「無限部活学園」本編 第2話

「ねね、三々音みみね、部活なにに入った?」
 入学からちょうど一週間がたった、木曜日の放課後。
 数少ない同じ中学出身の友だち、千子せんこちゃんが廊下で喋りかけてきてくれた。
 ショートカットの髪とサバサバした物言いが特徴的な自他共に認めるスポーティー女子の千子ちゃんは、なにやら運動部に向かう途中らしく動きやすそうなスポーツウェアに身を包んでいて、スポーティーさ七割増し(私の体感比)って感じだ。うーん、かっこいい。
 まあ、それはそれとして……。
「ええっとね、ええっと……実は、私」ちょっと気恥ずかしくて、前髪を指でくりくり触ったりしてしまいながら、ゆっくりと言う。「……い、いろんな部に入ったんだよね~」
 なんとなく。
 なんとなーくなんだけど、部活があまりにも盛んなこの学校において「まだ部活に入ってない」と正直に言うのが少し恥ずかしくて、私は思わず変な嘘をついてしまった。
 すると――五秒の沈黙のあと。
 千子ちゃんは、大きく大きく口を開けて、
「『いろんな部』ねー! あるよね、『いろんな部』! あたしのクラスの女子も『いろんな部』入ったって子いたわー、結構人気なんだね」
「え、あ、あはは、そうだね~……」
 全然思ったベクトルじゃない勘違いをされてしまって、しかもそのまま信じ込まれてしまった。とりあえず曖昧に笑っておいたけど、なにその部活。あるのそんなの。
 うん。とりあえず、このまま『いろんな部』についてツッコまれてボロが出ちゃう前に話題を変えよう。
「えと、それで、千子ちゃんは何部に入ったの?」
 私が尋ねると、千子ちゃんは、さも当然という顔で涼しげに答えた。
「『陸上競技がんばる部』だよ!」
 ……ええーー?

* * *

「あー、『陸上競技がんばる部』ねー。部員結構多いよ~あそこ」
 今日も今日とて部活動総合管理委員会室(やっぱり長いなこの名前)を訪れた私は、この部屋の主、じっしー先輩こと十色じっしきなな先輩に、先ほどの千子ちゃんとのやりとりを話した。それに対する先輩のリアクションは、先のとおり。
「先輩、その『陸上競技がんばる部』ってどういう部活なんですか?」
「ん? 陸上競技をかんばる部活だよ?」
 わあー、そのまんまだー。
 あぜんとする私のことは気にもとめず、先輩は机の上に置かれた書類の束に一枚一枚目を通しては「いいねぇ!」「ナイス部活!」「部活サイコー!」とか言いながら、パンパンとリズミカルにハンコを押していく。先日先輩から聞いた話では、全校生徒から提出された入部届は、委員長、つまり先輩がすべてひとりで処理しているとのこと。傍目から見るととんでもない重労働って気がしてしまうけど、部活を愛してやまない先輩にとってはむしろ最高のご褒美なんだとか。……というか、
「あ、先輩、すみません。お仕事中にお喋りしにきちゃって。私、また時間を改めて……」
 言いながら席を立とうとすると、先輩は慌てた様子で私を止める。
「いやいや全然だいじょーぶだよ! てか入部届さばきながら部活トーク聞けるなんて、もうほんと、いっちばん嬉しいんだから! 部活欲満たされまくりの部活中枢刺激されまくりなんだから! ほらほら続けて続けてっ!」
「は、はあ……」おそるべき部活愛。そして聞いたことないな部活中枢。お言葉に甘えて私は話を続ける。「それであの、陸上競技をがんばる部活って、それはつまり、『陸上部』ってことですか……?」
「ううん。『陸上競技がんばる部』と『陸上部』は別だよー」
 ……ううーん?
「やることは一緒なんですか……?」
「一緒だよ? どっちも陸上競技をやる部活だねー」
 …………ううーん?
 すると、先輩は言う。
「ちなみに他には、『陸上競技部』とか『陸上競技やる部』とか『陸上競技大好き部』とか『陸上競技ばっかりやってる部』とか『陸上競技だけしかやらない部』とか『陸上競技以外のことは断じてやらない部』とか『陸上競技を好きすぎるあまり陸上競技をひたすらやり続ける部』とかもあるよ。いいよねぇ、陸上競技にひたむきな青春っ! どの部活もほんとサイコーだよ!」
 一気にまくしたてて、うっとりした様子で宙を眺めるじっしー先輩。 
 ………………ううーーーーーん?
 私は、ただひたすら、頭をひねり続けていた。

* * *

 改めて説明しておくと。
 この高校には『部活に入っていない生徒は基本帰宅禁止』という嘘のようなガチの決まり事があって、なので私は入学二日目以降、帰宅せずにずっと部室棟で寝泊まり生活をしていたりする。(ちなみに両親は電話で事情を話したら質問のひとつもなくすんなり受け入れて承諾してくれた。鬼の物わかり……)
 そんな、いまや私の第二の家とも呼ぶべき存在となった、巨大部室棟で。
 じっしー先輩は、私に見せたいものがあると、十七階の廊下にずらーーーーっと並んだ青い部室のドア群に、ぺたぺたぺたぺたーーーーーっと一枚ずつ貼り紙をしていった。
 数分後。作業を終えた先輩は、私に言う。
「この階は主に演劇部系が集まってるんだけど……いっちん、とりあえずあたしがドアに貼った紙、こっちからあっちに向かってひとつずつ順番に見てってみ?」
「は、はあ……?」
 よくわからないけど、言われたとおり、最寄りのドアから順々に、ゆっくり歩きながら先輩お手製の貼り紙をひとつひとつ眺めていく。

