読書メモ:ロラン・バルト『テクストの楽しみ』

Roland Barthes, ≪La plaisir du texte≫, 1973(ロラン・バルト著、鈴村和成訳『テクストの楽しみ』、みすず書房)についての読書メモ。テクストをもっぱら擬人的に扱って、その魅力を性的なメタファーを散りばめながら論じる。断章形式をとっており、各断章は小題のアルファベ(abc)順に並べ直されている。形式や文体の性質上、議論を細部まで要約するのは困難で(むしろ『テクストの楽しみ』はそうした要約とは逆の方向に進む書物だろう)、以下の要旨とメモは本書の中でもっとも強く主張してる部分だけをすくいとったものとなる。不完全だし、それで構わない。
要旨:テクストは広義の楽しみを持っている。それは狭義の楽しみと歓びとの二つに分けられる。前者は物語の面白さであり、文法に則った古典的な楽しさである。この狭義の楽しさにおいては読者は一貫した自我のもと満足感を得る。この楽しみを成立させる普通の言語は、抑圧的で恣意的であるという点で、イデオロギー的だと言える。一方でテクストの歓びとは言語を超えたものである。国語を破壊する、新たな意味の生成(ここでテクストはイデオロギー的なシステムを超える)。これはとりわけ現代作品でよく楽しまれるもので、ストーリーの面白さというよりは言語自体の面白さのことを指す。

・バルトはテクストの魅力を①楽しみ(plaisir)と②歓び(jouissance)に分類している。

・簡単に言うと、楽しみは文化的、言語的だが、歓びは文化や言語を破壊するようなもの。歓びを表すjouissanceは性的絶頂という意味も持っている。楽しみが落ち着いた満足だとしたら、歓びはむしろ一瞬の失神にあたる。

・もっと簡単に言うと、楽しみはストーリーの面白さで、一方歓びはテクストそのものの面白さ、言語の面白さだと言える。

・ストーリーの面白さに関して、バルトはストリップショーをたとえに出している。ストリップショーでは観客は女性が早く脱ぐのを急かすが、これは読者が物語の結末を知ろうと次へ次へとページをめくるのに似ていると言うのである。面白いことに、ここでバルトは読み飛ばしをよくあるものとして認めている。「大いなる物語の楽しみを生むのは、読むことと読まないことのリズムそのものなのである。プルーストや、バルザックや、『戦争と平和』を、一語一語読む者がいるだろうか?」

・それに対して歓びはある意味での倒錯である。実際に見たいものを見るのではなく、見たいと言う期待の状態に身を置いて得られるのが歓びの状態である。楽しみがストーリーを追って普通に読み進める読み方なら、喜びはテクストの一語一語を神経症的に追っていって初めて得られる快感である。実際バルトは、物語はオチを先に知ってから読むと、楽しみは得られないが歓びは増すと述べている。

・歓びは具体的には「シニフィアンス 意味の生成」としてパラフレーズされており、おそらくここにバルトの眼目がある。ふつう言語はイデオロギーに縛られているとバルトは言う。つまり政治的・社会的な力により、シニフィエとシニフィアンが一対一対応で固定されてしまっているのだと。これはおそらく、特にパロールのことを指して言っていて、一方でエクリチュールであるテクストは、そのときそのときによって意味が変わる。読む瞬間瞬間に、刻一刻と意味が生成変化するのである。それはある意味で国語や文明の解体であり、ここにバルトは絶頂的な快感、すなわち歓び jouissanceを見出している。

・ではなぜ「テクストの歓び」ではなく「テクストの楽しみ」か? それはバルトが楽しみを二つの意味で使っているから。今まで言ってきた、歓びに対置される楽しみは言わば狭義の楽しみで、これらの矛盾する二つの性質を併せて「楽しみ」とも呼んでいる。タイトルの「楽しみ」はこの広義の楽しみのことを指す。この語用はわかりにくいが、もしかしたらこうして語彙と意味の関係をはぐらかすことで、この「テクストの楽しみ」というテクストそのものを使って、意味の生成が演出されているのかもしれない(私見)

以下もっと雑多に。

〇享楽としてのシニフィアンス 歓び=意味の生成
・「この読書を魅するのは、論理的な発展や、真理の剥離ではなく、生成する意味の薄層である。」
・「テクストとは、想像界なき言語なのだ。…意味の生成、歓び、これこそがまさしく言語の想像界からテクストを救い出すものなのである。」
・テクストはといえば、テクストは、その消費においてでないとしても、すくなくともその生産においては、一所不在(アトピック)なものである。テクストは口語でもなく、フィクションでもない。システムはテクストのなかで、フレームを越えられるか、解体される(この氾濫、この解体が、意味の生成(シニフィアンス)である))。
・「意味の生成(シニフィアンス)とは何か? それは肉感的に生み出される限りにおいての意味である。」
・生成…樹木が一瞬ごとに新しいものであるのと同様に、テクストもまたそうである。だからテクストを理論化すると言えば作家が実践することなのであって、それ以外の制度は人間の認知能力の限界がなす「科学的」なデフォルメにすぎない。「〈テクスト〉もまたこの樹木であるだろう。その(かりそめの)命名が可能であるのは、私たちの器官の粗雑さによるのだろう。私たちは繊細さの欠如によって科学的であるのだろう。」

