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昔のはなし。

大昔のはなしです。

SNSで拡散されたブログ

ある方から、「これは坪井さんのことでは?」とメールをいただいて、リンク先を見ました。文を読んでいると、私のこととは思えない、記憶にないことだったのですが、画像で載っているお手紙の筆跡は、明らかに私のものでした。 

全然、記憶になかったのですが、「わぁ、こんな風に思っていただいて、ありがたいな。」と思って、すぐにコメントしようとしました。ふと、「どうして、この記事を見つけたのかな?」と思って、いろいろたどってみると・・・、びっくり!!FacebookやTwitterで、すごく拡散されてて、私はすっかり「謎の人」になっていました。あまりの反響の大きさに、とりあえず、今まで避けて通ってきたFacebookに登録して、どんなことになってるのか、様子を見てみました。

こんなに反響がある中で、名乗り出て、たいへんなことにならないだろうか、という気持ちと、お礼を言いたいなという気持ちと、「いい話だ~」と思ってくれた方々も、私が「見ましたよ。」と名乗り出ることできっと喜ぶだろうな、という気持ちで、どうしたらいいのか分かりませんでした。 

でも、やっぱり、「私です。」って言おう、と思いました。その理由は、あとで書きます。 

ローランドでアルバイト

当時、私は、Rolandの名古屋営業所で、店頭デモ演奏と販売をするバイトをしていました。

そうです・・・、「Rolandの社員さん、すごい!」というコメントが飛び交う中、本当にがっかりさせてしまうかもしれませんが、私は、学生アルバイトでした。

 元々は、電子ピアノをご紹介して販売するバイトだったのですが、Roland製品が大好きで、暇なときは仕事じゃなくても営業所に入り浸って、自分には関係のないシーケンサーやコンピューターミュージックの製品など、あらゆる楽器を朝から晩まで触っていました。新製品が届くと、真っ先に、一日中弾かせてもらえました。夜、「新しいうちの製品、どうや?」と営業さんが聞きに来て、率直な感想をバンバン言いました。そのままみんなで飲みに行って、ずーっと楽器のことを語りました。

 私の身分はアルバイトだし、それは仕事でもなんでもないのに、好きにやらせてくれるムードが、ローランドにはありました。

 店頭でお客さんや販売店さんと接するのも大好きでした。どんなに素敵な楽器か、直接、語ってご紹介できることが、嬉しくて仕方ありませんでした。 

このお手紙を書いたことは、まったく覚えていなくて、どういういきさつで私の手元に来たのか、記憶にないのですが、当時のことを考えると、おそらく、上司からのきちんとした指示の元に書いたのではなく、サービス部門の仲良しのおっちゃん(失礼!)が、「おくちゃん(当時のあだ名)、こんなん来てんねんけど。」って、ポンって私に渡してくれたんじゃないか、と思います。

そして、この手紙・・・、絶対に、私が勝手に書き、勝手に出したと確信しています。

 何故なら、ビジネスレターの基本がまるでできてないからです!!!なんだ、この唐突な出だしは・・・、「弊社の製品をお使いいただき、ありがとうございます」の一言も添えていません。

ローランドは、こういうお手紙を、ないがしろにもしないけど、ビジネスライクにも通さない、なんというか、「答えられる人が答えてあげたらいい。」というような本質だけで行動できる雰囲気がありました。そもそも、MC-50というシーケンサーは、私が「個人で持ってた」というだけで、業務上の担当楽器ではありません。

 こういう接客逸話って、ものすごい職業意識から生まれるものだと思っていましたが、当人になってみると、本当にどうってことない、当たり前の日常のできごとなんだなぁ、だからこそ、日々のひとつひとつのできごとに、ちゃんと心を動かして仕事をしないといけないなぁ、と思いました。

 お客様が聞きたいことに答えよう

 さて、手紙の内容を読むと、とんでもないことが書いてあります。

 ローランド製品についての問い合わせなのに、「お手持ちのキーボードに合うエクスプレッションペダルを買ってください。」とか、「使い方は音を聞いて研究してください。」とか。それに、当時の私は、まだ、打ち込みを仕事にできるほどの技術は持っていませんでした。だから、書いてあることも、およそプロフェッショナルな技巧とは言えない、ものすごい初歩的な内容で、何をこんなに偉そうに書いてるのか、と、本当に恥ずかしくなりました。

 ですが、読んでいるうちに、当時の記憶がだんだんよみがえって来ました。

 店頭に立っていると、いろいろなお客さまがいらっしゃって、さまざまな質問をされます。お客さまと実際にお話をしていると、「聞かれるべきこと」「答えるべきこと」だけ対応しているのは、カタログを読むのと変わりがないと思いました。お客さまは、どうして私には関係のないことを質問されるかというと、それは、「誰に聞いたらいいか分からないから」です。

