森田さんは森田さんではなくなっていた

 以前、精神障害者の地域支援センターに通っていたことがある。私が発達障害だと診断される前から利用し出し、何となくSST等のプログラムにも参加していた。それにより、気の合った当事者の仲間もできたし、個人的には良い経験ができたと思っている。
 しかし、段々とその施設にも閑古鳥が鳴くようになって行った。原因として、少し問題のあるスタッフがSSTを担当することになったことが挙げられるが、それ以外にもメンバー間に数々の問題が生じ、疑問に感じた利用者達は消えるように去って行った。ただ、そんな中でも、私はその施設には長く通った方ではある。一番の理由は、個人的に行き場をなくすのが怖かったからだろう。そういったこともあり、ベテランとしてすっかり何事も勝手が分かったかのようになってしまった。
 だが、状況は一変してしまう。精神的にも行動的にも攻撃的になっていた時期が訪れ、すっかりその地域生活支援センターから遠ざかってしまったのであった。これではいけないと自分でも考え、体調が良くなってから再びその施設の世話になることを決め、とあるスタッフと再利用の面談を受けることとなった。その担当者こそが、タイトルにある森田さんだったのである。
 森田さんと私との付き合いはそんなに長くはない。彼女は奇麗で色気を放つタイプの女性であったものの、結婚をしていて子供もきちんといる。けれども、精神障害者支援施設のスタッフとしての能力は未知数で、森田さんが担当するSSTは評価に値するものではなかった。単にルックスだけで皆に一目を置かれる存在だったとも言えるだろう。
 でも、森田さんとの面談は個人的には意義のあるものだった。当時はコロナ禍が凄いことになっており、本当だったら個別面談はあまりできない状況だったけれども、彼女は真摯に付き合ってくれた。そして、最終的にはブランクを気にせずにSSTに参加することに決めたのである。また、森田さんが私に対して真摯に向いてくれたことも嬉しかった。
 そんな中、その地域生活支援センターの広報誌で森田さんが社会福祉協議会を辞めることを知った。面談をしてくれた彼女がいなくなってしまうとなると、どうもSSTに参加する気分にはなれなくなってしまった。そして、森田さんが施設からいなくなる理由を調べてみると、驚くべき結果がネットから明らかになったのである。
 どうやら、森田さんはご主人に不倫をされ、離婚に関する民事裁判を起こしていたようなのだ。私が面談している最中、そのゴタゴタに遭っていたことは隠しており、その時だけはスタッフとしての仕事を全うしていた。言ってみれば、私がギリギリの状態に陥っていた時、彼女はそれ以上のトラブルに見舞われていたのであった。そして、森田さんは苗字も『森田』ではなくなっていたのである。
 以上を踏まえると、障害者をサポートするスタッフもただの人間であり、我々よりも大きな悩みを抱えている可能性があることを頭に入れなければならない。今回の森田さんのケースのように、自分の方が支援を求めるべき存在なこともあるのだ。プロなのにそこら辺の管理をきちんとできないのは問題だと言ってしまえばそれまでだが、流石に家庭の事情からは逃れることは健常者でも無理だろう。そういったことを知ってしまったからには、彼女がその社協を辞めるのも自然な流れだと思ってしまうのである。
 それ以降、私はすっかりその精神障害者支援センターのお世話になる気は失せた。何もかもを信じられなくなったのもあるだろうし、スタッフに対する幻想みたいなものもなくなってしまった。それ程、今回の森田さんの問題は個人的にショックが大きかったのだ。非常に残念な理由で施設の世話になることを諦めた後、私は本当に信頼できる人と出会える気がしない。

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