自分の感覚が人と違っていることは素晴らしい個性なのです。
このnoteは下のブログを元にvoicy / youtubeでお話しした内容を文字お越ししているものです。
「自分の感覚が人と違っていることは素晴らしい個性なのです。」
***
こんにちは、カウンセラーの根本でございます。
いつもお聞きくださいましてありがとうございます。
そしてあけましておめでとうございます。
2021年がね、皆様にとってもより素晴らしい一年になりますように祈念しております。
というかたちで、今日も相変わらず普段とまぁ同じではないんですけども、ブログ書いたりとかねえ、ジョギング行ったりとかっていう、あまり僕生活リズムをね、変えたくないので年末年始とかも基本的には同じようなことをするようにしてるんですけども。
みなさんはどんなお正月をお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。楽しんでますか?太ってますか?
みたいな感じですね。(笑)
ということで今日はですね、別に新春だからというわけでもなく、通常運転のね、ブログをさっき更新したんですけども。
「個性」っていうものをね、もっと大事にしましょう、みたいなお話をさせて頂ければなと思います。
よかったら最後までお聴きください。
僕たちはですね、色んな個性って言うかね、人と違うっていうところを持っています。
価値観・考え方・生き方であったり、キャラであったりね。
もちろん見た目だって違うし、体だってね、あ、見た目と同じか。趣味だって当然違うわけです。
似た人はいるかもしれないけども全く同じ人っていうのはなかなかいないんじゃないかなっていうふうに思うんですね。
なかにはですね、「人と明らかに違う個性を持ってる」って言う人もけっこう多くて、僕のクライアントさんはけっこうそういう方が多いのかなぁなんていうふうに思うんですけども。
そういった方がですね、けっこう日本の教育であったりとか社会システムみたいなものが、みんなと同じっていうことを良しとするとかね、みんなが右に行くんだったらあんたも右に行きなさいよみたいなね。
「同調圧力」とかっていう言葉去年も話題になりましたけども。そういう意識っていうのはどこが強いのかな。
人と違うことをするっていうこと、人と違う考え・価値観を持つっていうことがなんかいけないような気がしてしまうっていう場合があります。
もちろんそれがね、自分の許容範囲でだったらまだいいんですけども、あまりにもズレすぎるとですね、自分自身の首を絞める、苦しめることになっちゃいますよねっていうところなんです。
今日はですね、今日扱ったブログのネタっていうのは、どうやら5つある家族の役割のうちの“傍観者ポジション”がヒットする人だったんですけど。
(「家族の5つの役割~組織・グループの問題解決に役立つ視点~」)
傍観者ポジションの人っていうのは、「家族とかグループからちょっと離れたところに立ってグループを観察する」。「客観性」っていう役割なんですね。
それによって問題をいち早く見つけたりとか、どこがどうなって、トラブルになっているのかっていうのを外から見るので非常にわかりやすくて、そういういい役割を持ってるんですけども、そんな生き方が自分にフィットしてる人が、そのグループの中に入って別の役割を担うとするとやっぱりしんどいですよね。
右利きなのに左利きで生きなきゃいけないような感じがしてけっこう大変なんですけども。
そういうパターンというのが根っこにあるとですね、やっぱりこう自分自身がなにをしてても生きづらくなっちゃうんですよね。
ただですね、ここは面白いところなんですけども、意外と自分はそうやってみんなに合わせてるつもりなんだけど、やっぱ違うんですよね。やっぱりちょっと浮いてるというか、合わないというか。
そういうのをけっこう身近な人っていうは知っていて、それでなんか「まぁあんたはさ、そういう人間じゃないんだからさ、ちゃんと自分のポジションにつきなよ」みたいなふうに言ってくれる人も中にはいたりとかもしますし。
逆に自分自身がどんどんどんどんしんどくなっちゃって、本当疲弊して疲労してですね、そういった生き方が出来なくなっちゃう。
ここで問題が起きてきて、僕のブログだったりとか、このVoicy・YouTubeに出会ってくれたりとかっていうことがあると思うんですけども。
そういったですね、自分の生き方・価値観・考え方・キャラ・個性・趣味ね、いろんな言い方ありますけども、まずそれを一旦受け入れた方がいいよね、と。
むしろですね、「人と違う」という部分っていうのは、どんなポイントであっても“個性”であって、それは皆さんが皆さんであるということを、認識させるためのですね、“一つのアイコン”みたいな役割なんですよ。
人と違うっていうことは、それで素晴らしい個性っていうのを持ってるわけですから。
そうするとですね、それが結局は「自分に合った生き方」っていうのができるんじゃないかなっていうふうに思うんですね。
