海側の窓を開ける頃

湿った潮風に 小刻みにはためく
襟元が残り香で 冷やかしながらも
確かめるものがないと 嘆くその日に
思い出せるかと 僕を試す

槇原敬之 - Star Ferry

 波止場に留めておきたいような気持ちになったのは久しぶりだった。

 思い返すと日々をできるだけ忘れ去れるように駆け抜けてきた新社会人生活だったけど、この宙吊りで謎に満ちた香港での数週間の間に、Causewayの湿った潮風が僕に何かを運んできてくれた気がする。

 その何かというのはおそらく現在形の愛であり、それが過去形の恋に変わっていくことへの予兆であり、この現在形の愛から過去形の恋への変容を予見できてしまうことのずっしりとした重みなのかもしれない。

 酔っ払い騒ぎにはいつもうんざりして、気づけば遠くの景色を一人で見ているような気がする。金融業界に充満する形のない自信を形にしたような白くてつるつるのクルーズ船のデッキから対岸のガレリアを見ていた時、愛が形を持ち始めたのかもしれない。僕は名前を与えてはいけない、と即座に思った。名前を与えた愛は、恋に変わってしまうから。


 


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