妙な夢

 自分は高校三年生。碌に授業に出られておらず、このままでは卒業が危うい。只、このまま順当に卒業したところで行き先も決まっていない。このままモラトリアムを延ばしたいから、次の学期が始まって年下の同級生と机を並べる生活を待とうと思っている。

 今日は気まぐれで登校した日。何となく後ろめたいので先生の目を躱しつつ、その日講義だか何かが行われる小ぶりの体育館の様な棟に入っていく。窓から午前の白い陽が射していたような気がするが、薄暗かった。僕でなくても、皆、余り登校する必要もない時期だったので、体育座りで講義を受ける生徒はまばらだった。

 暫く教師の話に聴き入っていると、隣で女子生徒が気分を悪くしている。放っておけば収まるという感じでもなさそうだったので、僕は彼女を抱きかかえ、保健室迄運んで行った。

 僕は多分また体育館に戻ったんだが―記憶はないがその後の状況を考えると恐らく―頃合いを見て抜け出し、町に繰り出した。昔の駄菓子屋の様な風情の木造の建物が、コンクリートとアスファルトで雑なパッチワークを作ったような公道か私道かわからない幅のある道を挟んで、面を突き合わせているところがある。その全てが軽食を出す店だったり食堂だったりしている。私の頭はふらりと学校の外に出ると目指すでもなくここを目指していたので、きっと馴染みの場所なのだと思う。

 わいわいとにぎわうそのうちの一つに入り、お昼時なので昼食を取る―というか、昼食を取ろうと思ったことから昼時だと知れる。店の入り口らへんに二組の椅子席、奥に座敷の席が数組あった。僕は何故か友人数名と賑やかに卓を囲んでいて、柔らかくしっとりした海苔に包まれたたらこやいくらのおにぎりを皆で食べた。友達は満足すると煙の様に立ち消え、僕はしっかりと残された数個のおにぎりに怒り乍ら、それを責任感で平らげると店を出た。暖簾を振り返ると僕は魚の印があしらわれた紺色の前掛けを提げていた。僕はここでお手伝いをしていたらしい。

 さて、腹ごしらえが済むと、とりわけ子供の姿が目立つ長屋に入っていく。何か目的があるらしく、鰻の寝床になっている長い平屋に分け入っていく。こんな表現をしたのは、僕の腰や胸に頭一つ分くらい小さな子供達がふざけて縋ってくるからだ。ここは水あめやら何やらを売っている店なんだから、そういうのを大人しく舐めていればいい。さて、目的と言うのは、奥にいたこの同級生―僕の実際の同級生だ―を見つけることだった。白い顔で、へらへら笑っている。やはり子供にもみくちゃにされて三尻の辺り薄桃色の擦過傷を作ってから外に出た。

 何と云う訳でもない、さて、それでは帰ろうかということなのだけれど、その"飯屋街"を出ると横に伸びる道路を見つける。そして、目に入るのは人だかりとその視線を引き受けているらしい後輩に、その父親である。彼は僕の少年野球時代と中学時代における―実際の―後輩なのだ。行き交う車の間をぴょんぴょん飛び跳ねている。父親の様子も併せて考えてみると、どうやら二人は喧嘩をしている。後輩の奇行は、そこで反撃を試みた彼が父を降伏させる手段らしい。やがて彼は小さな分離帯で同一方向の車線から脇に枝分かれしている道―そこが一番我々に近い―の真ん中に立ち、ここで車に轢かれてやるとかそんなようなことを宣言する。程なく、くすんだ淡いゴールドの大きな車がやってきて、彼の姿を認めると脇道の入り口で面食らった様に止まる。しかし、すぐに元の速度を取り戻したかと思うと、ゆったりと、迷いなく進み始めて、そのまま後輩をバンパーの下に吸い込んでしまった。なんということだ、僕は顔を歪めながら、彼の、当然凶悪な機械が持つその巨躯に耐えられる筈も無い生き物の顔と体が、潰されていくのを見てしまった。アスファルトは強かに彼の頭蓋を砕き、シャーシは柔らかい皮膚を風化したゴムの様にぶちぶちと千切っていく。父親が彼の元へ足を踏み出したのは一部始終を見終えた後だった。後輩を轢いた車は、動かなくなった彼の上を通り過ぎ、逃げるでもなくそこに止まっていた。

 オワリ。

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