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ゲームと業務 #風景画杯

「じゃあターンもらって、ドロー、マナチャージ。『霞み妖精ジャスミン』を召喚して」
「あーループはいったわ」
「『ボアロパゴス』の効果で『ディス・マジシャン』。『ジャスミン』を自壊、効果でマナチャージ。『ディス・マジシャン』のスペースチャージで」
「負け負け負け」
 宮田は広げていたカードを片付け始めた。市ヶ谷のバトルゾーンには、効果処理の無限ループに入れるだけの材料が揃っているので、宮田の負けは確定していたのだった。
「それがお前のやりたいデュエルマスターズかよぉ」
「そうだが????」
「はーークソクソクソ」
「CSに向けて調整したいって言ったのは宮田じゃん。てかそのデッキで『ボアロパゴス』通してる時点でダメでしょ」
 時刻は11時過ぎ、下北沢のとあるカフェバーで、宮田と市ヶ谷はカードゲームで遊んでいる。店主がこのゲームのファンで、大人向けのイベントなどをやっているうちにプレイヤーのたまり場となっているのだった。CS(大人向けの大会)に近く出るので、宮田は『モルトNEXT』デッキを、市ヶ谷は『イメンループ』の調整をしていた。
「先行なら『バーニング銀河』が間に合ったんだっての、こんなんジャンケンだわ。ジャンケンで勝ってたのしいか?」
「楽しいが?????」
 悔し紛れに少し冷めたカレードリアを貪りだす宮田。
「ていうか、じゃあ逆にお前のやりたいデュエルマスターズはなんなんだよ」
 氷が溶けて薄くなったハイボールを飲みながら、市ヶ谷が聞いた。カードショップの値札のついた空のスリーブが、水滴でグラスに張り付いていた。
「そりゃあ、クリーチャーで殴って、シールド割って、トリガーで逆転、みたいな」
「負けてんじゃんそれ」
「でもループしたら勝ちなんて、ゲームじゃなくね?一人回しと変わらないじゃん」
 その言葉に、市ヶ谷は怒るでもなく、視線を宙に向けて考え始めた。
「宮田さ……ゲームってなんだろうな」
「え、何いってんのお前。ごめんって、冗談じゃん。ガチなんだからループとのスパーだって」
「いや、そうじゃなくて。ほら」
 市ヶ谷がスマホを取り出し、ゲームの『FGO』を起動してみせた。ガチャの画面と、期間限定イベントの告知がある。
「昨日からさあ、イベントの礼装掘りながら考えてたんだわ」
「何を」
「もうこれ、ゲームじゃないんじゃないかって。ゲームというより、業務」
「なんだァ?テメェ……」
 宮田は怪訝そうな表情をした。もうすぐ日付が変わろうというところ、変なテンションになってもおかしくない。
「だってさ。周回の編成はすぐ決まって、最短で回し続けるだけじゃん?」
「まあ、そうだが」
「で、同じことを何回も何回もやって、礼装が完凸できるまでやる。それだったら、もうそれはゲームじゃないんじゃねえの。手順も結果も決まってて、あとは時間をかけるだけなんだから、刺し身にタンポポ1時間のせたら1000円、ってのと変わんなくない?それは業務だよ」
 うーん、と宮田は唸った。酒も飲んでいるし、ずっと対戦していて頭が少しぼんやりしている。市ヶ谷は続けた。
「例えばデュエマなら、最終的にループに入って同じ手順で終わるとしても、そのためにデッキも作るし、ループ入るまでもいろいろ考えるけどさ。あと、同じ周回でもモンハンは……たいがい虚無だけど……1回1回うまくなってくのがわかるし」
「いやまあ、言いたいことはわかるよ?じゃあお前は何がゲームだとおもうわけ?」
 うーん、と市ヶ谷も唸った。適当にしゃべっているだけで、そこまで深くは考えていなかったらしい。
「……たぶん、なんかこう……駆け引き的な?さっきの話じゃないけど、本当にジャンケンで決まるなら、さすがにゲームじゃない。ジャンケンに駆け引きはないし」
「でもそれだと、対戦相手のいないゲームはゲームじゃなくないか?」
「そこは、製作者との……」
 そこで宮田が、何かに気がついて膝を打った。「膝、本当に打つんだ」と市ヶ谷は思ったが、口には出さなかった。
「あ、違う、駆け引きじゃない、判断だ。なんか自分で判断してる、っておもったら、ゲームになる。うん、そうだな。それだ」
 宮田は勝手に一人で、納得して頷いている。
「どういうこったよ」
「最近さ、競馬やってんだよ」
「あー『ウマ娘』?ミーハーだな」
「ミーハーなんだよ俺は。けっこう面白くてさ。血統とか過去の成績とか、パドックでの感じとか見て賭けるんだけど、これが全然あたらねえんだわ。1番人気とかなんなんだよって話な」
「確かにお前あたってるの見たことないわ。それなら、2d6振って出た目に賭けたほうが当たるんじゃねえの」
「まさにそこだよ」
 宮田がテーブルに体を乗り出す。
「賭け自体は機械的にもできるんだけど、それであたっても面白くないんだわ。たとえ嬉しくても、面白くはないだろうよ」
「まあそうだろうな」
「だから、競馬ってゲームの本質は『判断』にあるんだよ。仮にランダムに賭けるのと同じ結果になったとしても、自分でいろいろ考えて賭けるから楽しいんだ。麻雀だってそうだよ。あのゲーム、初期配牌で配られる数とゲーム中にツモれる数がだいたい同じで、ほぼ配牌で決まるようなもんなんだけど、何切るか、降りるか攻めるか、判断があるから楽しいんだわ」
 ドヤ顔で語る宮田に、市ヶ谷はわりと本気で感心しているようだった。
「お前、たまにまともなこと言うな。たしかに、デュエマのデッキ作りも、結果優勝デッキと同じレシピになっても、自分でいろいろ考えるのが楽しいんだもんな」
「対して、FGOの周回は判断する要素がない。だから業務。これで解決な」
 カレードリアの器をカウンターに返す宮田。その背中を市ヶ谷は見ていたが、その時視界にあるものが入ってきた。
「あー……ちがうかもしれん」
「え、何」
「『判断』、ゲームの要件じゃないかもしれん」
 市ヶ谷がそう言いながら手にとったのは、『おばけキャッチ』というテーブルゲームだった。カフェバーの常連の誰かが置いていったようだ。この前、宮田と市ヶ谷を含むいつものメンバーで遊んで、めちゃくちゃ盛り上がったゲームだ。
「『おばけキャッチ』さ、ほぼ反射神経じゃん。でもめっちゃ盛り上がったゲームじゃん」
「あー……」
 『おばけキャッチ』は、めくったカードに対応するコマを、他のプレイヤーより早くつかむことでポイントを稼ぐゲームだ。そこにデュエルマスターズや競馬の予想のような判断は必要ない。
「『黒ひげ危機一髪』とか、『ウノ』とかさー、有名なゲームほど、判断いらなくない?」
 市ヶ谷の言葉に、宮田は深く頷いた。自分たちが普段対戦ゲームで遊んでいるからか、すぐには思いつかなかったようだ。一度例外に気がつくと、二人ともすらすらと反例が出てくる。
「『あつ森』も……」
「『ひぐらし』もじゃん……」
 二人は、うーんと唸った。どれも有名どころのゲームで、判断要素がないからゲームでない、というのは無理があるだろう。
「『あつ森』、島めっちゃ開拓して盛り上がったもんな……」
「『ウノ』、この前死ぬほど盛り上がったもんな……」
 しばらく二人で考え込んでしまう。
「……ゲームってなんなんだろうなあ」
「目的があって、ルールがあればゲームか?」
「『ひぐらし』とかは、推理するのが目的で、読むのがルールってことか。それだと、やっぱジャンケンもゲームってことにならない?」
「3すくみは最強のルールだからなあ……」
 二人そろって考え込んでいると、そろそろ閉店だぞ、と店主が言ったので、二人はあわててカードを片付け、会計をすませた。

