許さないことにした

 人生の半分以上をいじめられて過ごしてきた。幼稚園から中学校までは当たり前のように被害を受けていたし、会社員になり、それがヒートアップするとは思いもしなかった。そういったことを頭に入れると、自分という人間が『いじめ甲斐のある奴』なのかも知れない。
 個人的に最も酷かったのは小学校の頃のいじめであったが、中学時代に受けたものも精神的に参った。それは、クラスの女子が中心になって行われるもので、女の娘に嫌われたくない他の男子生徒も私への態度が変化して行った。そして、その中心となっていた人物が、今回のエッセイの主役となる庵中さんである。
 そもそも、庵中さんはいじめっ子の気質が非常に強い女だった。自分よりも立場が弱い人達をバカにして、更には知的障害があったり家庭環境が良くない完全にアウトな方々にも攻撃的になっていた。そして、次第に私も標的となって行くこととなり、思春期を台無しにされたと言って良いだろう。
 さて、そんな庵中さんの存在を再び知ったのは、やっていたSNSで色々と検索をしていた最中であった。彼女の本名を調べたところ、何人もの罪のない同級生をいじめていたことを隠すことなく、堂々とその醜い姿を曝け出していたのである。それを見て、庵中さんの性格の悪さがそのまま顔に出たのだと感じたものの、何となくとある感情が生じた。もし、彼女がこれまでの悪行を反省して私のフレンドとなるなら、これまでの忘れられないいじめの数々を許すことに決めたのである。
 そんなこともあり、私は庵中さんにフレンドリクエストを送った。この行為は、今でもいじめられた経験がフラッシュバックとなる我が身にとってもプラスとなると考えた結果である。後々、彼女が謝る気があるのならば、それは過去のこととして割り切ろう・・・・・・そんな心持ちで庵中さんと接する気でいたのである。
 しかし、結果は失敗に終わった。庵中さんは私のリクエストを拒否したのである。
 これによって、私は再生の可能性が崩れ去ることを実感した。庵中さんもせっかくのチャンスを無駄にしたけれども、それ以上に、自分がこれまでのいじめ経験から救われることもなくなったのは痛い。どうやら、これからも『いじめ甲斐のある奴』という存在として生きて行くしかなさそうである。
 これから先、私は庵中さんを永遠に許さないだろう。だが、そんなことがイジイジと頭の中を巡っていても、別に痛くも痒くもないことだけは明らかだ。ただ、彼女を絶対に許さない自分が存在している。本当にそれだけのことなのである。

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