Message No.3:宇宙とつ・な・が・る
このコーナーでは2年ぶりの更新となった。
原作のフレーズを文字ったら妙にオカルトじみた記事タイトルになってしまったが、ミスラよろしく地球外生命体と交信などはしないので安心してほしい。
今回はキャラクターモチーフの解釈をまとめる。
最近改めてモチーフを調べたところ、個人的に新発見があり、各キャラクターの役割やそこから派生する関係性を整理できた。
!注意!
未消化の伏線と見られる描写に基づいた、"本来想定されていたであろう設定やシナリオ"の妄想独自解釈を多分に含んでいます。
各種名称の仮説詳細、一部の先行研究のご紹介はこちら↓
概要
PSYRENのモチーフは大半が天文に関連している。
本稿でも、天文モチーフに絞って解釈する。
主なトピックスとしては、個人的な新発見の3点を扱う。
暴王の月=新月
ドラゴンテイルが伏線
ネメシスは女神でなく星
前提
本稿で取り上げるキャラクターは、執筆時点の筆者の調査及び解釈から天体モチーフで関連付けられる夜科アゲハ、天戯弥勒、グリゴリ07号、ミスラ、朝河飛龍。
そこに、少々裏付けは弱いが作中の描写も鑑みて望月朧、真名辰央、グラナを加えた8人とする。
図1に挙げた中でもわかりやすい関係性は、夜科アゲハを「月」、天戯弥勒を「太陽」とする対比だ。
これは、作中で明確に表現されている。
さらには、作者が2019年の仏『AnimeLand』誌インタビューでこの2人を物語の中核として対比させた旨を明言している。
天文モチーフによるキャラクター間の関係性でも同様に、軸となっていると見られる。
弥勒が太陽を自称する点は、生命を掌握する能力を持つことから妥当性がある。
古来、様々な文明で太陽は生命力の象徴となってきたからだ。
(作中では、そのようなモチーフを持つ弥勒によって作り出される世界が太陽光を忌み嫌うという皮肉を孕んでいる。)
弥勒はまた、太陽が地球を擁する太陽系の中心であることから世界(宙)の中心の比喩としている。
言わずもがな、メタ視点でも首謀者としてシナリオの中心的役割を負っている。
一方でアゲハを象徴する月は、地球の衛星である。
衛星の"衛"、そして衛星の語源でもあるだろう英語satelliteの原義「従者」からすると、守護者の意が見え隠れする。
世界を滅ぼす弥勒に対して世界を守るという巨視的な役割だけでなく、サイレンに身を投じた動機をはじめ「(特定の)誰かを守る」ことがアゲハにとって原則一貫された行動原理であることは論を待たない。
(しかしながら、月の名を冠する能力は守護の範疇を超えて破壊をもたらすという矛盾を抱えている。)
本稿の解釈は以上を下地に展開する。
黒い月が表すもの
新発見1「暴王の月=新月」
アゲハと月といえば、真っ先に初期技「暴王の月」が思い浮かぶはずだ。
もはや、作品の代名詞と言ってもいい。
暴王の月のモチーフは謎に包まれている。
名称の由来については作中で開示された情報が限定的であることもあり、未だ有力な説の形成に至っていない。
本項では視点を変えて、技のビジュアルを起点に、”暴王の月は何を表しているか?”を考える。
1)新月説
暴王の月の基本形は、一言で「黒い球体」(23話"破壊":3巻138p)と表せる。
それを技名のとおり月に見立てるならば、さながら新月だろう。
新月は太陽の光を受けない状態だ。
太陽が普遍的に象徴する生命(=生命を操る弥勒の生命の樹)の対極ととれる。
暴王の月の性質である、生物を含め触れたあらゆる物質を削り取り、「あの渦中では何物も存在することすら許されない」(23話"破壊":3巻141p)点を踏まえると、弥勒が生命の樹で新たな生命を生み出すこと(創造)と対照的に、暴王の月は破壊・消滅を意味すると考えられる。
1‐2)太陽を食らう月
新月の関わる特殊な天文現象に、日食がある。
アゲハの性質や役割に対応しているように思える。
日食は(地球上から見た時に)月が太陽を隠す現象で、発生条件である天体の位置関係から必ず新月となる。
暴王の月、ひいてはアゲハと結びつける点は、新発見2に日食が関連することから導いている。
暴王の月は作中で何度も”破壊”、”削る”と表現される一方、初登場時の「飲み込」む(23話"破壊":3巻141p)のように、PSIエネルギーを吸収するととれる風にも言及される。
特に、暴王の月に関する過去の研究を熟読したマツリが「エネルギーを喰らいつくす」(28話"暴王の月":4巻56p)と言った点は、単なる言葉の綾とスルーしがたい。
PSIエネルギー(バースト)は作中でしばしば光のように描写されており、これを吸収することは食(蝕)のようでもある。
弥勒の象徴が太陽であることを念頭に置くと、月が太陽を隠す日食はアゲハと弥勒の邂逅、交戦を指すだけではなく、喰らうことで弥勒の力を削ぐというイメージを連想できる。
完全に太陽を隠す皆既日食は、力を全て封じる、つまり打倒することといえる。
