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金星人

 僕は見た。金星人を。

 冬の静けさが深く鳴り響く深夜、彼は寝ぼけ眼の僕の枕元に突然現れて、僕を揺り起こしてこう言った。

「ねぇ、僕は金星人だよ」

 僕はぼんやりとした頭でそれについて考えてから、ゆっくりと答えた。

「金星人?」
「そう、金星人」

 金星人。僕の頭は突然の出来事に処理が追いついていなかった。金星人?

「君にメッセージがあるんだ」金星人は僕の曖昧な状態なんて気にも留めずに続けた。「聞いてくれるかな」

 僕にしてみれば、そう言われてしまえば断る理由がない。寝ぼけた頭でも金星人に対して興味は湧いていた。金星人は何やらぼやぼやとした存在で、抽象的で、かと思えば具象的で、なんだかとりとめのないような形状をしていた。ある種の霊的存在のような。そんな彼を見ていて、僕には彼がたしかに金星人のように思われた。僕は金星人の話を聞くことにした。

「うん、話を聞くよ。一体、どんな?」
「実は、話せば長い話なのだけれど」

 金星人の話は大体次のようなものだった。地球人類は地球に移住する前は金星に住んでいた。けれど金星の環境悪化に伴って地球に移住した。それでも金星に残った金星人類も存在していて、彼はその中の一人だという。

「それって本当?」

 僕が聞くと彼は自信満々に答える。

「本当さ」

 そして続ける。今、金星は更なる危機に直面している。金星に残った数少ない金星人類たちが戦争を始めてしまい(それは地球上のそれとは少し異なる理由によるものだったし、異なる様相を呈しているようだった)、金星の環境は壊滅寸前だという。善良な金星人たちは行き場を失っている。どうにか助けてくれないだろうか。

 助ける? 僕は率直な疑問を抱いた。

「助けるったって、どうやって?」
「祈りさ。君の祈りが必要なんだ」
「祈り?」
「そうさ、祈り。それが僕らの力になる」

 祈り。祈りだけで金星人の力になれるのならいくらでも祈る気にもなる。本当にそうならば。

「本当に祈るだけで大丈夫なの?」
「そうさ、祈り。それこそが僕らの力になるんだ」

 にわかには信じがたかった。けれど、金星人が言うのだから確かにそうなのだろう。僕は半信半疑ながらも頷いて、話を進めることにした。

「具体的には、どんなことを祈るの?」
「僕たちの平和を」
「平和」

 それは漠然とし過ぎていて、それでもそうとしか言いようのないことなのだろう。僕にはよくわからなかったけれど、とにかく、僕は金星人類の平和を祈ることにした。

「ありがとう」

 僕の祈りが通じたのか、金星人は音もなく消えていった。それから僕は毎日、習慣のように金星人類の平和を祈るようになった。宇宙を眺めながら。金星を探しながら。

 その後、金星人類はどうなっただろう? 音沙汰はない。けれど彼らがうまくやっていってくれていることを願う。祈る。どうか元気で、お気をつけて。

(うまく語れていない部分は大いにある。信じてもらえなくてもいい。これは僕にとっての本当だから。あくまで僕にとっての)


追記
画像の絵は、ヴィーナスという画材屋さんでもらったセヌリエというブランドのオイルパステルで描いた。ピカソが使っていたもの。

(2024.1.24)

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