態勢を立て直す

 最近は個人的な読み書きができていない。あまりこの言葉は言いたくないが、仕事が忙しいからだ。どうにか週記だけは継続しているが、内容が乏しくなっている。以前までは週記を書くために、平日はとりあえずその日にあったことや思ったことなどをいちおうメモしておく(ログと呼んでいる)ということをしていたのだが、最近ではログすら取れていないから、週末にいざ書こうと思っても、いったい今週は何をしたのか思い出せない。したがって週記に書くことが乏しくなる。
 読書はまったくできていないわけではないが、それについてよく考えたりする時間がとれていない。抽象化して言えば、個人的な関心を広げたり深めたりする営みが疎《おろそ》かになっている。
「態勢を立て直す」の意味は、そこに向けられている。

 じつは先週の週記でも同じようなことを言っていた。そこに書いたことをひとことで言えば、アウトライナーの整理をしようと思う、ということだ。
「態勢を立て直す」の中には多方面性が具わっているが、その中でも「思考の場」であるアウトライナーから着手しようという考えだ。

 そもそもアウトライナーとは何か。こういうときにとりあえずネットで検索するのもいいが、個人的には辞書をあたることにしている。しかし「アウトライナー」だと辞書ではヒットしない。かわりに「アウトラインプロセッサー」ならヒットする。示しているものは同じだ。たとえば大辞林第三版にはこう書いてある。〈データを章・節などに階層化することができ、文章を作成するために使われる〉。

「階層化」というワードが出てきた。僕の考えでもそこがアウトライナーの特徴だ。「階層化」の意味は辞書の説明にもあるとおりだが、文章に「章」や「見出し」をつけることである(もっとも、「階層化」という概念は文章に限らず広範囲に見いだせるが、ここでは文章に限って話を進めていくことになるだろう)。
「階層化」すると何がいいのかというと、文章の構造が把握しやすくなる。たとえば文章に見出しがついていれば、何について書かれた文章なのかということが中身を読まずとも把握できる。
 それはしかし「読む側」の視点に立ったときの話だ。「書く側」に立ったときはどうなるか?

 文章を書くときに頭の中で階層的に(構造的に)文章を組み立てたり、思考を展開できる人にとっては、アウトライナーは不要かもしれない。だが僕の場合は、残念ながらそうではない。文章を書いているとよく脱線するし、書き上がった文章を見ても結局何が言いたいのかわからないようなものができあがったりする。
 じつは文章に見出しをつけることは、なにもアウトライナーみたいな特殊なアプリを使わずとも、OS標準のテキストエディタで実現できる。もっと言えばデジタルデバイスすら不要で、アナログの原稿用紙やメモ帳でも見出しをつけることは可能だ。ただし、それは頭の中で階層的に文章を組み立てることができる人にとってだけ可能なことだと僕は思う。

 しかし僕にはその能力がないし、そもそも書きたいことがないのに文章を書こうとする場合が多々ある。たとえば日記なんかが典型的だ。日記は何か書きたいことがあるから書くわけではない。たんに書くことになっているから書くだけだ。けれども日記にしたって、ただの箇条書きでは面白くないし、何かを書くからには意味が通じるもの、何らかの展開があるものを書きたいと思う。ところが「書きたいことがない」状態で書いているものだから、書いている最中に階層とか構造とかを意識することができず、書いている途中で話がこんがらがったり、どこにも着地できなくなったりする。
 そこで「階層化」に特化したアウトライナーの必要性が浮かび上がってくる。

 普通のテキストエディタで文章を書くときにも、文の頭に空白を挿入することによって階層を表現することはできるが、しかしあとから階層を変化させることがむずかしい。ある箇所の文を選択してカットして、あらたに挿入したい箇所にペーストする、という手間がかかる。加えて、空白を挿入して階層を表現する場合、ひとつの文が複数行にまたがったときの見た目がよろしくない。それはたんに美的感覚の話ではなく、文章を構造的に把握する際の障害になるという意味だ。
 アウトライナーはそういった手間を簡略化し、階層化された文章をわかりやすい見た目で表示してくれる。言ってみればそれだけのことだが、そんなことが(少なくとも僕にとっては)文章を書きながらものごとを考える際に決定的な役割を果たしてくれるのだ。

