【23. お出掛け3 (仮)】

「着いた?」
「うん、今降りたとこだよ。私…どうすればいいの?」
「ん~とぉ~…乗ってたのって前のほう?それとも後ろのほう?」
「たぶん真ん中へん…」
「じゃそっから、“なんちゃらのりかえ口”って書いてある看板見える?…たぶん黄色」
「黄色い看板は見えるけど…何て書いてあるかは見えないよ?ちょっと待って………“北のりかえ口”だって」
「そこ上るか下りるかすると改札口があるから。出たら教えて?」
「うん、今下りてる…」
「このまま電話繋いどくから…」
「うん…」

…ガサゴソ……フ~ッ…フ~ッ…
耳と肩で電話を挟んだ彼の鼻息をマイクが拾う。
…パラパラパラパラッ…ペラッ…ペラッ…
書類か何かを開くのに目的のページを二捲[ふためく]り分だけ通り過ぎたっぽい。
すると
「ここ、もういいんですか?」
「もうちっと待ってて?ごめん今、ちょっと電話中なんで、終わったら…」
「了解~、それなら…後で声掛けて…」
そんなやり取りが聞こえる…。

「まだやってんの!?迎えに来てくれるんじゃなかったの?あとどんぐらい掛かんの?」
堪らず彼女は
…ムスッ…
とした声で問い掛ける。
「うん…ごめん…もうちょっと掛かりそう…」
「あっそ…」
そのタイミングで、少し離れたところからさっきの声とは別の人から彼の名が呼ばれると、彼女のご機嫌を取るでもなく大声で
「すいませ~ん!俺、今、電話中~!」
人気者は忙しそう…。

「改札出たよ?こっからどっち行けばいいの?」
「ん~と…すぐ前に小っちゃい階段ある?」
「ある」
「じゃ、それ降りて?左斜めに進むと広い通路あるからそこ真っ直ぐ…。そしたら右か左に階段出てくると思うんだけど…」
「うん、あるよ?そこ上ってけばいいの?」
「いや、上り口に黄緑色の看板で5番線、山手線ってあるとこ探して?」
8……7……6……
「5番線…あったよ?」
「その階段上ったら、ホームに来た電車どれでもいいから乗れば渋谷駅に着くから、そこで降りて?」
「わかった…」
「とりあえず、渋谷駅着いたらまた電話して…あ、5番線だからね?銀色に黄緑色のライン入った“やまて”線だから…わかるよね?」
…“やまのて”線なら聞いたことあるけど、きっとそれのことかなぁ?…
「うん…たぶん…」

彼女が感じていたのは不安だけ…。
電車の乗り換えを電話で誘導する彼の苦労は解らなくもないが、それよりも土地勘など一切ない女性が独り、東京駅構内の勝手も知らずに彷徨[うろつ]くほうがよっぽど難儀と言えよう。
全くもって無謀過ぎ…。
けれど、彼のナビがあったお蔭で、なんとか迷子だけにはならずに済んだ。

帰宅ラッシュもとうに過ぎ、飲み会帰りの臭いが漂う電車に乗り込む。
それに揺られ、30分後くらいには彼に電話。
「渋谷駅[※1]着いたよ?」
「今、どの辺?」
「え?わかんないけど…」
…キョロキョロ…
と辺りを見廻し、
「東口って書いてあるとこの近く。コインロッカーの前…」
「すぐ行くから、その東口から外に出てすぐんとこ辺りで待ってて?」

塾帰りであろう制服姿、いかにもキャリアウーマンという感じの女性、閉じたシャッターの前でイチャイチャするカップル、大笑いしながら屯[たむろ]する若い男女のグループ、アジア系や欧米人ほか、多種多様な人々が駅や街角から現れては消えてゆく。
それらを俯き加減の視界に捉え、言われた通り東口を出てすぐ左手の壁に寄り掛かりながら彼の到着を待った。
そうしてようやっと、彼の車が目の前に。

