付かず離れずの曖昧な距離がちょうどいい!?
このnoteは下のブログを元にvoicy / youtubeでお話しした内容を文字起こししているものです。
この話の元記事はこちら!
「付かず離れずの関係はモヤモヤするけど今の自分にはちょうど良い距離感なので、そこを動かすにはそれなりの覚悟が要るものです。」
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どうもこんにちは。
カウンセラーの根本でございます。
いつもお聞きくださいましてありがとうございます。
ということで、ジメジメした、ムシっとした大阪でございますけども。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
今日は、「曖昧な関係、曖昧な距離感、意外とここが程良いんですよね。ちょうどいいんですよね」っていうお話をしていきたいと思います。
よかったら最後までお聞きください。
そして、チャンネル登録とかフォローとかも、よかったらよろしくお願いします。
ということで、今日もいただいたネタを元に、お話をさせていただくんですけども。
やっぱり、曖昧な関係とかね、付かず離れずとか、腐れ縁みたいな、そういう距離感。
モヤモヤするんですよ。
白黒ハッキリつけたい人ほど、もうモヤッとして、「どっちなのよ!」っていうふうに、ハッキリさせたいわけですよね。
とはいえ、離れるのはちょっと寂しいし、辛いし、親密会の怖れなんかがあると、近づくのがちょっと怖いっていう感じになったりする。
なので、ちょっと動きようがないから、そこで「相手に決めてほしい」なんていう、そういう他人軸な、依存的な、そういうふうな思いが出てくることだってあるわけでございますけども。
このケース、こういうのって、カウンセリングでもけっこうよくいただいていて。
まぁよくわかんない、ハッキリしない人がいるんですって言うと、「付かず離れず」っていう関係。
もちろん、ケースバイケースなところはやっぱりいろいろあって。
プラトニックな関係っていうのもあれば、たまにそういう体の関係はあるとか。
昔あったけど、今はないとか、そういう状態だったりするんですけど。
これが、もう年単位で続いていると、その間にお互い別の人が入ることもあるんだけども、なんかそっちはイマイチ盛り上がりに欠けて、結局あの人のことが忘れられないというか、気になっちゃうというか。
これが、「好きなの?」なんて聞くと、「多分好きなんだと思います」とか、「それがわからなくなっちゃって」みたいな、そういうことが返ってくることもあって。
自分でもハッキリしないし、そんな自分も嫌だし、そもそもじゃあどういう関係なのか、人にも説明しづらいし。
で、長い付き合いの友達なんかに言うと、「まだあの人のことを追っかけてるの?もういい加減にしなよ」とか、怒られたりすると。
「どうしたらいいんでしょうか・・・?」と。
そういうご相談でございますけども。
これは、解釈っていろいろできると思うし、ツッコミどころも満載なんですけども。
大前提として、そんな関係は今日のネタ元さんの場合、6年ぐらいだったらしいんですけども。
そういう関係が、付かず離れずな関係、曖昧な距離感の関係が続いてしまうとなると、やっぱりどこか、認めたくはないんだけど、この距離感が程良い、ちょうどいい自分っていうのが、実はいるっていう。
ここがけっこうポイントでして。
たとえば、ここから距離が近くなる。
たとえば、ちゃんとお付き合いをするとか。
今日のネタ元さんも、なんか「一緒に住む?」みたいな話がかつて出たみたいですけども、そうしてグッと距離が縮まるとなってくると、これはやっぱり怖いんですよね。
ザワザワザワザワする。
これは、もう過去の傷がちょっとぶり返しているというか、昔のたとえば失恋・離婚だったりとか、親との関係とか、距離が近いところで起きたさまざまなトラウマみたいなものが、実はまだけっこう影響を残していて。
それで、距離が近づくっていうふうなシーンになると、ちょっと傷が疼いて、「まぁまぁちょっといいです」みたいな、ちょっと逃げ越しになってしまう。
で、だからといって、離れる・・・「いや、それは寂しいし、辛いし」と。
で、ちょっと6年もそうですけど、長いことその存在があると、頭の中にはその人がいるわけですよね。
だから、結果的に距離が詰まらなくても、脳内恋愛みたいなことができてたりして。
だから、その人を失うっていうのは、またこれは辛いし、怖いし、嫌だっていうことで、引くに引けず、行くに行けずっていうような状態で。
ここで、パワーバランス・均衡が保たれて、この状態でいくと。
もちろん、相手も相手の事情っていうのがあって、そうなっているわけですけども。
そういうふうに、「曖昧な距離感っていうのが、実は今の自分にとってはちょうどいいのかもしれない」と。
この見方は、ぜひしておいた方がいいかなと思います。