〇イデオロギー
・イデオロギーは抑圧的であり支配的であり恣意的。ふつう言語はイデオロギーのもとにあるシステムである。だからそれはドクサ=世論だと言える。言語の世界=パラノイアのたえざる甚大な諍い。機略に富んだシステム(フィクション、口語)だけが生き延びて、最終的な像を製造する。
↔「テクストはといえば、テクストは、その消費においてでないとしても、すくなくともその生産においては、一所不在(アトピック)なものである。テクストは口語でもなく、フィクションでもない。システムはテクストのなかで、フレームを越えられるか、解体される(この氾濫、この解体が、意味の生成(シニフィアンス)である))」。言語の戦争の静かな瞬間としてのテクスト。
・「言語の生き物として作家は常にフィクション(口語)の戦争に捕まっている。…なぜなら、彼を構成する言語(エクリチュール)はつねに一所不在であるからだ。」
・(テクストにおける)言語はいかにして言語の外に出るか? →消耗という漸進的な仕事。メタ言語を生産し、論理というカテゴリーを矛盾という手で脱し、語彙や文法をも破壊することができる。このテクストにおける言語は「言語そのものであり、一個の言語などというものではないのだ」。
・テクストは無差別にイデオロギーを採用する。テクストは影=若干のイデオロギー=イデオロギーの痕跡を必要とする。ゆえに転覆が可能なのである。
・「すべての完結した言表はイデオロギーとなるリスクをおかす」

〇おしゃべりと冷感症
・テクストの活気=テクストの歓びへの意志があって初めておしゃべり=形容詞=イデオロギー的なものを超越。くだらないものとしてのおしゃべりのテクスト。
・おしゃべり―要求 ↔ テクスト―欲望、生産
・「最終的に言えることは、このテクストを、あなたにはあらゆる歓びと無関係に書いたということなのだ。そしてこのおしゃべりのテクストとはつまるところ、あらゆる要求がそうであるように、冷感症のテクストであって、そこに欲望が、神経症が生じることはないのだ。」「楽しみの(そしてもっといえば歓びの)排除。ここには社会にはたらきかけるふたつのモラルがある、――ひとつは、凡庸さという、多数者のモラル。もうひとつは、非寛容の(政治的、そしてあるいは、学問的な)過激なセクトのモラル楽しみという思想はもはやだれにも好まれないようだ。私たちの社会は沈滞すると同時に、暴力化しているとみえる、――いずれにしても、冷感症なのだ。」

〇小説的なもの=ロマネスク
・言語活動を超えたものと、言語活動すなわち文化とのあいだに一瞬出現し消滅するもの
→エロティック、間歇性 
→→広義の楽しみを有するテクスト
・イデオロギーのシステムはフィクションであり、ロマンである、―――といっても、プロットや危機一髪や善玉や悪玉の登場人物をしっかりと備えた、古典的なロマンである(ロマネスクとなると、まったく別のものだ。それは構造のない単純なコンテであり、フィルムの散種、摩耶である)。

〇倒錯、否認、恐怖
テクストの楽しみの体勢
・「(歓びと楽しみ、自我の一貫と喪失)それは二度にわたって穴をあけられた主体であり、二度にわたって倒錯した主体なのだ。
・「生殖という目的から歓びを引き離す」もの。→反・交換。蕩尽。贈与。テクストは無用で過剰なものである。
・倒錯=否認:結末を知っていながら読み進めること→歓びは増大する97
▶「結末を知っている」=オイディプスの正体を明かす
・「恐怖とは侵犯の否認であり、まったき意識の中に放任される狂気なのである」「恐怖を抱く主体は最後まで主体であり続ける」→「歓びと恐怖の近接性」
・「歓びのテクストが倒錯的であるのは、それがあらゆる想像しうる限りの合目的性――楽しみの合目的性され含む――の外にあるからだ(歓びは楽しみに無理強いしない。歓びは退屈させるようにみえることさえある)。…歓びのテクストは絶対に自動詞的だ。そうはいっても、倒錯だけでは歓びを定義するに充分ではない。倒錯の極致が歓びを定義するのだ。つねにズレてゆく極致、極致の空白の、動きやすい、予見しがたいもの。この極致が歓びを保証する。」↔ステレオタイプ、真理、イデオロギー:「言語はすぐさま固まる、そのもっとも粘りつく形状によって(政治のステレオタイプ)。」 言葉は凝固する

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