トンネルを抜けて
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」
というのは、もちろん、川端康成『雪国』の有名な冒頭ですけれど、長いトンネルの闇から抜けて、目のくらむような一面の雪景色を目にした時、まだ日も昇らぬ早朝から鈍行列車で数時間を過ごしてくたびれはじめていた私のなかには、ふとその言葉が思い返されました。2020年2月も末の頃、早稲田大学の農楽塾というサークルに所属する友人4人でギルドハウス十日町にお邪魔させていただいたときの話です。
もとはといえば、山形県のギルドハウス高畠に、サークルとして少しご縁がありまして、2019年の2月にその四人だけでお邪魔したこともあり、その際に、そこにギルドマスターである長谷川さんに十日町の方にもいくといいよ、とおすすめされたこともあって、再び四人で旅に出ようや、ということで話がまとまったというのがその時の旅でした。
途中寄り道をしつつ、到着した美佐島駅。ひっそりとしていて、もちろん東京なんかよりは数段冷えていて、すっきり澄んだ空気のなか、地図のさす方向へと、こっちであってるのかなあ、荷物重いなあ、などとくちぐちに言いながらスーツケースをひきずりひきずり、坂を10分ほど登ったあたりで、ようやくギルドハウスと思われる家屋が見えて、そのときの、やっとついたんだ、という喜びは、やはりとてもほの明るいものだったと記憶しています。
そして迎え入れてくださったギルドマスターのハルさんからはこのように尋ねられたような気がします。「みなさんは何の目的でここに?」と。少し間を置いた私達。
「うーーん、のんびりしにきました」「目的といったものはあんまりないんです」
そう、私達には目的らしいものはなく、ただただのんびりしにやってきた、というのが実際のところでした。まさに余白の旅。目的なんてないんです。ただただ日常から抜け出して、のんびりやろうや、それにせっかくこの四人でいくなら、めざすべきはギルドハウス十日町でしょう、と。
そんな具合で、三泊四日、毎日夜に翌日の向かう先を決め、四人のんびりと過ごした日々だったわけですが、ギルドハウスのなかで様々な人々と交流できたのも、本当に素敵な時間でありました。なかでも、ボードゲームをしていた時間、はじめは四人で共有スペースにあったボードゲームをお借りして遊んでいたのですが、何せ共有スペースなものですから、その時住んでらっしゃる方々が混じって下さる。普通に日常をいそがしく過ごして居たら、決して出会えなかっただろう方々と、時には互いの境遇の話もしながら、わいわいとにぎやかにボードゲームで遊ぶ。そんな時間はやはり、わたしたちが無目的にただただのんびり余白を楽しみにやってきたからこそ得られた、素敵な時間だったのではないか、ということは、今でもよく思います。
余白を持たせること、それはなんだか遠回りのようで、合理的じゃない部分だから、無駄とも、だれかには言われてしまうことかもしれない。たとえば、そんなことしてる暇あるの?、とか、もっと有益なことあるんじゃないの?といった具合に。
けれど、こころが窮屈になってしまう時には見失ってしまっているなにかとか、日常の忙しさの中で置いてけぼりにしてしまっていたけれど大切にしているものとか、そういうものは、一度レールを外れてしまうことで、つまり、本筋とは違う余白のスペースに立ってみることで、ようやく見えてきたりするし、それでちょっと心が軽くなっていけることもある。それだけが正解じゃないよね、こっちもおもしろいよね、という道を示してくれるのが、やっぱり余白だったりするのかな、とおもうのです。
そういう意味で、ギルドハウス十日町で過ごした時間というのは、やっぱり余白であったと思いますし、あのギルドハウス自体、わたしがただただレールを走っていたら出会えなかった人たちとの出会いが自然発生していくような、ゆるやかに縁が生まれていくような、そんな魅力がある、素敵な場所だったなと、そんな場所に、やはり縁に導かれて訪れることができたというのは、幸せだったなと、数か月たった今、寒くなりだしたなかで思うわけです。
この文章は、ギルドハウス十日町のアドベントカレンダー企画にあたって、ハルさんからお話をいただいて、書かせていただきました。私は文学部の学生なもので、普段は文章を読む方と、あとは現代詩を書くばかりなのですが、久しぶりに記憶を掘り起こすようにして文章を書く機会をいただけてうれしかったです、いつかまたお邪魔したいなと、思います。
その時再びいい出会いがありますように。