「お待たせ…」
「遅い!もう…。ずいぶん時間掛かったね?」
「……ごめ~ん!まだ…。車でもうちょっとだけ待っててくれる?」
「え~~~っ!?」
…だったら仕事終わってすぐ、あんな急いで来なかったのに…
「あ、もし警察来たら電話してくれる?」
終いには、彼女を駐禁の監視役に…。
「はぃはぃ…」
…もし警官に囲まれでもしたら、
『只今この車の運転手は、お腹の調子が悪くてどっかにトイレ借りに行ってま~す。今、電話してみますからぁ…』
ってでも言っとくよ…
彼女は口を尖らせて、大きな溜め息。
「ごめん!もう一回、行ってくるから…」
…パンッ…
両掌を合わせて顔半分を顰[しか]め、申し訳なさそうに車から降りた彼は、ドアを中からロックするよう彼女に伝え、仕事モードの顔に切り替えて猛ダッシュで走り去った。
…まったくもう…!あとで絶対、この埋め合わせしてよね!…


「渋谷の駅前で仕事してんだけどさぁ、こっち着く前には終わってる筈だから…」
と言っていた仕事は難航中…。
彼自身のせいならともかく、別業者の都合で遅くなってしまっているというこの状況。
彼にはどうすることも出来ない…。
それを知らない彼女には苛立ちが積もり出す。
というのも…
さっき彼が車を降りてから、もう一時間近くが経過。
けれど、未だ戻らず…。
思い切って彼女は電話してみた。
で、意地悪をしてみる。
「ま~だぁ?私…もう帰るから…」
とは言え、仙台方面に向かう新幹線の最終列車なんてもう疾[と]うに福島と宮城との県境を走っているくらいの時間。
それに、彼女も勿論本気な訳じゃない。
「ごめん!!今終わるから!」
…“蕎麦屋の出前”はいい加減聞き飽きました…
「もういい!」
怒りを顕[あら]わにして彼女は電話を切った。
「は~ぁ…」
再度、溜め息。
ただ、待つしかない…。

行き交う人や車も疎[まば]らになってゆく。
TVでしかで見掛けない景色の中、大型のモニターみたいなフロントガラスを前に、彼女は
…ポツン…
と独り取り残されたようなそんな気分…。
…カッチッカッチッカッ…
いい加減耳障りなハザード音を赤いボタンを乱暴に押して黙らせる。
と、彼女のTELが鳴った。
「今戻ってるから…」
「………うん…」
そして漸[ようや]く彼は車へと戻って来た。
迎えに来る筈だった東京駅に着いてから、なんだかんだで2時間超…。
「もう!遅いぃ!何時間待ったと思ってんのよ!全然『ちょっと…』じゃないじゃん!」
「ほんっと、ごめん!埋め合わせはちゃんとするから!」
「えぇ…そうして下さいっ!」
丁寧口調で彼女は怒りの度合いを彼にアピールした。
序でに
「明日はどっか楽しいとこ連れてって貰うから!」

…今はどっか行きたいとこある?…
と訊いたところで、もうこんな遅い時間帯…開いてるといえばファミレスやファストフード、呑み屋さんくらいのもの。
渋谷の駅前に停めた車の中で、彼は仕事着から普段着に着替えながら考えたのは
「じゃ~さぁ、とりあえずこれから夜景でも見に行かない?」
「うん…いいよ…」
それから夜のドライブ。
彼女の機嫌を損ねているせいで、彼はいつものようには“手”の出しようがない…
そう思った人は、残念ながら不正解…。

車を走らせながら彼女の肩を抱き寄せた彼が、口を尖らせてKissをおねだりする。
「ちゃんと前見て運転して!」
と冷たく遇[あしら]いつつも、彼女は彼の頬にKissをした。
そして
「お疲れさま…」
の一声。
「うん…ありがと…ほんとごめんね…」
そう言いながら寄り添う彼女を肩で受け止める。
少しするとその抱き寄せていた手は、彼女の太腿に舞い降りた。
そして
…ナデナデ…スリスリ…
徐々にスカートの中へ。
「ぁん…もぅ…」
と言いつつも彼女はシートを倒し、靴を脱ぎ、少し腰を浮かせた。