 たとえば思いつくままに文章を書いていく。あるトピックについて書いていたら、別のトピックを思いつき、それについて書いていく。
 そういうふうな書き方をしていたら、たとえ空白行を挿入するなどして区別をつけられるようにしていたとしても、全体としてよくわからないものになる。それでは、と整えようとしても、個別のトピックに対する判断と、全体の流れに対する判断が同時に押し寄せてきて、なんだか手がつけられないように感じられる。
 そこでアウトライナーを使い、たとえば空白行で区切られた文章の塊ひとつについて、この塊は何の話だったか見出しをつける。また別の文章の塊にも同じことをする。しかしあるひとつの塊について考えようとしているのに、別の塊が目に入っていると今ひとつ集中できない。そこで既に見出しをつけたものについては、その見出しに収納するかたちで文章を「折り畳む」。すると見出しだけが表示された状態になる。
 この「折り畳む」もアウトライナーの特徴的な機能のひとつだ。これは普通のテキストエディタではできない。見出し(上位項目)の中に文章(下位項目)を折り畳んで見えなくすることによって、そのトピックに対する認知リソースを節約することができる。混沌とした自らの思考を前にして途方に暮れてしまうことのないように、折り畳み機能は救いの手を差し伸べてくれる。

 アウトライナーを「思考の場」と呼んでいるのは、「階層化」や「折り畳み」といった機能があるからだ。
 そして「態勢を立て直す」にあたって、まあいろいろ考えどころはありそうだが、なにしろ「思考の場」たるアウトライナーを起点にするのがよいだろうと考え、そこから手をつけている次第である。
 アウトライナーには思考の断片の断片みたいなものが散らばっている。しかし長らく放置していたせいで、それら「断片の断片」は腐りかけている。けれどもそれらを整理し、息を吹き返すことができれば、それはブログのアウトプットへもつながる。すなわち「書く」方面の態勢も立て直すことができる。また読んだ本について考える際にも、アウトライナーは有用だと予想している。
 要するに何をするにしても「考える」ことは必要で、その基盤になりそうなアウトライナーを整備することが、「態勢を立て直す」一番の近道だろうと考えているのだ。

 さて、既に2800字を超えているし、話も一段落したから、この記事は終えた方がよいと思うのだけれど、アウトライナーの話をした流れで、具体的なツールの話もここに記しておきたいと思う。

 そもそもアウトライナーを使い始めてから3ヶ月しか経っていない。さきほどはいかにもアウトライナーを活用している人間みたいな調子で「思考の場」などと呼んでいたが、じつはまだ「活用」と呼べるほど使いこなせていない。

 それはまあいいとして、具体的なツールの話だ。
 昨年12月からアウトライナーを使い始めたのだが、そのときからずっと〈Logseq〉(ログシーク)というアプリを使っていた。無料で、会員登録とかも不要で、オフラインで使用することができる。オープンソースのため、やろうと思えばいかようにでも拡張することができる。そういったところがよさそうに思えたから、Logseqを使うことにした。
 ところが数日前から——「態勢を立て直そう」とLogseqをあらためて使うようになってから——操作性に不満を感じるようになった。この記事の中でも紹介したが、「折り畳む」機能に関して、Logseqでは子項目にいるときに、キーボードショートカットで親項目を閉じることができない。もしかしたら探せば、あるいは設定すればできるようになるのかもしれないが、自分が調べた限りでは見つけられなかった。しかし「折り畳む」ができなければ、思考の断片の断片みたいな混沌としたものを整理することができない。いや、「折り畳む」こと自体はカーソル操作で可能なのだが、キーボードショートカット一発より手間がかかることが問題なのだ。整理するにあたって「折り畳む」機能は頻繁に使うことになりそうだから、そこの負担はなるべく下げたい。

 そこで〈Bike〉(バイク)を使ってみることにした。Logseqはオープンソースでマルチプラットフォームどころかブラウザでも使えるサービスだが、BikeはMacOSでしか使うことができない。そしてBikeはある程度の機能は無料で使えるが、文字装飾などはサブスク課金しなければ使うことができない。買い切りなら喜んで課金するのだけれど、サブスクには抵抗がある。
 アウトライナーを使ってみようと思ったときにLogseqと並んでBikeもインストールして少し触ってみたのだけれど、前述したような理由で結局はLogseqに落ち着いた。ところがLogseqに不満が出たので、ふたたびBikeに挑戦してみることにしたわけだ。

 無料ユーザーで制限があるから使い勝手は今ひとつなのかなと思いながら使い始めたが、予想していたよりかなり使い勝手が良い。動作が軽いことはレビューなどから知れていたが、Logseqと比べても非常にキビキビしている印象。懸案だった子項目にいるときに親項目を閉じるキーボードショートカットも使えるし、同じファイルを2つのウィンドウで開くこともできる(たぶん3つでも4つでもできる)。それの何がいいって、上位のアウトラインを片方で表示しつつ、もう片方では込み入ったトピックにフォーカスして、そのトピックだけのアウトラインを表示することができる。
 キーボードショートカットを自分が使いやすいように設定するのに労力を費やしたが、それが済んだあとはかなりいい感じに使えている。

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