愛されるためにはなにかしなければ!と思ってしまいませんか?存在してるだけで価値があるってほんとう?
このnoteは下のブログを元にvoicy / youtubeでお話しした内容を文字起こししているものです。
この話の元記事はこちら!
「「私と出会えてよかったね」と素直に言えますか?~女性性を解放し、価値、魅力、才能を受け取る3日間でした~」
***
どうもこんにちは。
カウンセラーの根本でございます。
いつもお聞きくださいましてありがとうございます。
ということで、また久しぶりになってしまったんですけどね。
今日は涼しいですけど、大阪はとても良い天気でございます。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
さて、今日は「存在しているだけで価値がある」なんてお話をさせていただきたいと思います。
よく聞く話ですけども、なかなかそうは思えないんですよねっていうところで、今日はお話していきたいと思います。
よかったら最後までお聞きください。
そして、チャンネル登録・フォロー、よかったらよろしくお願いします。
私は、このゴールデンウィーク中、3日間「リトリートセミナー」というセミナーをやってまして。
そこでは、さまざまな個人の問題を扱うという、グループセラピーというスタイルでお届けしているんですけども。
毎回、それぞれお仕事だったりとか、人間関係とか、パートナーシップとか、さまざまな問題を扱うんですけども。
そこから、いろんな教えというか、テーマっていうのをいただいていくんですね。
で、今回扱った中の、その一つのテーマが「存在しているだけであなたは価値があるんですよ」っていう話で。
けっこう3日間通じて、この「価値」という部分は、だいぶフォーカスしたような気がいたします。
でも、よく言うじゃないですか。
「存在しているだけで価値がある」
「存在することに意味があるんだよ」
「なにもしなくても愛されるよ」
なんていうふうに言われるんですけども。
「たしかに、そういう言葉は知ってるけど、そんなことないよね」っていうふうに、どうしても僕たちは感じてしまうものだと思います。
これも、たとえば赤ちゃんの頃とか、本当に子供、ちっちゃい頃は、本当になにもできなかったんですけども、たくさん親から、周りの人から愛情を受け取って育っていきますよね。
でも、しつけが始まるくらいからかな。
3歳ぐらい、2歳ぐらいから、お手伝いをしたりとか、「あれしてこれして」って親に言われたりとか、「こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけない」っていうルールを教え込まれていきます。
で、そうすると、僕たちは「愛されるために頑張る」っていうことを子供時代はしますから、結果的に「愛されるためにはなにかしなきゃいけない」と。
お手伝いをすると褒められる。
つまり、お手伝いをすると愛される。
それから、いい子にしていると褒められる。
ってことは、「いい子にしてなきゃいけないんだ」みたいな感じで、主に家族・親子関係の中で、いろんなルールみたいなものを学んでいくわけです。
そうすると、たとえばですけども、弟妹ができた場合とかわかりやすいですよね。
弟妹って、ちっちゃいからなにもできないですよね。
でも、お兄ちゃんお姉ちゃんである自分というのは、お手伝いをしたり、子供の、弟妹の面倒みたりとかしないと褒められないわけですよ。
ってなってくると、なにかするから愛される。
これは、専門用語で言うと「取引」っていう、「これしてあげるからあれしてね」っていう、取引っていうことになるんですけども。
でも、僕たちはやっぱり「愛されたい」という気持ちがあるので、そこで頑張ってなんとか褒められよう、愛されよう、必要とされようということを学んでいくわけですね。
その結果、なにかしないと愛されない。
「愛されるためには、頑張らなきゃいけない、なにかしなきゃいけない」って思い込みっていうのを、持つようになるんですね。
ところが、それが学校であったり、クラブ活動だったり、それからもちろん友達関係、そしてパートナーシップ、恋愛とかにおいても、「自分というのはなにかがあるから愛される」っていうふうな見方をしていくようになります。
たとえば、「性格がいいから、優しいから、彼が愛してくれる」とか。
「見かけがいいから、人から慕われてモテる」とか。
「自分はこういうことができるから、ああいうことができるから必要とされるんだ」っていうふうに、愛されることとか必要とされることに、僕たちは理由っていうのを見ていきます。
これはひっくり返すと、たとえば「恋人ができないのは自分のここに問題があるからだ。あれがないからだ。これがないからだ」っていうふうに、そういった自分の価値とかっていうものを具体化しようとするっていう心理が、とくに思春期以降よく出てくるわけですね。
で、その結果、「僕たちは愛されるために頑張らなきゃいけないし、なにかしなきゃいけない。そのままボーッとしていては愛されないし、存在価値がない」っていうふうに思います。
これが、仕事なんかを始めると、なおさらそれが強くなります。
仕事っていうのは、そもそも「労働力」を提供して、代わりに「対価」をいただくっていうシステムですよね。
だから、「なにかしなきゃ対価をもらえない」っていう、もともとの仕組みなんですけども。
それは、別に自分の価値とか、それから魅力とか、なにができる・できないっていうところよりも、自分がなにを提供できるか?っていうところに重視されます。