で、みんなと仲良く、そんな傍観者のポジションの人がみんなと仲良くわきあいあいとやりたいと言ってもそれは苦痛でしかないわけですから、そんな生き方っていうのはおすすめしませんよっていうのが今日のブログの趣旨みたいなところなんですね。
ところが、それがいけないとか、問題だと思ってしまうと、自分は他人軸で生きてるんじゃないかとかね。
あるいは自分はすごく性格がひねくれてて、悪いやつなんじゃないかとか。
あるいは協調性がないということを否定的に捉えてですね、そんな自分はダメだっていうふうに決めつけたりとか。
みんなと同じとか、みんながやってるんだから自分もできなきゃおかしいじゃんっていうふうに自己攻撃をしてしまうっていうことは、この個性を自ら殺しにかかってるのもんなんですよね。
これってやっぱりしんどいですよね。
僕もです20代の頃は普通にサラリーマンをやってたんですけども、サラリーマンという生き方っていうの本当に実は僕にとっては苦痛でしかないんですよ。
それで結果的に今みたいなお仕事になるんですけども、当時はやっぱりみんながね、普通にできていることが自分にはできないとか、他の人が何とも思わないルールみたいなものっていうのが、僕にとってはすごい違和感を感じるものだったりとかして。
でもそんな自分って間違ってるとか、そんな自分おかしいと思って直さなきゃ直さなきゃって思ってたんですけど、一向に直らないどころか、むしろ強まってたいったりとかするんですよね。
それである時、「あっ、そういうサラリーマン的な生き方っていうのは僕には向いてないんだな」と思って、「僕にはそれって本当ににフィットしてないんだな」っていうふうに見えてしまうところがですね、様々な問題を起こしてきたわけです。
なので僕はそういう生き方を変えましょうと。
フリーランスというか、インセンティブで生活をしていくように自分の生き方を変えていきましょうっていうふうにしたわけですね。
そうすると、その一つ違う部分っていうのが“個性”になって“強み”になって、それを活かす方向に行くと今みたいな生活スタイルになるんですけども。まぁはるかに楽になりましたよね。
やっぱり組織で属するって事が本当に向いてないんだなっていうことをいくつも体験して、今はフリーで動いてますけども、僕はそういったどっちかって言うとチームを作ったりとか、チーム運営であったりとかっていうのは正直言うと苦手でできないんですよね。
なので自分一人である程度、スタッフの協力ってのもありますけども。ある程度手の届く範囲でしか、多分自分は生きられないのかなあなんていうふうに思ってから、めちゃくちゃ楽になりましたよね。
だから自分の個性というか、人と違う部分っていうのをどうやって活かしていけるのか。それをどうやったら強みに変えられるのか。
ここはけっこうね、工夫とかが必要かもしれませんけど、それを否定して自分じゃない者、何者かになろうとすればするほど、多分人生っていうのはどんどんどんどん暗くなっていく、しんどくなっていくのかなっていうふうに思います。
もちろん自分の個性を受け入れるメリットっていうのは、「自分は生きやすくなる」だけではないんですね。
自分の個性を受け入れて違いを受け容れるのはなにかというと“人の違いを受け入れる”ことができるようになります。
自分の個性を殺してみんなに合わせてる人っていうのは、自分と違う個性が現れる時にやっぱりその人に自分がやってることと同じことを強要してしまうわけですね。
俺も我慢してんだからお前も我慢しろよとか。俺もみんなに合わせてんだからお前も合わせろや、みたいなことをやってしまうんですけども。
自分の個性とかっていうものを受け入れて、「それができないんだな」っていうことが分かると、同じようにしてそれをはっきり出してる人に対して「わかるわかる」とかね、「君はそれでいいんじゃないの。僕もそれでいいと思ってるからさ」っていう風にお互いを認め合うということができるようになっていたりします。
だから個性っていうものを、人と違うっていうことは、もちろん同じ部分も含めて全部が個性なんですけども、その人と違うっていう事は素晴らしい事なのよね、と。
それは自分が自分であるというアイデンティティを色付けるものでありですね、それをネガティブではなくて、まぁネガティブに捉えることもできると思うんですけど、ポジティブな面で受けとったらどうなるのかって言うとですね、いつも言ってますね、「ライフワークの実現」というのが近づいてくるのかなあ、と。
結局は自分を否定するなと、そういう話をしたいだけなんですけども。今日はそんなふうに人との違いとかまわりのみんなと違うっていうのは自分にとっての“長所”であり“個性”であり、それっていうのは“強み”に変えられるんですよ、と。
だからそれは大事にしてあげましょうね、ということを今日はお話ししたかったというところです。
というわけで最後まで聞いていただきましてありがとうございました。根本でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?