怒りは悪者じゃなくて本音を教えてくれる大切な感情なのだ。

このnoteは下のブログを元にvoicy / youtubeでお話しした内容を文字起こししているものです。

この話の元記事はこちら!
「あのときは怒っちゃったけどほんとは何を伝えたかったんだろう?~怒りと上手に付き合えるようになるために~」

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どうもこんにちは。

カウンセラーの根本でございます。

いつもお聞きくださいましてありがとうございます。

ということで、今日もあたたかい大阪で、ちょうど西日が差し込んできてすごく明るいお部屋でございますけども。

そんな春のような1日、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

今日はそんなテーマと雰囲気とは真逆のテーマでございますね。

「怒り」について、ちょっとお話をしてまいりたいと思います。

よかったら最後までお聞きください。

そして、フォローとかチャンネル登録の方もぜひよろしくお願いしますえ。

怒りっていう感情を、これは前もVoicyyoutubeでもお話して、ブログでもちょいちょい出てくるテーマでございますけども。

とても大切な感情なので、ちょこちょこここでもお話させていただこうかなと思います。

怒りという感情については、僕たちはあんまりもちろんいい印象って持ってないと思うんですよね。

よくないことだとか、大人げないとか。

感情的っていうのは、日本ではあんまりいい表現ではなくなってしまうので、その代表格として怒りっていうものを感じるところがあるかと思うんですね。

で、同時にすごく怖いもの。

怒られるとか、怒りを向けられるのって当然ながら誰でもいい気分じゃないと思うので、そうすると怒りっていうのは怖いし、たとえばすごく怒りを出す人っていうのが苦手だとか、怒りそのものが苦手っていう方もすごく多いと思います。

で、そうすると怒りという感情が大変ネガティブに、すごく否定的に捉えがちになるんですけども、実はすごい大事な感情というふうにも言えるわけですね。

その辺の話をこれからしていきたいんですけども。

怒りってじゃあなんのためにあるのか?っていうと、1つ目の目的というか、大きな役割っていうのは、「防衛本能」なんですね。

防衛する。

自分を守るために怒りっていうのが出てくるっていうことなんですよ。

たとえば、どっかを怪我をしてると思ってください。

その怪我に誰かが触れようとすると「やめて!」みたいな感じで、「なにすんの!?」みたいな感じで怒りが出てくる。

これはもう動物でもそうですよね。

つまり、その傷に触れると痛みが走るし、もちろん良くないから、その怒りを使って相手を威嚇するなり、攻撃したりとかして、自分の傷っていうのを守るっていうことになります。

もちろんこれは、親が守るとかっていう部分っていうのにもつながってきますよね。

自分の大切なものを守るために、怒りっていうのが発動されるっていうふうに見るわけです。

これがじゃあ体のことだけなのか?それとも幼い子供を守る時だけなのか?っていうと、もちろん心もそうなんですよね。

で、「心の痛み」っていうものから自分を守ろうとして、この怒りっていうのを使うっていうことなんですよ。

だから、怒りがないっていうのは、ある意味無防備すぎるというふうにも言えるのかなと思って、非常に危ない状態なんじゃないかなっていうふうに思うんですね。

で、「心の痛み」っていうのはもちろんさまざまなものがあります。

不安や怖れ、罪悪感とか無力感、それから悲しみとか、寂しさ、孤独感、みじめさ、嫉妬、恥ずかしさ、他にもいろんな感情があって、その感情から自分を守るために、その感情を感じないようにするために、この怒りっていうのが発動させる。

つまり、こういったネガティブな感情軍っていうのは、ある種「心の痛みの象徴」っていうふうにも言えるのかなって思います。

で、他にも実は怒りの使い方っていうのがあって、たとえば叱咤激励とかいう言葉がありますけど、叱るっていう意味での怒りの使い方もありますよね。

これは愛に基づく怒りで、「あなたってなんでそんなに自分を粗末にするの!」って、「もっと自分を大事にしてよ!」みたいな感じで、愛情から相手をに怒りを向ける。

これも痛みっていうところからも解釈できるかもしれませんけども、愛というものも含まれていて、愛ある叱咤激励っていうような表現になるのかなっていうふうに思います。

実際に皆さんも家族とか友達とか大切な人に怒られて、ハッと目が覚める体験をしたっていうことがあるかもしれませんけども。

そういう意味でも、怒りっていうのはすごく重要なポイントだったりするんですね。

で、そういった怒りっていうのは、すごく攻撃的だったりとか、誰かを傷つけるものっていうふうな見方が一般的なんですけども、実はその怒りの感情っていうのを他者や物に向けるっていうのは、怒りの感情から見ると「逃げてる」っていうことになるので、逃げた結果、相手にぶつけてしまって、ちょっと傷つけてしまうようなことが起こるっていうのが、心理的な解釈だったりするわけですね。

