6/12 中澤系『uta0001.txt』 (ぼくたちはこわれてしまった)

・中澤系の歌集『uta0001.txt』で描かれているのは死への自覚と、システムに閉ざされた終わりのない世界と、その中で生きる私たち、そしてその閉ざされた世界からの脱出を願う魂なんだって、思う。

「駅前でティッシュを配る人にまた御辞儀をしたよそのシステムに」
「メリーゴーランドを止めるスイッチはどこですかそれともありませんか」

 駅前でティッシュを配る人はシステムの一部であって、私もあなたもあの子もみんな同じようにシステムに絡めとられていて、システムは決して止めることができない。資本主義なんかもそうだけど、止めてしまったら破綻してしまう、止まることを想像できない、メリーゴーランドは回り続ける、スイッチの在りかを私たちは知らないままで。

「出口なし それに気づける才能と気づかずにいる才能をくれ」
「終わらない だから誰かが口笛を嫌でも吹かなきゃならないんだよ」
「そのままの速度でよいが確実に逃げおおせよという声がする」
「牛乳のパックを開けたもう死んでもいいというくらい完璧に」 

 システムには出口がない、この世界には出口がない。世界には果てなんてないし、どこに行ったって逃げ切ることはできない。「外部などないのに我々はexitすることを求めている」と言っていたのは『資本主義リアリズム』を書いたマーク・フィッシャーだけど、彼は最終的には自殺という究極のexitを選んでいて。このシステムのこの世界には出口がない、ということに気がつかないでいる方がたぶん幸せなのだけど、私たちはどうしてもそのことに気づいてしまうし、見て見ぬふりをすることだってできそうにはなくて。
 世界には終わりがない、世界の終わりは潜在しているのかもしれないけど、実際にはきみの頭の中にしか存在しないまぼろし。だから、終わらせるための口笛を吹く。解説で加藤治郎が「短歌は容赦なく終わらせることができる詩形」だということを言っていたように、短歌には終わりがある。57577、31音の定型詩。そこには暴力的とも言える「切断」があって、切断(有限性)によって成り立つ芸術。それは何かを終わらせるための口笛であるし、「牛乳のパックを死んでもいいくらい完璧に開けられた」ことが人生を切断して、一つの読点になるのなら。

「風船はやがて空へと昇りゆく 救いにも似た黄の色を持ち」
「日常の消失点を待ちわびている風船の導く先を」

 終わらない日常の消失点、空へと昇りゆく風船は救済の象徴として黄の色を持つ。
 救済、それはラカンが言っていた対象aのようなもので、スクリーンに映された存在しない虚像、既に存在していないにも関わらず欲望され続ける何か、私たちがこの世界に産み落とされて意識や自我を持つ前の、もうとっくに失われてしまった完全な世界(でも、この世界には、若い頃には色々あったけど結婚をして出産をして幸せになりました、みたいな人たちだっているんだけどそれはたぶん、存在しない対象aとしての救済を欲望しなくなった、欲望する必要がなくなったということなんだと思う。もし「救済」というものが存在するとすれば、それは何かを諦めて、救済を欲望する必要がなくなったときだけだから。あるいは、読点としての死)

「被害者の少女/生前の顔受像機に/悲しきまでにうつくしくなく」
「もっと速くもっと速くきみを同定する力から逃れ駈け出せ」

 テレビに映るのは、何かの被害にあって死んでしまった少女の写真だけど、決まってその写真は暗くて荒くて美しくない。その子には生きてきた年数だけの生の瞬間があったわけだけど、その中から丁度いいどれかだけが切り取られて、その子のすべてになってしまう、システム。
 私たちは同一性を、アイデンティティを必要とする生き物だけど、一秒一秒のうちに変化していて、一日ごとに別人になる。だから、私たちを同定する力から逃れ続けなくてはいけない、きっとそうだよね

「3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって」
「理解とはなにかぼくにはわからないわからないことだけわかるけど」
「ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ」
 

 私はこの世界の何を理解しているのだろう、快速列車が通過するときにあり得る死を、快速列車が線路上を通過していくそのシステムを。世界がどうしてこんな風に成り立っているのか、平然とした顔をして存在できているのかすら分からないし、何も理解できていない私たちは黄色い線の内側へと下がるしかない。でも、もし死を理解できたのなら、黄色い線の外側へ足を踏み出してもいいはずで。
 こわれてしまった、と告げるその声は壊れたテープレコーダーのようだけど、31音目で容赦なく切断される。それは、声を告げる主体の絶命、もしくは無限に続く声から切り取られた31音。

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