 また、アプローチの段階に入ったときの決まり文句は、「あとはお客さまのお好みでお決めください。」と習いました。ところが、何度もそのセリフを繰り返しても、購入されたお客さまはちっとも嬉しそうなスッキリした表情をされないのです。

 大勢のお客さまとお話しするうち、私は、「そうか、お客さまは決断しに来てるんだ。だから、私は、おすすめするプロとして、お客さまの判断は正しいですよ、と背中を押してあげればいいんだ。」と思いました。

 それ以来、どんな質問にも、「私はこう思います。」ということを、自分の経験の範囲でお答えすることにしました。

 たとえば、「ピアノを習いたいと言うのだけど、いつまで続くか分からないのよね。」とか、「妹もいるんだけど、2人とも習わせた方がいいかしら?」とか、およそ楽器には関係ない相談にも自分の体験を答えました。店頭にいらっしゃってる時点で、お客さまは「買おう。」と決断をしようとしていらっしゃるのだから、できるだけ、肯定的に、「大丈夫です。」と言うようにしました。

 それから、「どこに置いたらいいのかしら。」というような質問には、「リビングに置かれる方が多いですが、私の経験では、家族がテレビを見て集まっているときほど弾きたくなって、結局は邪魔にされていたように思います。お子さんが弾きたいときにいつでも自由に弾いていいお部屋の方が、練習する時間は増えますよ。」とか、「畳だと跡がついてしまうので、うちでは木の板を敷いていました。」とか、正解が何か分からないような周辺のことも、お客さまは誰に相談したらいいか分からなくて私に聞いてくださってるのだから、分かる範囲でお答えしようと思っていました。

 それどころか、「フライパンはどこにあるかしら?」と聞かれたら、一緒に店内を探しに行くつもりで、楽器店に立っていました。何故なら、いくら学生の私でも、派遣された店舗のキッチン製品コーナーに行けばフライパンがあるだろう、キッチン製品コーナーはどこにあるかは案内板に書いてあるだろう、ということくらい、担当者に振るまでもなく、自分で考えれば分かるからです。

 

そんなわけで、きっと、当時の私は、「この手紙を書いてくれた方は、エクスプレッションペダルというものの存在を知らないのかもしれない。どうやって買えばいいか、メーカーによって使えるものと使えないものがあることも知らないかもしれない。どうやって使い方を学べばいいか、分からないかもしれない。」と考えたのだと思います。

 おそらく、当時は、それが正しいやり方なのかどうか、自分でも自信があったわけではないと思います。だけど、目の前のお客さまは困って聞いているのだから、分かることなら教えてあげよう、という、本当にシンプルな気持ちで仕事をしていたと思います。

 ですから、こうして、20年も経ってからお礼を言っていただくと、「それでいいんだよ。」という、当時の自分へのごほうびのようで、本当に嬉しいです。

 

 学生アルバイトとして、営業所で販売のお仕事をさせていただいたあと、声をかけていただいて、出産で退職するまで、開発部で働かせていただきました。楽器開発の試作段階で、なんの肩書きもない私の、「お客さまはこう言っていました。」という意見に、本当に真剣に耳を傾けてもらい、さまざまな経験と知識と仕事のやり方とチャンスをいただきました。

 

 ローランドは、そういう会社でした。

 自分で考えて、自分で行動する

 退職してから、それまで興味のあった、「音楽を教える」という仕事を本格的に始めることにしました。

 リトミックという、「自分の体験がすべて」という、音楽教育法に出会い、「音楽を体感する。体感したものをそのまま自然に体に表す。」ということを子どもたちに教え始めました。すると、子どもたちが、「このようにしなさい。」と教えたことは完璧にできるのに、「好きなように。自由に。」と言ったとたんに、その意味が分からない、という様子で固まってしまう姿が気になるようになりました。

 自分の子どもを育てる中で、マニュアル化された方法に従って、まだ何も体験していない子どもが、いかに聞き分けよく、友だちとのトラブル無く過ごすか、という「方法論」が中心の子育てに、「本当にこれでいいのか。」という疑問がわきました。

 私は、我が子にも、生徒にも、「自分で体験して、自分で感じて、自分で発見して、自分で考えて、自分なりに表現する」ようになって欲しいと思いました。でも、ほどなく、この世の中は、そういうやり方をして生きることがどんなに困難か、どんなに苦しいか、どんなに少数派か、ということを知りました。

