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犬とメロン熊と心遣いと


Sumi amane様がイラスト化して下さいました

あれはコロナ禍に突入する前年の7月。その日は私の誕生日であり結婚記念日であった。

毎年子供を実家に預け、相方とラーメン屋でお祝いするのがデフォルトだ。
しかしその年に限って、相方はサプライズで高級ホテルのレストランを予約してくれていた。

歳は重ねても心は乙女である。夜景の見えるレストランに憧れがない訳が無い。
とびきりのお洒落をして、バッチリお化粧をして⋯

その年もいつもの店だと思い、相方と共に普段着&ノーメイクで車に乗り込んだ。

普段着、それは相方は北海道は夕張市ご当地キャラのメロン熊Tシャツ、そして私は誰もが1度は目にした事があるであろう犬が骨を咥えている、あのブランドのシャツを着ていたのだ⋯。

メロン熊が精一杯高級な店を予約してくれた事には感謝するが、いかんせん熊と犬では人間様のレストランに入る事は非常にまずいのではなかろうか。
猟銃会の方に見付かったら、間違いなく撃たれているかも知れない。

席に案内されて、メロン熊に目で抗議をした所

『ここの店ドレスコードは全く気にしなくて良いっていうからさ~』

ドレスコード以前の問題だと叫びたかったが、罪の無い笑顔でそう言うメロン熊に、それ以上抗議するのは止めておいた。

我々のテーブルの担当は白髪の上品な老紳士だ。
この様におよそ場違いな犬と熊が現れても、臆せず非常に温かく出迎えてくれた。
所在無さげにテーブルに着いている2匹を様々な話題で楽しませて下さり、時間はあっという間に過ぎた。

老紳士のお陰でどうにか最後のデザートを待つばかりとなった。
その時店内の照明が消え、ハッピーバースデーの曲が流れた。
花火の付いた美しいケーキが運ばれて来て、周りの席の方々も拍手をして下さった。

柄にもなく目頭が熱くなりかけたその時、我々のテーブルにスポットライトが付いた。
その瞬間出かけた涙は直ぐに引っ込んだ。

相方の胸元を照らすメロン熊は、大口を開けてこちらを威嚇している。
熊の言葉は理解出来ないが、少なくとも友好的な表情でないことは確かである。

恐らくこの皿に添えてあるメロンを狙っているのであろう。
私は反射的にそのメロンを熊に差し出した。

『食べないの?それじゃ貰うわ。』
そう言うとムシャムシャと貪り始めた。

貴様にでは無い、そのメロン熊への貢ぎ物なのだ。

ひとしきり食べ終えると、熊はポケットをゴソゴソして

『いつもありがとね、ハイこれ』

銀色の箱を差し出してきた。

この熊のポケットから出る物と言えばヨレヨレのレシートか小銭位しか無いと思っていたので、思わず私の胸のTシャツ犬も咥えた骨を落としそうになった事だろう。

再び熱くなる目頭。

メロン熊はゆっくり箱を開け、その中には銀色にキラリと光る⋯




爪切りが⋯。


『えっ?』

『ん?良い爪切り欲しいって言ってたからさ』

全く記憶にないが、仮に言ったとしても何故爪切りなのだ。
しかもこれは贈り物と言うよりは必需品ではないのか。

とは言え爪切りではあるが、よく見ると見事な設えで恐らく匠の職人が作った逸品であろう。
熊からの贈り物なのだから、森の木の実か鮭を渡されないだけでも上出来だ。

そう思っていると、メロン熊は更に

『人差し指の爪伸びてるから、これで切ってあげるよ』

素敵なロケーションで、男性が女性に指輪をはめるシーンを見ては胸をときめかせていたものだが、何が悲しくて夜景を目の前にしてメロン熊に爪を切って貰わねばならないのか。

パチン、パチン。
小気味良く音を立てる匠の爪切り。
しかも流石は熊である。人間の爪の切り方を全く分かっておらず、これでもかと深爪にされた。

老紳士が近寄り、
『素晴らしい切れ味ですね!』

そう言いながら素早くその爪を片付けて頂いた。
この様な有能な老紳士に爪の始末をさせるとは⋯!
申し訳なさで頭を赤べこの如く上下させて詫びた。

何度思い起こしても老紳士のホスピタリティは完璧であった。
まさにプロの仕事だ。
どんなシーンにおいても如才ない対応に、この2匹はどれほど救われた事か。

そして去り際に熊は

『今度はもう少しちゃんとした格好でまた食べに来ますねえ~』

そう言ってイラストの部分を引っ張りながら、これまた罪のない笑顔で紳士に笑いかけた。

その時老紳士の菩薩の様な微笑みの口元と右肩が、ヒクりと震えるのを見逃さなかった⋯。




    












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