演劇部
演劇やる部
演劇がんばる部
演じて劇をする部
演じて劇をするの大好き部
演じて劇をするの大好きすぎる部
演じて劇をするの大好きすぎる人たち集まった部
演じて劇をするの大好きすぎる人たち集まって演劇する部

 ……うん、もう、ギブアップ。
 私は貼り紙鑑賞を中断し、くるっと先輩の方を向く。
「じっしー先輩、これってあの、全部『演劇部』ですよね……?」
 先輩は、腕を組み、仁王立ちで、なぜか得意満面。
「ま、演劇をする部活って意味では、そーゆーことになるね。でも、各部活、名前が違うのはもちろん、部の雰囲気とかモチベーションとかパッションとかイグニッションとかパーテーションとかそーゆー細かい部分がびみょーーーーにみんな違うんだよ! どーだっ!」
「な、なるほど……」
 完膚なきまでに圧倒されてしまう私。圧倒されすぎてイグニッションとかパーテーションに対するツッコミを忘れてしまう。
 と、そのとき、廊下に並ぶドアのひとつがキキィッと開いて、ひとりの男子生徒が廊下に出てきた。背が高くてやせ気味の男の人。
「あっ、京村けいむらくん! ちょーどいいとこに!」
 じっしー先輩が、男の人に手を振る。すると京村くんと呼ばれたその人は、おお、と言いながら先輩に手を振り返し、歩み寄る。
「委員長、久しぶりー。今日は何の部活しにきたの?」
「ううん、今日はねー、部活に興味津々な未来ある新入生ちゃんのために部活の紹介をしにきたんだよー」
 すると京村先輩(タメ口ってことはおそらくじっしー先輩と同級生だと推理)は、こちらに気づいて軽く会釈をしてくれる。私は慌ててぺこっとお辞儀をしつつ、二人の先輩のもとへてってってっと駆け寄る。
「いっちん、何を隠そうこの京村くんはね、この十七階の演劇系部活の、全部の部長なんだよーっ!」
「ああ、全部じゃないよ。『演劇観るよりやるほうが断然好き部』と『演劇のこと好きすぎて一日中考え続けてる部』は、俺、副部長だからね」
 爽やかな笑顔で訂正する京村先輩。あーそうだったーと照れ笑いするじっしー先輩。そして、とっても混乱しているのが私。『演劇のこと好きすぎて』……なに部って?
「で、ちょーどいい機会だし、いっちん、京村くんに気になること質問してみたらいいんじゃない?」
「え、あ、はあ」気になること、正直、ありすぎる。「ええっと……京村先輩が、部長を務められてる部活って、いくつあるんですか?」
 訊いてすぐに私は、しまった、と思った。
 けれど、気づいたときにはもう遅かった。
「数かあ……。そういえばちゃんと数えたことなかったなあ」考え込むような表情になり、京村先輩は指折りつぶやきだす。「ええと、『演劇部』でしょ、『演じる劇部』でしょ、『演じる劇やる部』でしょ、『演劇ばっかりやってる部』でしょ、『延々演劇やり続けてる部』でしょ…………」

 ――そして、陽が沈み、夜になり、陽が昇り、朝になった。
「……『演劇そんなに好きじゃないけど演劇やってる部』でしょ、『演劇よりおまんじゅうの方が好きだけど演劇やってる部』でしょ、『演劇よりサーロインステーキの方が好きだけど演劇やってる部』でしょ、『カラオケよりちょっとだけ演劇の方が好きだから演劇やってる部』でしょ、『カーリングとおんなじぐらい演劇が好きだけどそれはそれとして演劇やってる部』でしょ……」
 京村先輩の部活カウントは、一晩中、一度たりとも止まらなかった。体力と記憶力どうなってるんだとかのツッコミはさておいて、この学校には部活が“無限”に存在しているわけで、それをひとつひとつ数えだしたら時間がいくらあっても数え終わるはずがない、というか“無限”なんて数えられるわけがなく……。
 深夜の段階でとっくにHP体力が底をついている私は、膝からがっくり崩れ落ち、廊下の壁に力なくもたれかかった格好で、いまだ「『世界平和とおんなじぐらい演劇が大事だから演劇やってる部』でしょ……」とか指折りつぶやき続けてる京村先輩の姿を見上げつつ、この学校の恐るべき深淵をうっかりこじ開けてしまった自分を責め続けるのだった。
 ――ちなみに。
 じっしー先輩は、一晩中、京村先輩の隣で楽しそうに頷き続けていて(今もなお)、いやだからほんとに体力どうなってんだ、とそれはそれで恐ろしくなってしまう私なのだった。

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