無価値感とは何か?どうやって癒すのか?

このnoteは下のブログを元にvoicy / youtubeでお話しした内容を文字起こししているものです。

この話の元記事はこちら!
「無価値感とは何か?無価値感は何を作るのか?そして、どうしたら癒すことができるのか?」

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どうもこんにちは。

カウンセラーの根本でございます。

いつもお聞きくださいましてありがとうございます。

ということで、久しびさの収録となっておりますけども。

ちょっと忙しくしておりまして、全然収録ができませんでした。

そんな中でございますけども、今日は土曜日でございます。

皆さんいかがお過ごでしょうか。

ということで、今日は「無価値感」というテーマでお届けしたいなと思っております。

最近ブログでちょこちょこ出てくるの無価値感。

昔から文章の中にはいろいろと入れ込んだりとかはしてたんですけども、無価値感というお話をちゃんとするのはあまり機会がないので、この機会にまとめてお話したいなと思っております。

10分でまとまるか自信はありませんけども、なるべくわかりやすくお伝えしたいと思いますので、よかったら最後まで聞いてください。

そして、よかったらフォローとかチャンネル登録もお願いいたします。

で、僕たちの心の中にある2大巨頭といいますか、ネガティブな感情として、「罪悪感」「無価値感」っていうのがあったりするんですけども。

罪悪感についてはけっこうお話するんですけども、その無価値感っていうところについてはちょっと後回しというか、違うアプローチっていうか、あまり詳しくお話ししてこなかったわけですけども。

「自分には愛される価値がない」っていう思いを抱いてる状態。

これを「無価値感」っていうふうに言います。

で、自分には価値がないから、その価値を外側から持ってこなきゃいけないとか、その価値をなにかで埋め合わせなきゃいけないということで、僕たちはちっちゃい頃から外にあるものに注目するようになります。

もちろん、最大は親の愛ですけどもね。

で、その親から愛されたいが故にっていう部分もありますけども、実際のところはさまざまな、いろいろな自分の心の穴、心にぽっかりあいた穴っていうものを、なにか外から持ってきたもので埋めようとするっていうパターンがあって。

これが典型的になると、すごくブランド志向になったりとか、資格を取りまくったりとか、すごく有名人だったりとか、箔をつけたがったりとか、学歴であったりとか、企業・年収とか乗ってる車とか着てる服とか、いろんなもので「自分には価値がないから、価値のあるものでそれを補おう」という心理。

これが「無価値感」というふうに言います。

だからたとえば、「自分っていうのは学歴がないから、学歴がある人と一緒にいれば自分もすごく見えるかな」っていうふうに思ったりとか、そういうような心理なわけですね。

で、外側から持ってきたものっていうのって、どれだけやってきたとしても、なかなか埋まらないっていう傾向があります。

これはけっこうシビアというか、しんどい問題なんですけども。

どれだけ名誉とか地位とかを手に入れても、お金や、それから家、車、着るもの、そしていい女・いい男に囲まれていたとしても、この無価値感があると、全然その価値を受け取れないんですね。

それもまぁまぁ無理ないことっていうふうにも言えるんですけども。

というのも、自分は昔から価値がないと思ってますと。

だから、外側に価値のあるものを見つけました、手に入れましたと。

手に入れて、自分のところに持ってきましたと。

どうなるか?

価値がない人間が持ってるものですから、やっぱり価値がなく見えるわけですね。

だから、外側にあるものが価値が見えて、自分のところに来ると価値がないっていうふうに感じるもんですから、そこで人は大きく2つのパターンで行動するわけですね。

「足りない!もっともっと!もっとこれを手に入れればいいんじゃないか」と。

そうすることで、たとえばハードワーカーっていう、仕事で収入を得たと。

それでもまだ自分は満たされない、無価値感があるから満たされないと。

これ、自分では無価値感って気づいてないんですけどね。

満たされない、だからもっと働けば・・・、もっと金を稼げば・・・、もっと出世すれば・・・、もっと大きな会社に行けば・・・みたいなかたちで、ここから取り寄せようとするパターン。

で、もう1つは今度は「広げていくパターン」ですね。

お金を手に入れた、幸せになれない。

じゃあ服を手に入れた、でも自分の価値は埋まらない。

じゃあ車を手に入れよう、それでも自分の価値は埋まらない。

じゃあすごくいい女・いい男と付き合おう、でもなんか満たされない。

っていうふうに、いろんなものに手を出していって、どんどんどんどんその範囲が広がっていく。

これは「青い鳥症候群」っていうような言い方も、場合によってはできるかもしれませんけども。

そうやって外側のもので自分の心を満たそうとするんだけども、外側のものからどんだけいいものが入ってきたとしても、自分のものになると無価値感が邪魔して価値を感じられなくなっちゃいますよっていうところなんですね。