だから、この仕事っていうところで、「愛されるためになにかしなきゃいけない」っていうのは強化されるんですけども。
実は、そこにはちょっと心理的な誤解みたいなものがあるんですよ。
仕事っていうシステムが、そもそもそういうシステムなんですね。
労働力を提供して、お金をいただくっていう、これがそのままの契約みたいなもんだし、取引みたいなもんなんですよ。
でも、それが広がって、「なにも能力がない自分というのは、会社から必要とされない」と思っちゃうんですけど。
これは、誤解もあるんですけども。
ただ、会社・仕事ってそういうシステムなんだよということは、切り分けて考えなきゃいけないです。
だから、仕事ができないから人間として価値がないか?っていうと、これは全く別の問題でございましてですね。
比べるものでもないわけですよね。
仕事ができなくても、人としてやっぱり価値が出てくるわけです。
だから、人間関係を見てみれば、たとえば、提供したりなにもしないんだけども、なんかすごくいい奴がいたりとか、仲がいい友達がいたりとかっていうことにもなりますし。
実はそこに、「価値」とか「魅力」というのを、僕たちは見ているわけですね。
だから、僕らっていうのは、本当はなにもしなくても「存在自体」に、実は価値があって。
それを具体的にすると、たとえばすごく人の気持ちがわかるとか、優しいとか、気が利くとか、料理がうまいとか、コミュ力が高いっていうふうな、ラベリングみたいものですね。
名前をつけているわけで。
で、そういったものを明文化しなくても、基本的に価値や魅力っていうのがあるんです。
でも、今お話してきたように、さまざまな人間関係、子供時代からのいろんな人間関係によって、僕たちはそこに大きな誤解っていうのをするようになってしまいました。
だから、「愛されるためにはなにかできなきゃいけないし、価値や魅力っていうのがちゃんとないと人とうまくやれない」っていうふうに思い込むんですけども。
じゃあ、周りの人たちをよく見て、もちろん魅力はある。
「魅力はあるし、価値もあるんだけどもさ、なにかしてるから愛されてるんだろうか?」っていうことを見てほしいんですよ。
これは、たとえば子供だとか、ペットだとかっていうことに、言うに及ばず、大人同士の関係であっても、「あいつとなんで仲良くしてんの?」っていうと、「いい奴だからだよ」っていうふうな表現をして、具体的に言えば、「まぁまぁけっこう面白いし、楽しいし、一緒にいていい気分になれるからなんだよね」みたいなふうに言うんだけど。
それって、どっちかというと後付けじゃないでしょうか。
「なんか好き」とか、「なんかいい奴」みたいなところで、友達関係というのができていくわけですし。
パートナーシップも、その延長にあるわけですよね。
だから、本当のところを言えば、僕たちっていうのはなにかするから愛されるわけじゃなくて、「存在自体」で愛されているわけですよね。
存在自体に、価値がある魅力があるわけです。
でも、それだとなかなか納得できないから、「君のここが素敵だよ。君のこういうところが素晴らしいよ」みたいなふうな表現をしているっていうふうに、捉えてみるといいかもしれません。
この辺は、非常にちょっと理解に苦しむところですし、証拠を探そうとしても、実際に愛されるために頑張ってやっている方っていうのは、だから愛されるんだよねっていうふうに、なんとか理解しようとしますし。
やっぱり大人になると、理由が欲しくなるからね。
「こういう理由で必要とされてるんだよ。こういう理由で・・・」っていうのを求めたがるところがあるので、やっぱりこの「存在してるだけで価値がある」っていうことは難しいんですよ。
だから、結果的にその人を失ったり、失恋であったりとか、友達と絶交になっちゃったとか、あるいは本当に肉体的に死を迎えてしまって、会えなくなっちゃったみたいな、こういう時に、その人の価値って気づくこといっぱいありますし、それはあなた自身っていうのにも当てはまるわけですね。
だから、その存在自体に価値があって魅力があるんですよと。
もし、そこであなたが頑張るのであれば、さらにそれが魅力的な部分が強化されていくっていうふうに捉えてみるといいのかなと思います。
この辺は、なかなか受け取りづらいものでございますけども、「存在している価値があるんですよ」っていうふうに思っていただければと思います。
そして、その象徴的なセリフっていうのがあって、「私に出会えてよかったね」っていうセリフでございます。
この間リトリートセミナーでは、これをみんなに言っていただいたんですけども。
皆さんどうでしょうか。
実際に言ってみてください。
「私に出会えてよかったね」
理由はないです。
「この私自身に会えて、本当に良かったね」って。
なんでか?
「ま、私と出会えたから」みたいなね(笑)
理由はとくにつけなくていいんですね。
ただ、そう思っていればいいんです。
「私と出会った人は幸せだよね」
こんなふうに思ってみてもいいかもしれません。
めっちゃなんか、これを口に出していると、反感を買うこともあるんですけど、密かに思っておいてみるといいかもしれません。
「なにが」ではなくて、「存在している」だけで、価値がある、魅力がある。
それでいいんですよっていうことが、土台になって、そして「私に出会えてよかったね」と。
こういう意識を持ってみることで、もしかするとだいぶ人間関係が楽になったり、自信が持ててきたりとか、行動が変わってきたりするんじゃないかなと思っています。
ということで、今日も最後まで聞いていただきまして、ありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?