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④花束みたいな恋をしたーぬるっとすれ違う価値観、視線の方向

『花束みたいな恋をした』 3/5

この温度感、今の時代にぴったり。

「僕の将来の夢は絹ちゃんとの現状維持です。」そう、現状維持。ぼんやりとした将来はこんな風になっていたい、こんな社会にしたいっていう思いはあるものの、どれほどの熱量でそう思っているのかと問われれば、自分でもよく分からない。とりあえず今の生活が続いてくれれば充分幸せで、それ以上望んで理想と現実のギャップに苦しむくらいなら、そんな高望みはするだけ心の毒。物理的な満足度より精神的な満足度の方が自分の裁量でどうにかなるから、まずはそこから、という気持ち。

イラストレーターを夢見ていたはずの麦は就職して、いつの間にか描くことを辞める。そこには挫折に至る大きな事件なんかなくて、ただなんとなく、環境が変わったら自分の価値観も変わってしまって以前のような夢への熱量がなくなってしまっただけ。このぬるっとした、淡々とした感じが今っぽく、2人が別れる時もそう。

ど派手な喧嘩や浮気じゃなくて、ただ2人の置かれている環境が変わったからそれぞれの考え方も変わって、喧嘩どころか会話すらなくなって。だからこそ、恋人としてはだめでも普通に喋っている分には楽しいし、別れてからも一緒に住んだりできちゃう。喧嘩するのって(相手に自分のことを分かって欲しい、もっと良い関係になりたい)っていう思いがあるからこそで、相手に対する想いが強い証拠。麦の先輩が亡くなった夜の「なんか、もうどうでもよくなった」っていう2人の本音が決定的。


イヤフォンのメタファー。

「右と左では聴いている音が違うから、もはやそれは同じ音楽を聴いているとは言えない。」

先輩に対する麦と絹の見方の違い。一方は、”酔ったら「海に行こう」と言うロマンチストでかっこいい夢追い人”。一方は、”酔ったらすぐ口説こうとしてきて、彼女に手を挙げる暴力的な男”。

2人で住んでいる時もそう。麦は会社でどう結果を出すかに思考のベクトルが向いている一方で、絹は本やゲーム、猫っていう生活の中で大切にしたいものを見ていた。

日常の中で、同じ方向を見ていたはずの視線が少しずつ、ずれていく。生じた歪が少しずつ、溜まっていく。

(追記)

尊敬する作家、Fさんのインスタライブを見て。「2人は好きなものだけでつ繋がっていて、そこに自分自身のことは入っていない。だから表面的で薄っぺらい恋愛、未成熟な人同士の恋愛に終わっている。」確かに。でも、大学生の自分にとっては、高校までのように強制的に人間関係の輪ができるクラスも部活もない中で、逆に好きなこと以外のどこで繋がって仲良くなれる?とも思う。好きなものの話で盛り上がる麦と絹はすごく楽しそうでキラキラしていた。その輝き方に薄っぺらさは感じなかった。これは年齢による感じ方の違いやろうか。


社会人から聞いた「好きなもので繋がるマッチングアプリ恋愛への警鐘」「若者カルチャー界隈におけるサブカルの終焉とビジネスの台頭」っていう見方が面白かった。




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