で、もちろんそんな怒り狂るような人っていうのを得意な人はいないと思うので、他人に対してはちょっと線引きしておきましょうみたいなことを言うんですけども。

自分自身の怒りに対しては、非常に重要な役割っていうのがあって、傷の防衛っていう部分もあるんですけど、実は怒りっていうのは、非常に「モチベーション・やる気」っていうところとつながりがありまして。

怒りを怖れたり、怒りが苦手だっていうことで抑え込んでしまうと、無気力で退屈でつまんない人生っていうのがやってくるんですね。

だからたとえば「なんかやる気がないな。最近無気力だな。なんかやる気が起きないな」なんていう時は、もしかしたら怒りを封印してるのかもしれないっていうような考え方っていうのも出てきます。

ちなみに「ストレス」っていうのも怒りだし、「諦め」っていうのも怒りっていうふうに解釈することができたりします。

全てそうだとは言い切れない部分もありますけどもね。

簡単な豆知識としては、そういう知識を覚えておくと便利かもしれません。

で、その怒りなんですけども、そういった愛からの部分もあるんですけども、怒りから自分を守るためであったりとか、自分をやる気にさせたりとか、そういう意味でのポジティブな役割っていうのもたくさんあるわけで。

だから決して無駄なものではないし、必要なものだし、むしろ怒りを抑圧しちゃった方が平穏かもしれないけども、退屈でつまらない人生になっちゃうよっていうことは、ちょっと覚えておかれるといいかもしれませんよね。

で、怒りっていう感情なんですけども、じゃあ自分でどう処理した方がいいか、どう扱ったらいいのかですけども、最近「アンガーマネジメント」っていう言葉も一般的になってきて、それを学ばれた方もけっこういらっしゃるんですけども。

その怒りっていうものをどうマネジメントするか?っていう、それはもちろんそちらの専門家の方にお任せしたいなというふうに思ってまして。

僕から見ると怒りっていうのは、さっきも言いましたように、「本音」。

愛であっても、痛みであっても、「自分の素直な気持ち」っていうものを、怒りでコーティングしているっていうような表現をするのが、僕は好きなんですが。

つまり、たとえばなにか人に言われてイラッとして、すごく言い返してしまったり、怒りがすごく湧いてきたとか、これも後から思い出し怒りなんていうのも含めてなんですけど。

その時って、怒りを感じてるのは防衛だとすると、その奥に「本当の感情」っていうのが隠れてるわけですね。

たとえばミスを指摘されてすごく恥ずかしくなって、それでイラッてしてしまって怒りが出てきた場合っていうのは、今言った「恥ずかしさ」っていうところを、怒りで防衛してるわけですね。

それから、すごくなんか自分のことを粗末に扱われたような気がして怒っちゃった場合は、「ないがしろにされた」とか「粗末にされた」っていう、そういった気持ちだったり、「みじめさ」であったりとか、「無価値感」であったりとか、そういった感情というのが刺激されて、その痛みに触れようとするから、怒りがバッて出て防衛するっていう姿なんですね。

っていうことは、後からでいいんですよ。

怒りを感じてる時っていうのはもう感じちゃってるもんですから、それを安全に吐き出したいよねっていうことで、お恨み帳を書いたりとか、お恨みツイッターに鍵をつけておいて、怒りを吐き出すためだけのツイートをしてもいいと思うんですけども。

そのリアルタイムにやるっていうよりも、まずは後から振り返って、「あの時怒っちゃったんだけど、自分はなにを言いたかったんだろうな」って。

「自分の本音ってなんだったんだろうな。怒りは感情の蓋っていうから、だからその裏側に私はなにがあったのかな」なんていうふうに見ていくと、「ああ、自分はそういうような気持ちだったんだな。そういう感情を持っていたんだな」っていうことがわかって、すごく自分を知るっていうことができたり、自分の本音っていうことを知るっていうことができたりするわけです。

これが実はすごくオススメのポイントでございまして。

だから、それは自分を責めるためにやるわけじゃなくて、もう怒っちまったことはしょうがないよねって、自己肯定感を使いながら、「自分はあの時、本当はなにが言いたかったんだろうな」と。

たとえば「ごめん」って言いたかったのに、それが言えなくて怒っちゃったかもしれない。

あるいはすごく悲しい気分になって、でも悲しさっていうのをここで出すわけにはいかないと思って怒りを使っちゃったかもしれないないし、すごくみじめで、悔しくて、すごく嫉妬もあって、その感情から怒りに行っちゃったのかもしれないみたいなふうに見ていくと、「あぁ、自分って本当は嫉妬してたんだな。うらましいんだな」っていうことがわかったりとか、「すごく悲しかったんだな」っていうふうにわかって、これって自分に寄り添うことができるし、自分に優しくすることにもできるので、だから後から怒りの裏側の感情を見てあげてねと。

そしてもしそれができれば、次はコミュニケーションに使っていくと、今後の人間関係というか、怒りと上手に付き合っていけるようになるんじゃないかなと思っております。

よかったらブログも読んでください。

ということで、今日はこの辺で失礼したいと思います。

ありがとうございました。

根本でした。

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