「寂しかった?」
「うん…」
「ごめんねぇ…。じゃ今は?」
「…ぁ…気持ちぃ…」
…パカッ…
と開いたグローブボックスから覗くペンライトが、そこへ行儀悪く足を掛けた彼女の裂け目を睨み付けるかの如く、眩しい視線を突き刺す。
たまに差し掛かる小さな段差のせいで、少し視線を逸らしたりはするけれど、それを彼女の愛液に漬かっていないほうの指先を使って、彼が強制的に元へ戻す。
序でに、もうかなり
…ビショビショ…
になっているほうの指を立て、
「あ~ぁ…ほら、こんな濡らしちゃって…」
…裏も表もちゃんとしっかり確認して…
とでも言わんばかり、彼は手首を
…クルクル…
して見せる。
あれだけ待たされた上で彼から久し振りの愛撫を受けたのだから、その分、彼女の奥底から沸き上がる悦びも一入[ひとしお]…とも考えられなくはないけれども、元々彼女のそういう体質のせい。
しかし、それはそれで困りもの…。
「あ…垂れちゃった…」
「いいよ。しょうがない…。今日は“あれ”持ってきてないんだよなぁ…」
忘れた…と言うよりか、使うことになるとは彼すら予想できていなかった“あれ”。
その本来の使用目的はご存じの通り…。

彼は指先を2本、少し浅くめり込ませ、掌でクリトリスを擦りながら腕を上下左右に揺する。
徐々にそのスピードを速めると、彼女は高まりと共に声を荒気てゆく。
そして、最高潮に達した時、
「ィヤ…ダメ!止めてっ…はっ…ぁ…」
…ジョロッ…ジョロジョロ…ジャッ~…
普段はこうなるずっと前、ドライブを始める時点で彼女の腰下に三つ折りにした厚手の“あれ”…バスタオルを縦長に忍ばせる。
そして彼女の興奮の度合いを伺いながらシートから食み出た片端を折り返し、まるでオシメで包むかのように彼女の下腹部に
…パサッ…
と覆い被せるのだが、今回のように忘れた時や彼がタイミングを読み違えると、大変なことに…。
例えバスタオルを敷いていたとしても、シートが
…じとっ…
と蒸れるほど噴出する大量の潮は、重力に従い尻のほうへと流れ滴り、シートを濡らす。
勢い余った放物線は、フロントガラスにまで飛沫を散らす。
これまで、一度たりとも例外なんてない。
「冷たぁ…」
「ちょっと待って…」
…サッサッサッ……ゴソッ…
助手席に、開けたばかりのBOXティッシュを全て使い切る勢いで敷き詰め
…ポン…ポン…ポン…
と掌で押さえ付ける。
けれど、
…じわ~…
「やっぱダメだね…」
彼は車の後部座席に畳んで置いてある着替え用のTシャツとか仕事着なんかを腕を延ばして引っ張り出し、その上に重ねた。
こうならないためにも、2人のドライブにバスタオルは必需品なのだ。
「とりあえず、これで…」
その間、彼女はずっと腰を浮かせたまま。
彼女の顔は窓下に隠れて見えずとも、すっかり元通りに生え揃ったVゾーンは、当然ちょっと車高の高い車からは丸見えだ。

そうこうしていると、
「ほら、あれ見て?」
「なぁに?」
彼女が椅子とスカートを戻す。
「うわあ、すごぉい!初めて通るぅ!綺麗だねっ?」
照明に照らされたベイブリッジを越えながら、彼は右手のほうを指差した。
「渡り切ったその辺が台場だよ?あそこの~…判り辛いかもしんないけど、丸っこいの乗っかってるのがフジテレビ…」
けれど、それよりも彼女には彩り鮮やかに変化するホイールのほうに目が止まる。
「あ、観覧車!」
「こっからも見えるんだね…」
「今度乗ってみたい!」
「うん、乗ってみよっ」
「じゃ、明日」
「はい、はい…」
「…なんかちょっと喉乾いちゃったかも…この辺コンビニってある?…」
「その辺にあったと思うよ?」
彼は左にウインカーを出した。

トイレを借りたあと、ミルクティと紙パックのコーヒーを持った2人がレジに並ぶ。
ふと外を見ると、路駐した彼の車の中を覗き込む3人の男…。
「マジで!?」
2人は慌てて車に戻る。
「すいませ~ん。すぐ移動しますから…」
と彼が伝えたのは警官。
「ちょっと免許証見せて貰える?」
「はいどうぞ…。もしかして…車ん中も見るの?」
勿論、車内の捜索とで1セット。
彼は、もううんざり…といった表情を見せ
「マ~ジでぇ!?今日…3回目なんですけど…」

