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46歳のオヤジに火をつけた入れ歯づくりの話

今年7月、私が粘土中毒になりつつあった頃の話である。スキマ時間にSNSを流し読みしていると、経営者の知人がオンライン化した採用活動の動向に関する情報を求めて発信しているのを見つけた。
日々Web面談をマシーンのごとく実施していたもあり、思わず反応してしまった。ここぞ!とばかりに自分なりに感じていること・考えていることをタラタラと書き並べ、こっそりと個別にメッセージを送った。それからまもなく彼から返信があり、久々に食事でもしながら情報交換しようじゃないかという話になった。そのやり取りにおいて、どういう経緯だったか思い出せないが、「粘土採用やろう!」と私からぶつけてみたところ、「面白い!ぜひやろう。」と予想外の反応に。何事も試しに言ってみるものである。
彼が経営する会社は、株式会社バイテック・グローバル・ジャパン。「入れ歯をアタリマエに。」という合言葉のもと、入れ歯の研究開発から製造販売までをワンストップで行なっている会社である。彼と私とは同世代。一緒に仕事した経験こそないが、以前インタビュー取材にさせていただいたことがあり、彼の人生観や仕事観にはとても共感できた。尊敬している人物の一人である。

自ら経験するで、新たな切り口を見つけ出す。
バイテック・グローバル・ジャパンは、10年来「ガンダム採用」を行なってきている。「ガンダム採用」とは、歯科技工士採用の選考プロセスにおける実技試験として、ガンダムのプラモデル製作を導入している。成果物やプロセスを通して、ものづくりに対する熱意や手先の器用さなどを推し量っている。その話題が頭に刻み込まれていたのだろうか。「ガンダム採用」改め「粘土採用」こんなことを考えた。
こちらから提案をぶつけた以上、手ぶらで臨むわけにいかない。どんな資料を持ち込もうかと考えた結果、まずは粘土細工というものを知ってもらおうと考えた。粘土細工を知ってもらうとは、具体的にその工程を知ってもらうこと。そして、ノートに向かい工程整理を始めるも筆が進まない。
「そうだ!入れ歯を作ろう!」今のところ入れ歯にはお世話になっておらず、マジマジと見たこともなければ、触ったこともない。あるとすれば、帰省した際に、父親のものか母親のものかも分からず、コップに沈んでいる部分入れ歯を恐る恐る眺めるくらいでしかない。
身近な料理や食材中心に作ってきた私にとっては、初の試みとも言える。一体どのようなステップを踏むのか・・これは工程整理にもってこいだと考えた。

相手の目線に立ち、注力ポイントを見極める。
何事も初体験はドキドキする。ここはひとつ、入れ歯が完成したら、作品画像を撮影し提案書に貼付しよう。入れ歯好きの彼が見たらどんな反応するだろう・・そんなことを想像しながら自身を盛り上げ、全体イメージを固めることから始めた。
画像何点か確認してイメージを作り上げる。それを粘土でめいっぱい表現するわけだが、ひとつ大事なことがある。見る人が着目するであろう特徴部分を明確にして、その点にこだわり作る上げることだ。もっともマズイのは、素敵な作品、正解を作ろうとした瞬間、余計な力が入ってしまい、途端に面白くなくなる。
私が着目した特徴は、歯の形状と歯茎の色合いの2つ。前歯と奥歯とでは、微妙に形状が異なり、特に奥歯が特徴的である点。また、歯茎の色合いに関して言えば、赤やピンクではあるが、何とも表現し難いグラデーションになっている。このあたりの表現を強調すべくこだわり持って作り上げようと考えた。

拘りすぎず、流れに任せながら、思考と修正を重ねる。
次に考えたのは、ひとつひとつの歯をどのように形づけていくかだ。結論から言うと、この工程にもっとも難儀し、試行錯誤を重ねる結果となった。
その昔、歯科院で見せられた、建設工事かのようなインプラント治療動画の影響もあったのだろう。インプラントのごとく、個々に歯を作り、そこに短く切った爪楊枝を埋め込み作り上げる。そして、それを歯茎に差し込んでいくといった方法で進めていくことにした。
しかし、歯に爪楊枝を埋め込むまではうまくいくのだが、それを歯茎に刺し込もうとするも、安定感がないため歯が転げ落ちたり、歯茎がひび割れるという事態が発生した。何度も繰り返す中、3-4本が揃ったものの、そのサマと言えば、すきっ歯もいいところ。愕然とした。葛藤はあったが、深入りするわけにもいかず、インプラントを断念した。
そして、次に試みたのが、粘土を歯茎の上に一面に塗り、ひとつひとつの歯型を形付けていくというもの。インプラントに対し、総入れ歯と呼ぶことにする。インプラントに比べ、安定感が抜群である。今度こそは!と勝手に盛り上げながら作業を進める。奥歯から順に形付けるところまでは良かったが、前歯に差し掛かるカーブ部分でまた問題が発生。奥歯と前歯の形状があまりに異なるため、カーブ部分がすごくイビツになる。何度も修正を加えた結果、半壊状態になってしまった。私自身、集中力の限界も迎えつつあったため、ここは早々に方向修正を行なった。
そして、前歯1セットと奥歯2セットの3セットを組み合わせて無事完成した。

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粘土細工の工程は学びとヒントの宝庫。
どれくらい時間を要しただろう。3時間近く試行錯誤を重ねた結果、なんとも言えない達成感に包まれた。何に対する達成感か。
ひとつは、イメージにより近い入れ歯を作り上げたことへの達成感。これなら入れ歯好きの彼もきっと喜んでくれるだろう・・と確信が持てた。
もうひとつは、貴重な経験が積めたという達成感。達成感というよりかは、大きな収穫を得れたことへの満足感かもしれない。どういうことか。
例えば、今回のように、想像もつかない初めてのことに取り組む場合、方向性を固め、あらゆる方面から情報収集を行い、議論を重ね、いかに戦略や計画を練るかが大事とされる。ただ、必ずしも当初の想定通りには進まないということを理解した上で、まずはやってみるというスタンスの重要性を再認識できた。
また、次々と現れる壁に対しては、一発クリアしようなどと力まずに、少し視点をずらしながら考えること、考えたことを実践してみるということも学びのひとつである。この繰り返しによって、精度高く完成に近づけることができるのだ。

学びをカタチに。実践しながらバージョンアップ。
結果的には、バイテック・グローバル・ジャパンの現役歯科技工士の皆さんにご協力いただき、試験的にワークショップを開催した。専門領域はじめ年齢・経験年数が異なる方々から貴重なフィードバックを頂戴した。
まだ採用選考プログラムの完成までは至っていないが、この経験からの学び・ヒントをもとに社会人向けにワークショップを展開している。その一部を紹介したい。

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お題は、チキンライスにカレーライス、焼きそばにスパゲティーなど炭水化物が中心である。私の好物だから・・ではない。米粒と麺をどのように表現するかがポイントなのである。加えて、目的や対象者に合わせて、時間・使用色・工具にも制限を加えるのも特徴である。何となくイメージを掴んでいただけただろうか。

最後に。私がやりたいことは、カルチャースクールとして粘道でもなければ、粘土細工の技術指導でもない。じぶん開発ツールとしての粘土細工を知って欲しいのだ。そのためにまず体感していただき、率直な感想や意見アドバイスをぶつけていただきたい。実際、厳しい意見もたくさんあるだろう。
今の私には、それらすべてをポジティブに受け止め、ひとつひとつをひっくり返していくだけのエネルギーに満ち溢れている・・・気がする。



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