 下北沢はまだまだ宵の口、といった雰囲気で、多くの人がそこかしこの飲み屋で談笑している。
「あ」
「どしたん」
 市ヶ谷が聞くと、宮田は首を横に振った。
「なんでもない。結局ギリまで調整できなかったなー。来週のCS、そろそろ優勝したい」
「まあ、あーやってダベるのも楽しいけどな」
「お前がへんなこと言い出すからだろ」
 駅につくと、二人は使う路線が違うので、別々の方向に向かう。
「じゃ、また」
「おう」
 どうせSNSでつながっているので、別れ際はいつもこんな感じだ。だが今日は、市ヶ谷は振り返って宮田を呼び止めた。
「何」
「ゲームって何?って話さ。『何がなかったら一番盛り上がらないか』で考えたらいいかもしれん」
「お前まだそれ考えてたの。俺終電だから、じゃ」
 宮田はそう言って、足早に井の頭線のホームへ向かう。なんとか電車に乗り込むと、最終電車なこともあり、それなりに混み合っていた。
(『何がなかったら一番盛り上がらないか』か……)
 それは宮田も、一度考えた方法だった。そして、結果を思いついて、照れくさくて引っ込めた内容だった。
 起動した『FGO』のログイン順には、市ヶ谷のアカウントが一番上にきている。
(そんなん、『友達』に決まってるじゃん)

サウナに行きたいです!