彼は今朝、日中の仕事先に向かう途中でパトカーに車を停められ、職質とトランクやら何やら隅々まで一式、車内検査を済ましていた。
お蔭で30分以上の遅刻…。
そして、そこでの仕事を終え、渋谷に向かっている途中でも…全く同様の検査。
そして、今…。
「三度目の正直か、二度あることは三度ある…かぁ?でも、もうそんなのさすがに無いよね?」
と、ついさっき車の中で笑いながら話していた矢先の出来事。
トランク、運転席、助手席に分かれ、警官が車内を漁り始める。
助手席に乗り込もうとする警官に
「あ、その辺ジュース溢したんで、気を付けて下さい」
と彼が伝えた。
…あ~、だから服が敷いてあるのか…
というような顔をしたその警官は、念のため服を避けるよう彼に伝えた。
…パサッ…
と出てきた大量の濡れたティッシュ。
それを
…ゴソッ…
と彼は掴んでゴミ箱へ。
「随分といっぱい溢したね?」
と大きな染みを見ながら笑う警官とは対称的に、俯いたまま顔を真っ赤にしている彼女。
「特にマズイものはないね?」
やっと解放されたのは午前0時を回った頃。

「絶対…待たせたバチが当たったんだから…」
と彼の部屋へ向かう車内で彼女が言う。
「ごめん~…もう待たしたりしないよに気を付けるからさぁ…ところで…」
もう責められるのは御免とばかり、彼は話題を替えた。
「明日はどこ行きたい?」
「え~?どこってぇ…観覧車乗るでしょ?…横浜の中華街行きたいの。そこで色んなの食べてぇ…あと、その近くの遊園地にも行きたいなぁ…」
彼女の答えから察するに、観覧車は別にしても、しっかりリサーチ済み…といったところ。


その翌日、もう少しで頂点に達する観覧車の中。
手を繋ぎ並んで座る2人は、少し霞み掛かった高層ビル群を眺めていた。
幾つか先を行く下りのゴンドラ内でカップルが
「あ~、キスしてるぅ…」
と彼女が気付く。
「そうだね…」
と答えた彼が、不意に唇を重ねた。
彼女の身体が少しだけ火照り出す。
「もう少しで天辺だよ?」
の彼の言葉に、彼女は上目遣いで恥ずかしそうに裾を捲り上げ、徐々にその素肌を晒してゆく。
さっきのカップル以外、前後数基のゴンドラには誰も乗っていないことは確認済み。
ふたつ前のゴンドラと2人の乗るゴンドラが水平になった時、彼女はさっきまで着ていた服を全てきれいに折り畳み、向かい側の席へと置いた。
2人はもう一度、今度は熱いKissを交わした。


2019/09/03 更新
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【参照】
※1 渋谷駅をご存じの方は、結構前の東口改修工事が始まる以前の区画をイメージ下さい。
ねおの記憶では、東急東横店東館があった当時は、そのすぐ傍まで一般車両が乗り入れられたような気がします。

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【備考】
本文中に登場する、ねおが個人的に難読な文字、知らない人もいると思われる固有名称、またはねおが文中の雰囲気を演出するために使用した造語などに、振り仮名や注釈を付けることにしました。
尚、章によって注釈がない場合があります。

《本文中の表記の仕方》
例 : A[B ※C]

A…漢字/呼称など
B…振り仮名/読み方など(呼称など該当しない場合も有り)
C…数字(最下部の注釈に対応する数字が入る。参照すべき項目が無い場合も有り)

〈表記例〉
大凡[おおよそ]
胴窟[どうくつ※1]
サキュバス[※3]
《注釈の表記の仕方》
例 : ※CA[B]【造】…D

A,B,C…《本文中の表記の仕方》に同じ
【造】…ねおが勝手に作った造語であることを意味する(該当のない場合も有り)
D…その意味や解説、参考文など

〈表記例〉
※1胴窟[どうくつ]【造】…胴体に空いた洞窟のような孔。転じて“膣”のこと

※3サキュバス…SEXを通じ男性を誘惑するために、女性の形で夢の中に現れると言われている空想上の悪魔。女夢魔、女淫魔。

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