で、どうするか?って言うと、そのために「頑張り続ける」っていうことをするわけです。

もちろんこの無価値感っていうのは、他にもいろんな影響を及ぼしてまして、すごく犠牲のパターンとか、我慢とかを作ることもたくさんあります。

「自分なんて価値のない人間と一緒にいてくれるんだから、その人の奴隷にならなきゃ」とかね。

「自分なんて価値のない人間を雇ってくれてるんだから、もうボロボロになるまで働かなきゃ」みたいな。

そういうマインドも作ったりもします。

それから自分には価値がないっていう、心にぽっかり穴があいてる状態ですから、なにをしても充実感とか喜びとか、達成感とか感動が味わえないわけですね。

ワクワクしないわけですね。

だからそれによって、「なんかもういいや・・・」みたいな、「しょうがないや・・・」っていう諦めに入るようなパターンっていうのもあります。

そんなふうに、今日もブログのネタを元にしゃべってますので、よかったらブログの方もチェックしていただきたいんですけども。

無価値感っていうのは、そんなさまざまな問題っていうのを起こします。

だからあらゆる問題っていうのを掘り下げていくと、「無価値感」もしくは「罪悪感」のどっちかが出てくるんですね。

で、罪悪感と無価値感って僕は兄弟みたいなものというか、双子みたいなものように捉えてる部分があって。

なので、問題も無価値感サイドから見ることもできれば、罪悪感サイドから見ることもできる。

どっちを扱ってもいいんだけど、今回はこっちだね、みたいな感じですね。

今ちょくちょくお話の中に出てきましたけども、たとえばいわゆるエリートって言われる人とか、なんかすごい名声とか地位とか、それからお金も持ってて、誰もが羨むような生活をしてる人とか、それからすごく楽しそうに、充実して生活を送ってそうに見えるハードワーカーさんとか、本当に仕事好きなんだよねっていうふうに見える、そんな人の中にも実はこの無価値感があったりするんですね。

みんなじゃないですよ。

みんなに無価値感があるわけでなくて、無価値感がある人っていうのは、中にはそういうパッと見ではこういうふうには感じさせない人ってたくさんいるんですよ。

でもそれがないから、そういう意味ではハードワークというか、ワーカホリックのような感じになってしまったりとか、恋愛依存症みたいになったりとか、やっぱり罪悪感と同じような、そういう問題っていうのを作り出すっていうふうに言えるんじゃないかなと思ってます。

で、その無価値感ってどうやって癒やすの?と、どういうふうに扱っていけばいいの?っていうお話になるんですけども。

これは、外から持ってきたものではなかなか無価値感とか惨めさっていうのは癒されませんよねっていうところで、なにがポイントになるかっていうと、「内側から湧き上がってくるエネルギー」がポイントになるということになります。

内側から湧き上がるもの。

ところがこれが難しいのは、もう外にばっかり価値を見て、自分に価値が見れないわけですから、「え?ここ?ここにあるの?」とかって言われても、なかなか意識が自分に向かないわけですね。

だからこれはちょっとやっぱり、自分の気持ちの切り替えっていうところが必要で。

これは昨日のブログに書いたんですけども、覚悟を決めるとか、自分と向き合うことを決めるっていう、この「決定する」「決断する」っていうことがすごく必要になってくるんですね。

ただ自分の中で湧き上がってくるものってじゃあなんなのか?っていうと、やっぱり自分自身がワクワクすることだったりとか、感動することだったり、嬉しい・楽しいと思えることだったりとか、あと笑うっていうことですね。

心から笑うみたいなね。

最近笑いました?最近ね。

で、そういった笑いも含めた、そういった心の中が湧き上がる感情・情熱、こういったものに身を委ねていくっていうことがすごく大事になってきます。

で、こういったものを総括すると、「内側から湧き上がってくる愛」っていう話になってきて。

若干ちょっとクサくなるんですけども、ただそういった、自分が本当に喜べるものとか、自分が本当にワクワクするものとかってなんだろう?っていうのは、やっぱり自分と向き合わないと見えてこないんですよね。

「あれいいんじゃないかな」と思ってやってみる。

これは全然もちろんいいと思うんですけども、試してみていろいろ見つけていくっていうこともありだと思うんですけど、やっぱりこれは自分自身と本当に向き合っていく。

自分ってなにが好きなんだろう?とか、どういう状態を望んでいるんだろう?と。

これが無価値感が強くて、外側のものをたくさん手に入れてきた人、手に入れようとしてる人っていうのは、逆に身動きが取れないぐらいガチガチに自分を固めてしまってるっていう場合もたくさんあるんですね。

だからいざわかってても、動けなくなっちゃうっていうことがすごくよくあるんですよ。

そういう意味では、自分と向き合っていって内側から出てくるもの、本当にこれはみんなあるんですけども、そういった無価値感が原因の1つとして見えなくなっちゃってるんだなっていうふうに思っていただければと。

そして故に愛なわけですから、自ら誰かに愛を送っていく。

これは「無償の愛」っていうふうに言いますよね。

無償の愛っていうところを目指していくっていうところが、僕たちの1つの課題になるのかなっていうふうに感じております。

ということで、今日は無価値感についてざっくりと解説させていただきました。

参考になりましたら幸いです。

ということで、ありがとうございました。

根本でした。

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