しるこの冷たさは

家も築30年近くになればあちこちガタが来るものである。

フローリングを直し、水回りやキッチン、家電製品の入れ替え、プチ断捨離諸々。
よくもまあこんなにギュウギュウに無駄な物が詰まっていたと我ながら関心する。

そんな中大体15年持てば良い方だという20年物の冷蔵庫を、真夏が来る前に思い切って買い替える事にした。

嫁入り道具なので名残惜しかったが、最新の冷蔵庫を楽しみに到着を待ちわびていた。

そして当日、若いお兄さん2人が先ず古いのを外に出そうとしたその時、突如その動作は固まった。
それは白い冷蔵庫にデカデカとマッキー極太で

「腹8分目に医者要らず・腹10分目は脳みそ足らず」

「つまみ食いは屠殺場への近道」

「用もないのにここを開けると電流が流れます」

等など、自分への戒めに書きなぐっていたのをすっかり忘れていたのである。

「それじゃ〜運んでいきますね…ククッ…w」

冷蔵庫を目の前に震える若者達を尻目に、お茶でも出そうとその場から逃げた。

とは言っても冷蔵庫はカラの状態で、氷どころか麦茶もない。
汗だくのお兄さん達に何か冷たい物をと思い、階下の母に助けを求めた。

「何か冷たい物ない?何でも良いからプリーズ!」

「これならあるけど」

渡された物を見もせずに、

「サンキューです!あ、氷も貰ってくね!」

「え?ちょっと、その氷は……」

母が言い終わる前に飲み物と氷を急ぎ2階へ。

運び終わった場所の掃除をして新しい冷蔵庫を設置して頂いた。
お兄さん達は案の定汗だくなので、

「どうもお疲れ様でした〜、冷たい…えっ?あれっっ??しるこドリンクを…」

下から拝借した飲み物は、麦茶でもコーヒーでもなく、冬にお馴染みのしるこドリンクであった。

しかもたっぷり粒入りの。

何故冷蔵庫にしるこドリンクが入っていたのか、頭の中で母に軽く逆ギレしながら仕方なくグラスにしること氷を入れた。

冷えているとはいえ、所々粒が引っかかる濃厚なテクスチャーに思わず汗が吹き出す。

しかし…この氷、何か茶色いな?

「すいません…しるこドリンクしかなくて…とりあえずキンキンに冷えてます!」

しるこを何度見かするお兄さん達に、水にすれば良かったと今更ながら思う。

お兄さんは覚悟を決めたのか

「…あざーっす、いただきます…………ゴホオォッ!?」

一人のお兄さんが激しく苦しみ出す。
まさか古いしるこだったのか!?

すると相方のお兄さんが
「何か浮いてますね…」

そのグラスを受け取ると、何やら地球外生命体の様な物がプカプカと浮いている。

手で氷を溶かすと、それは少し前に流行った(今もか?)えのきを凍らせた「えのき氷」だったのである。

しるこに加えて、製氷機にこんな物が入っている事を呪いまたぞろ母に逆恨みをし、

「ごめんなさい…えのきが氷に混入した模様です💦」

お兄さん達は顔を見合わせ

「えのき………」

「食物繊維たっぷりで、長野の特産なんですよ…▲□※§✜◆」

しどろもどろになりながらも、言い訳じみたセリフが口から止まらない。

汗だくのお兄さん達はえのきの講釈など聞きたくもないであろう。

しかし、一人のお兄さんが
「うちの婆ちゃんがこれ作ってたかもしれないっす。ひと目見て分かったから、自分は飲まなかったんですけどね…」

えのきを思いっきり吸い込んでしまい、まだ若干咳き込んでいるお兄さんが彼を忌々し気に睨みつける。

人は何故笑ってはいけない時に限って、体が震えてしまうのか。
そのお兄さんのシレッとした言い方がツボに入ってしまった私は、身体をくねらせながら背を向ける事しか出来なかった。

彼等が帰った後母に何故えのきとしるこなのか、きちんと問い正そうとした所

「あの氷、えのきだけじゃなくてお酢もたっぷり入ってたんだけどね〜😏
まったくアンタは人の話を最後まで聞かないから…😗」

お兄さんが咳き込んでいたのはどうやらえのきではなく、強烈なその酸味からであったのだ。

暑さに加えて酸っぱいしるこを飲まされた彼は、もう2度とこのエリアには来てくれないかも知れない…

そう思うと胸がキュンと痛む。
初恋の味はこんな風に甘酸っぱいのだろうか。
それとも、味見を兼ねてひと口飲んだしるこが目に沁みているのだろうか…

 


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