 「心を動かして、自分で感じることが大事なんだ。それじゃないと人間じゃないんだ。」といくら訴えても、特に教育界には、聞く耳を持ってくれる人は多くありませんでした。

 私自身も、自分で考えて、自分がやりたいと思ったように行動したら、ぶつかることや否定されること、拒否されることがいっぱいでした。「感じて考えて行動して生きていく」生き方は、「なんでわざわざ、困難な方を選ぶんだ。正解は分かっているのに。」と言われているようでした。

 

 私が20年前に書いた手紙には、さいごに、いかにも私が書きそうなことが添えてありました。読んだ瞬間に、「あぁ、私だなぁ。」と思いました。ビジネスレターの基本も知らないで、自分の心に浮かんだことをそのまま伝えてる。

 今でも同じです。

 ということは、私は、それなりの経験や知識を得て今があるのではなく、20年前の、まだ社会経験をしていないときからずっと変わってないんだ、と思いました。だったら、もう、この生き方でしか生きていけないんだ、自分で考えて自分で行動しているから、失敗も喜びも、ドカンと返ってくるんだ、と思いました。

 

 私は、一緒に教室をやっている裕美先生と、いつも、「声の小さい子が大声を張り上げるような音楽の「正解」を出させる指導はしたくない。声の小さい子には小さいなりの、優しい響きがあるんだ。」と思って、指導しています。

 私たちは、いつも、子どもの奏でる自然な音楽に感動しているのだけど、世間では、どんな子が演奏しようとも、一定の評価基準があります。どんなに心を込めて「あなた自身の音楽でいいんだよ。」と教えても、中学に入って吹奏楽部などに入って、それまでどんな生き方をしてきたかなんて全然関係のない、勝敗がすべてのスパルタ方式で、およそ、その子らしくない、別人のような音楽を奏でるようになっても、結局は、コンクールで賞を取ってしまえば、私たちの声なんか吹き飛んでしまいます。あんなに優しい、好奇心旺盛のゆかいな子だったのに、毎日、早朝から夜遅くまで、叩き込むような音楽によって、賞と名声と引き換えに、人間性と豊かな人生は奪われていくように思いました。

 人間性の方が大事なんだ、中学3年間の賞レースより、その子の一生の中でどう音楽と関わるかの方が大事なんだ・・・、どれほど訴えても届きません。「賞が取れる」方にどんどん子どもたちを取られていきます。「心が大事だから、子どもの心に芽生えるものを待って、成長に合わせて奏でさせる」という音楽教育より、即効性のある、技術を側にペタペタと貼っていくようなレッスンの方が、人気があるように思えました。

 

 くじけそうになっていたとき、

 

 いつの日か、「あの時の小僧は、こんなに成長しましたよ!」と伝えられたなら──

 

 この言葉を読んで、「あぁ、そうだ、私は、こういう音楽教育がしたいんだ。」と、確信しました。

 私の範囲を超えて、生徒が勝手に音楽を好きになって、勝手に自分の好きなようにうまくなって、とっくに私の技術も超えて、「そういえば、あの先生に習ったなぁ。」と、ずいぶん経ってから思い出してもらえるような、子どもにのしかからない、子どもが自分でつかむ教育。

 「先生のようにやりなさい。」「先生の言うとおりにしなさい。」と言っていたら、どんなに上達しても私の範囲でしかなく、私を超えさせない限り、生徒の持つ可能性は花開くことがない。

 自分が変わっていないこと、変わらない自分が1人の人の音楽人生に関わることができたこと、直接指導したわけではないのに、ほんの少し、私が影響して、とても上手に演奏できるようになっていることに、本当に励まされました。

 

 自分が考えたように行動すると、失敗することもあります。大打撃を受けることもあります。でも、もし、私がマニュアル通りにしか行動しなかったら、あの手紙は書かなかったでしょうし、こんな素敵な結末もなかったでしょう。もし、hasu少年が、「こんなこと誰もやらない。かっこ悪い。」って思って、手紙を出さなかったら、私は一生、関わることがなかったでしょう。

 人間らしく、感情を動かして行動することが、感動を生みます。

 だから、私は、「私の手紙をそんな風に感じてくれてありがとう。」とお伝えしようと思います。そう思ったのだから、そう言おうと思います。

 行動を起こせば、「あなたではないですか?」って教えてくれる方がいて、私が知って、読んで、「わぁ、ありがとう!」って心が動きます。心が動いたことは、なかったことにはなりません。

 世の中はやっぱり、小さな心の動きの集まりだと思います。
それを無くして、正解だけで生きていく世の中には、音楽は育たないと思います。

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現在、「ローランドの楽屋にて」というメルマガのライターをやっています。ローランド(株)で活躍する社員さんたちがどういう子供時代だったかなど、面白おかしく、そして最高にくだらなく掘り下げています。

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