子育てしないとだめだ、という思い込みに縛られてます。

このnoteは下のブログを元にvoicy / youtubeでお話しした内容を文字起こししているものです。

この話の元記事はこちら!
「「子育てをしないとダメだ」という思い込みから自由になれません!~自分が何を選択したのか?自分の価値観は何なのか?をしかと受け止めようぜ~」

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どうもこんにちは。

カウンセラーの根本でございます。

いつもお聞きくださいましてありがとうございます。

ということで、今日はだいぶ曇ってきました、大阪からお届けしたいと思います。

そして、テーマはちょっとセンシティブなテーマでございますけども。

興味があれば、ぜひ最後までお聞きください。

そして、チャンネル登録とかフォローとか、よかったらよろしくお願いします。

で、この問題は、けっこう昔からスタンダードっていうほどでもないんですけども、けっこう自己嫌悪・自己自責の念・後悔みたいなネタにつながるところがありまして。

「子供を産むかどうか」

あるいは、「子供を生まなかったけど、それは果たしてよかったのか、正しかったのか」

そんなテーマでお届けしているんですけども。

今回、タイトルのようにいろいろ捉え方があって、「子育てをしないっていうことは、なんかいけないことじゃないか、ダメなことなんじゃないか」っていう、それは「子供を産む」っていうことであったりとか、「結婚する」っていうことになったりもするんですけども。

皆さんはどのようにお考えでしょうか?っていうところで。

けっこう私のクライアントさんは、アラサーからアラフォー・アラフィフまで、20代から50代ぐらいがお客様の層として多くて。

平均すると、40前後なのかな。

もうちょっと若いかな。

っていう感じなんですけど。

ちょうどその世代だと、子供を産むかどうか?

まだ産んでない場合は、産むかどうか?みたいなのもありますし。

40代も中ぐらいを過ぎてきますと、「子供を産まなかった」っていうことについて、ちょっと重たい気分になるっていうようなお話っていうのは、やっぱりけっこうあるんですよね。

女性は、どうしても出産年齢っていうところがありますし、仮に産んだとしても、育てるっていう段階に入ると、だいぶ精神力・体力を使いますからね。

そうすると、「早い方がいいんじゃないか」とか、「今更・・・」みたいなとか。

あるいは、子供は欲しくなかったとずっと思ってきたんだけども、いざそういう年齢になってみると、ちょっと焦り始めるなんていうお話もあったりと。

その逆に、子供がずっと欲しかったんだけど、なかなかできなくて、それが今からするとすごく自分を責めるネタになっているっていうような、本当にさまざまな、そして繊細なテーマでございます。

で、僕がそういう時に、どういうふうにお話をしていくかっていうところを今日は紹介したいんですけど。

結論から言えば、「それはもう運命ですよ」みたいな言い方になります。

「産む・産まない」っていうところっていうことについて、非常に自分で選択できるような意識を、皆さんお持ちだと思うんですよ。

でも、それもわからないんですよ。

「もう不妊治療しても全然できなかった」っていう場合もあれば、「望まないけどできちゃった」っていう場合も、もちろん皆さんご存知だと思います。

「産む・産まない」っていうのは、自分のある選択ももちろんあるんですけども、それだけじゃなく、ちょっと「神様に委ねる部分」っていうところが、やっぱり出てくるっていうのが正直なところだろうなと思いますし。

そこも実は、もっと深いところね。

最近、こういう「決断」とか「選択」っていう話をあちこちでしていますけども。

やはり、この深いところでは、たとえば「産まないことっていうのを選択してるんだよね」っていうふうに見ていきますし、「今世は産まない予定だったんですよ」みたいなふうに言うこともけっこう多いです。

たとえば、今回の元ネタさんの話にしても、子供が大好きで、いずれ子供を産みたいと思っていたというようなニュアンスのお話だったんですけど。

でも、今好きな人がいて、その人との間の子供っていうのはあまり望めない。

ちょっと詳しい事情はわからないんですけども、そういう子供は望めないと。

じゃあ、その彼と別れて、子供を産むっていうために別の人と結婚するとか、付き合うっていうことは嫌だみたいな、そういうニュアンスのお話だったんですけども。

そうすると、「あ、選んでるよね」って。

産まないことをね。

少なくとも、今時点では「産まない」っていう選択をしてるんですよね。

「彼を選ぶんだもんね」っていうところなんですよ。

僕たちは頭で考えて、「子供を産むべきかどうか」っていう理論的な部分、倫理的な部分っていうのを思考するっていうところがあって。

で、気持ち的には「欲しい・欲しくない」っていう話があって。

そうすると、ここがすれ違ったりすると、けっこうややこしいんですね。

で、心理学というか、カウンセリングというか、セラピーというか、そういう視点から見ると、「今起きてる現実っていうのは、自分が選んだんですよ」と。

つまり、思考とか、感情とか、もっと深いところね。

「無意識の領域」って言ってもいいんですけども、もっと深いところで、僕たちはさまざまな選択をしていて、それが目の前に起きてる、現実として表れてるんだと。

つまり、僕たちは、今つくってる世界っていうのは、「自分がどこかで望んだものなんですよね」っていう見方をしていきます。

これは、けっこう心理学とか、そういうスピ系だったらけっこう出てくる話なんですけども。

「起きてることは全て正しい」っていう前提で見ていきます。

なので、「子供ができない」とか、そういう「子供がつくれない相手のことが好きだ」っていう時点では、少なくとも現時点においては、「産まない」っていうことを選んでるっていうことなんです。