あるいは、日食の様を月が太陽を飲み込むことと捉え(そうした見方をする神話は複数ある)、完全に重なる皆既日食を同化と解釈することもできる。
その場合、いわゆる闇堕ちにあたるだろう。
アゲハは11~12巻にかけて、弥勒の境遇の一端に触れ、弥勒と同じく力による世界の変革を望む片鱗を見せていた。
「世界を変える力が欲しい」(101話"ウイルス":12巻54p)のセリフが象徴的だ。
闇堕ちルートならば、弥勒を倒したうえで、グリゴリの大元となった政府を壊滅させる存在にアゲハが成り代わるという流れが想定できる。
実際に作品終盤でも、弥勒に影響を受けて弥勒と同じ「化け物」になっていくことが意識的に描かれた(「10年後のお前を追っていたら俺も化け物になっちまった」=143話"道を":16巻161p)。
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番外1 望月朧 狂気の源
新月に対し、満月を意味する「望月」を姓に持つ朧は、アゲハにとって弥勒とは別の対極に位置づけることができる。
アゲハが自制をもって他者を守る一方、朧は自らが頂点に立つために奔放に振る舞う。
その生き様は「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることの無しと思えば」(藤原道長)を体現するかのようだ。
月をモチーフにしながら、この"天動説男"ぶりは弥勒に通ずるものがある。
グラナが「お前も自分中心に世界が廻ると思ってるクチか?」(133話"待たせたな":15巻152p)と、朧に対するセリフで暗に弥勒と並列していることからも、類似性が認められる。
固有PSIが生命を操作という点も共通する。
さらに、相手の肉体そのものを自らと同化して使役までできる点では、弥勒を凌ぐとすら言える。
太陽光を受け輝く月が、その借り物のはずの光を”月明かり”と固有の恩恵として崇められるように、弥勒の生命の樹で掌握されるはずの生命を朧が奪い取る展開もあったかもしれない。
満月は擬似的な太陽なのだ。
また、月は狂気をもたらす存在として歴史的に捉えられてきた。
その「霊気」が最大化した満月を朧のモチーフとした場合、バックボーンなく弥勒と同じだけの野望を持っていたことも納得できる。
狂気という単語は、暴王の月をアゲハ以前に発現した者の証言「”メルゼー”という悪魔が…破壊と狂気に駆り立てるのだ…!!」(28話"暴王の月":4巻58p)にもあり、暴王の月の一つの効果と見られる。
新月説を採用するならば、アゲハ、弥勒、朧の3者は密接な関係を持った同列の存在と言える。
完全に余談だが、望月を「ぼうげつ」と読む場合は「月をみる」の意味もある。
作中で描かれた朧のアゲハに対する意識の強さを彷彿とさせる。
(望月(もちづき)とは? 意味や使い方 - コトバンク (kotobank.jp))
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番外2 グラナ
グラナの日輪"天墜"も日光を辺りが暗くなるほどに操作できるという点では、日食と同様に弥勒の力を封じる象徴と見なせる。
何より技名がそれをストレートに表している。
(日)食を表すeclipseが権威的な「失墜」も意味することを考えると、日輪"天墜"の名称は重なるものがある(ちなみに日輪"天墜"の英語版の名称はSunfallとのこと:Psyren Wikiより)。
グラナは参加当初からW.I.S.Eの目的に賛同していたわけではなく、離反などを起こる展開があってもおかしくはなかった。
そのことで内部崩壊か、少なくとも求心力を弱める役割を担う可能性はあったはずだ。
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2)月の遠地点説
新月説に比べ作品との符合は弱いが、黒い月とされる月の遠地点も候補に挙がる。
月が地球から最も離れる軌道の点のことだ。
一部の天文学者と占星術師はこれを仮想の天体と捉え、リリスとも呼ぶ。
占星術では内に秘めた欲望を表すといい、アゲハの暴力性や衝動性の具現化と捉えることができる。
(ちなみに占星術でのリリスの表す欲望は、狭義ではセクシャルなものらしい。リリスという名称の由来は、男性を惑わせる美しい女の悪魔だとか。)
新発見2にも占星術の用語であるモチーフがある点から、もっぱら占星術の概念として使われる月の遠地点も説として否定できない。
空にかかる龍
新発見2「ドラゴンテイルが伏線」
新発見1の暴王の月=新月説をフォローするモチーフが作中に登場する。
日食が起こる地点、月の交点だ。
ヒリュー、タツオと対応する描写がある。
月の交点は、地球から見た際に黄道(太陽の軌道)と白道(月の軌道)が交わる仮想の地点を表す。
交点は2つあり、月軌道の傾きから昇交点と降交点と区別される(英語ではNorth node、South node)。
その2点を、かつて人々は龍の頭と尾に見立てた。
日本でも英語名をそのまま輸入し、昇交点を「ドラゴンヘッド」、降交点を「ドラゴンテイル」と呼ぶ。
