色の錬金術士

彼は、色の錬金術士のようなものだった。目にみた風景を、絵に描写する。その色合いが現実のものそのものだった。

彼はその色をつくるのに、あらゆるものを組み合わせて生み出す。炭や牛の糞、樹木などの日常のものからラピスラズリや地中海の貝など、あらゆるものから生み出していた。

彼は、学問としての美術は学んだわけではなかった。しかし10歳の頃より彼の絵の才能を見出したフィレンツェ出身のクリストファーノは彼に自分の持つ絵というものを惜しみなく与えた。そして、10年も立たずに彼は師の力量を超え、現実を描写するまでになった。彼が描く楽園追放と名前が付けられた絵は、まるでそこにアダムとイブが生きているかのような絵を生み出し、彼は、「楽園創造を見てきた男」とも呼ばれた。

しかし、ある時、彼はどうしても作り出せない色があった。それは海の上できらめく太陽の光だった。光自体は描く必要はなかった。なぜなら光は、物の上に降り注いでいるから、彼は物の色さえ作れれば、光はその中に閉じ込めることができた。しかし、水の上に反射する光は水の中を飛び出して気中に散っていた。彼はその空間に漂う光を絵に押し込める色をどうしても作ることができなかった。

5年の月日をかけて、彼はついに気づいた。その光を見ているのは自分の目である。そのため、その目を顔料に使えば、きっと光の色は再現できるハズだ、と。彼は躊躇なく自分の目をくりぬいた。水晶体を取り出した。そして、それを顔料として使えば、彼の海に反射する太陽の色は描けるハズだった。

しかし、彼は自分の目がなければ、その色は見えないという事実に直面した。暗闇の世界で。

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