛で、Trpc2を介したシグナル伝達は樹状突起のノブで働くなど、同じ感覚ニューロンの異なるサブセルコンパートメントに存在する. MOEのB型細胞は、これらの2つのチャネルが嗅覚伝達のエフェクターチャネルとして機能する「ハイブリッド」な細胞型の最初の例である. B型細胞は、この2つのシグナル伝達経路を持つ化学感覚ニューロンの祖先であり、他の化学感覚ニューロンはこの2つのシグナル伝達経路から生まれたと考えられる. B型細胞は、他の化学感覚ニューロンの起源となる両方のシグナル伝達経路を含む祖先型の化学感覚ニューロンである可能性がある."
この考えが正しいかどうかはまだ議論が必要かと思われるが, 非常に納得感がある説だと思う. Type B cellをさらに調べていくことで, 化学感覚の神経のみならず, 化学感覚受容体を発現する様々な細胞に共通するシステムを解明する手がかりになりそうで, なんとなくワクワクした気分になった.
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