で、そのまんまたとえば、年齢を重ねていって、実際に産まなくなっていった時も、おそらくそれは自分の意識できる範囲の外側、無意識で、心の深い中で、多分それを選択したんですね。

自分の積極的な意思として。

で、それにはなんらかの理由とか、目的とかがあるんですね。

でも、それは自分でもちょっとわからないんだけども。

でも、自分が選んだ結果、子供を産まなかった、あるいは子供を産んだでもいいんですけども。

っていう現実っていうのを、僕たちはつくったんだっていうふうに解釈をしていきます。

なので、別に誰が悪いっていうこともないんですよ。

産まなかったあなたが悪いっていうことは全然思わないし、そう捉えなくても全然よくて。

「それが自分の選択なんだな」と。

「自分はそういうふうに選んできたんだな」っていうことを自覚する。意識する。

で、これは、もうピンと来る・来ないとか、感情的にモヤモヤする・しないとか、倫理的にそれでいいのかどうかっていう思考的判断とかは一切関係なく、「あ、そういうことだったんだねっていうふうに見ていこうよ」と。

実際に、今まで僕もいろんな人とお会いしてきて、たとえばやっぱり「子供が欲しい、子供を育てたい」っていう気持ちで、この気持ちが強くて、良いパパになる、良い夫として、パパとしてふさわしいっていう人を婚活で選んで、そしてもう最初から不妊治療するっていうことで子供をつくったっていう方もいらっしゃいます。

その方は、子供を産み育てるっていうことが本当にしたいことだったので、そういう選択を取ったっていう人もいます。

これも「その人の生き方だな」と思います。

正しい・正しくないではなく、「そういう選択だな」と思います。

それから、別のクライアントさんは、30代からずっとお付き合いしてる人がいるんだけども、それはその人との間に子供を作っちゃいけない。

まぁまぁ要するに、不倫関係だったんですね。

ただ、本人はそれが自分にとって好きな人だったし、その彼と続けていきたいっていう意志を思ったまま、実はその不倫って20年近く続くんですよ。

で、結果的に産まなかったっていうことなんだけども、それも本人の意思・選択。

でも、自分が意識してるかどうか別として、「選択」なんですよ。

だから、別に良くも悪くもないし、「そういうもんなんですよ」っていうふうに見ていくんですね。

この辺りっていうのは、なかなか受け入れがたい見方かもしれませんけども、そういうふうに見ていくと、腑に落ちるっていうことがたくさん実は出てきます。

「あの時、彼と別れて子供を産んでおけば、こうはならなかったんじゃないか」って想像することって、簡単なんですけども。

じゃあ、その想像っていうのは、今の自分がしていることであって、当時の自分はその選択って多分できなかったと思うんですよ。

今の自分だったらそっちを選ぶっていうだけで、たとえば10年前の自分がそっちを選んだか?って、わからないですよね。

その時の自分にとっては、多分そっちの選択をしたことっていうのがベストだったんだろうなと思うから、本当のこと言えば、後悔する必要はないわけです。

そして、私のクライアントさんは、もともと子供が産めない体の方っていうのも当然ながらいらっしゃって。

そのことで、たとえばかつてすごく悩んだことも、もちろんあるんですけども。

ただ、「産まない」っていうことを、病気で産めなくなっちゃったっていうことは、それになんらかの意味があるんじゃないかと。

その産まない人生っていうもので、「なにか貢献できること、なにかそれで役に立つミッションっていうのがあるんじゃないか」っていうふうに、彼女は考え方を変えていきまして。

それで、子供に関わるお仕事をするんだけども。

直接、ちょっと間接的に子供に関わるお仕事をしてるんですけども。

でも、それがその方、その彼女にとっては、なんか幸せな、「自分にとってはこれがベストだったんだな」と思える人生っていうのを、今歩んでらっしゃるわけです。

なので、この辺りっていうのは、「起きたことっていうのは正しいし、それは自分の選択によるものだから、誰も悪くないし、誰も責められるべきじゃないんですよ」ということを、今日はお伝えしたかったと思います。

ということで、最後まで聞いていただきまして、ありがとうございました。


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