で、そういう時に、さっきもチラッと言いましたけど、他の人に行くじゃないですか。
相手もそうなんですけど。
他に彼氏ができましたとか、アプリでいい感じの人がいましたって言うんですけども、実は付かず離れずの彼の存在によって、その新しくできた彼に、そんなにのめり込まずに済むというか。
ちょっとややこしいな(苦笑)
その付かず離れずの彼が、ある意味鎧というか、防波堤みたいになって、守ってくれるんですね。
その存在がね。
別に彼がなにかしてくれるわけじゃなくて、気持ち的に守ってくれるというか、逃げ道になるというか。
だから、婚活して、いいなと思う人ができたとしても、あんまり入り込めないし。
だから、あんまりこっちがうまくいくことって少ないし。
仮に、そっちに無理やり行っちゃったとすると、付かず離れずの人をずっと引きずりながら結婚するみたいなことになったりするので、これはまた苦しいんですよね。
っていう感じで、じゃあどうしたらいいの?と。
もちろん、この「親密感の怖れ」っていうのは、やっぱり強いので、それを癒そうぜっていうのは、一つのテーマとしては出てくると思います。
けっこう重要なテーマですね、これはね。
で、それがさっきもちょっと繰り返しになりますけど、過去の失恋・離婚とか、親との関係とかで傷ついてきたっていう部分、「親密感・親密になることに対する抵抗というのを、取り除いていきましょう」ということにもなりますし。
また、曖昧な関係で固定化すると、ここから動かすって、めちゃくちゃパワーがいるんですよね。
なので、この親密感の怖れを扱うということにしても、やっぱりちょっと「彼とどうなりたいか?」っていうのを、自分で決めなきゃいけないんですね。
流れに任せて、「なるようになるさ」だったら、多分この状態であと何年も行くんですよ。
それは嫌でしょ?っていうことになると、じゃあどうするのか?っていうのを決める。
だいたい彼と向き合いたいと思うんですけども。
ただ、これも習慣性なんですけど、長いこと、この曖昧な状態で均衡状態で保ってきたことが習慣化しているので、ここから動かすっていうことについては、やっぱり「コミットメント」がすごく必要なんですよね。
そんなことは、もう頭の中で6年間さまざまなシミュレーションをしてきたと思うんですよ。
だから、ここからこの状況を変えるということに対しては、非常に腰が重たくなるし、それ自体が怖くなるわけですね。
なので、これを一人でなんとかやろうなんていうふうにすると、もう結局なにも進めませんみたいな。
実際、たとえばカウンセリングに来てくださって、その話をして、コミットするということになって、「じゃあこういうこと、ああいうことやってみましょう」っていうふうにしましたと。
半年後、「その後どう?」って言ったら、「いや、実はなにも変わりません・・・。頭ではわかってるんですけど、ちょっとだけ近づいたかなと思ったんですけど、でもあまり変わってません」みたいな。
「いやー、しょうがないですよね」って、やっぱり言うんですけども。
それはなんでか?っていうと、これだけ長いこと葛藤っていうのが出てくるわけですよ。
で、結局そういった「お互い様」みたいな部分っていうのが出てくるので、なにをするか?っていうと、ここで自分が逃げるとか、自分は向き合っているのにとか、自分は決めてるのにっていうことで、相手のせいにするっていうことにもなっちゃうわけですよね、
これ相手のせいにしてるっていうのも、これはまた明らかな逃げでございますので、あんまりそっちに行くと、状況というのは変わらないし、悪化するし、むしろまた不満を溜めるんですよね。
これは自己責任っていう言い方はあれですけども、「自作自演」というところで。
じゃあ、どうしていこうか?
だから、決めきれないとか、向き合えないとかって、やっぱり動かすのがしんどいんですよね。
だから、なんとかして自分も逃げたいから、もう相手のせいにしてでも、「自分は悪くない」というふうにしていくと、まだこの状態が続けられますから。
それくらい逆に言うと、この中途半端に感じる距離感が、程良いっていうことになっちゃうわけですね。
だからこそ、半年経っても変わらないんですよね。
だから、そこは相当な「覚悟」っていうのがいります。
だから、けっこう事件待ちみたいなところがあるんです。
大きな事件待ちで、「これで変わらなきゃいけません!」みたいな感じになることがあって。
でも、それってしんどいじゃないですか。
ということで、おすすめしているのは、継続的にカウンセリングを受けて、そこからもう自分が逃げないようにする。
向き合う、コミットするっていうことから、目を逸らさないようにする。
これぐらいの覚悟っていうのが、あった方がいいんじゃないかなと。
その方が無難ですよ、というのが提案なんですが。
さぁ、それも動けるかどうか?っていうところは、もう本当に自分次第っていうところになってくるかなと思います。
ということで、最後までありがとうございました。
根本でした。