龍の見立ては今も占星術で使われており、月の交点の別名として浸透しているようだ。
ドラゴン・テイル(どらごんている)とは? 意味や使い方 - コトバンク (kotobank.jp)
作中でヒリューとタツオは互いを「龍の胴体と頭」と称し、ヒリューを表す胴体は分け合ったペンダントだと長い尾に見える。
そして、ヒリューの初期技の名称は「ドラゴンテイル」である。
日食の立ち会い人
暴王の月を持つアゲハが月を象徴とするように、ヒリューの初期技であるドラゴンテイルもヒリューそのものの象徴と見なして問題ないだろう。
ヒリューを月の交点とすると、このモチーフはアゲハを抑止する役割を意味しているのではないか。
ヒリューはマツリから「もしも二人(筆者注:夜科と朧)が誤った道を選んだ時…あいつらを止められるのはお前だぞ…朝河…!!」(45話"夏空":6巻20p)と言われていた。
月の交点で起こる日食、つまりアゲハ(月)が弥勒(太陽)を打倒し同化することが「誤った道」であるならば、ヒリューはその場に立ち会い、止める役割を負ったかもしれない。
そもそも、作中の流れからすると初期技をドラゴンテイルと名付けたのは、メタ視点ではかなり意図的なものに思える。
タツオを捕獲するシーンで活躍した技だが、初出は少し前、雨宮を助けた時だ。
その際に、「〝強さ〟が欲しかった…ずっとそれを思い描きながら訓練していたら…自然とこの形になったよ」(16話”大喰らいの蟲”:2巻181p)と話している。
それ以前の雨宮とのPSI訓練ではイメージを具体的に思い描くことが重要とされており、真面目なヒリューはそれに従っていた。
その後の自主練習(具体的描写なし)で、漠然としたイメージで尾を出現させるのはいささか違和感がある。
訓練時に人型の手を出現させたことからも、本来ならば尾でなく手周りのほうが自然だ。
こうした点から、ドラゴンテイルはメタ的な意図を持って設定された技であり、そうするだけの意図(モチーフ)があったと考えられる。
太陽の双子星
新発見3「ネメシスは女神でなく星」
弥勒の姉であるグリゴリ07号の操るPSIの名「Nemesis」は、大元を辿るとギリシャ神話の神罰を司る女神だが、それに因んだ天体がある。
太陽には長らく、ネメシスという互いに引き合う恒星=連星がいると考えられていた。
双子星とも言われる連星のうち、暗い方を伴星といい、ネメシスは伴星にあたる。
07号が弥勒と双子であること、(未来において)弥勒とは対照的に徹底的に姿を隠していたイメージと合う。
太陽の伴星が苛烈な女神の名を冠する由来はというと、恒星ネメシスは周期的に多くの隕石を地球にもたらして絶滅を引き起こしてきたという説があるからと見られる。
この説は、07号が人々を過酷なサイレン世界に送り込み、結果的に多くの命が失われた構図と繋がる。
ちなみに、恒星ネメシスはPSYREN完結から数年後、奇しくも「WISE」という探査衛星の観測で存在を否定されている。
(惑星Xとネメシス、赤外線観測で「謎の存在」否定か? 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News)
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番外3 ミスラ
弥勒の名前の由来は天体でなく仏教の弥勒菩薩だが、弥勒菩薩それ自体が太陽と繋がりを持つ。
「弥勒」は、イラン神話やゾロアスター教の太陽神の名から音が変化したという。
基となった太陽神の名前がミスラであり、ミスラ神は弥勒菩薩と同一視される説もある。
弥勒と同じ太陽を象徴し、「弥勒」より古い由来を持つこの名称は、背後から操るもう1人の首謀者という立場にしっくりくる。
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まとめ
主に3つの新発見(持論)を扱った。
1.暴王の月は、①技のネーミングおよび作中でのアゲハを月とする比喩②黒い球という形態――から、新月をモチーフとする。
新月の時に起こる日食から、アゲハと弥勒との邂逅や打倒、同一化を想起できる。
2.ヒリューは初期技名のドラゴンテイルから月の交点と結びついている。
月の交点は1.で取り上げた日食の起こる地点であることから、作中で提示されたアゲハを制止する役割と関連があると推測される。
3.グリゴリ07号の作ったPSIプログラム名「Nemesis」は、太陽の伴星がモチーフである。
太陽と恒星ネメシスの関係の捉え方は、太陽を自称する弥勒との関係性と符合する。
暴王の月がブラックホールに近いこと(※)や、月の交点が意味する具体的な役割や関係性など、本稿の解釈では説明のつかない部分もあり、今後の課題は多い。
本稿があくまで筆者の持論であり、かなりの拡大解釈も含まれることはご承知おきいただきたい。
その上で、読んでくださった方がPSYRENを解釈するきっかけになれば幸いだ。