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マインスイーパ

 人生はマインスイーパのようだ、と結子が言った。俊太郎は「へぇ」と言った。俊太郎の「へぇ」は「へぇ」以上でも以下でもなく、何ら意味を持たない種類の「へぇ」であった。俊太郎の「へぇ」はごく「へぇ」然とした「へぇ」であり、「へぇ」以外の何物でもない。そのことに結子は噛み付いた。

「君、へぇ、って、話聞いてるの?」
「え、だからマインスイーパだろう? ウィンドウズの」
「私はマイクロソフトのマインスイーパを何に例えた?」
「君はビル・ゲイツのマインスイーパを人生に例えた。というより、人生をそれに例えた。分かってるよ、ちゃんと。ちなみに、マインスイーパは別にマイクロソフトのものでもビル・ゲイツのものでもないけどね。マインスイーパはマインスイーパのもので、僕らみんなのものだ。そんなことすら僕は分かってる」
「そんな話はしてないのよ。人生を、君の言うところのスティーブ・ジョブズのものですらあるマインスイーパに例えた私は、じゃあ一体何を言いたかったか、分かる?」
「分かるよ。人生は大変なんだ。地雷がそこら中に埋まってる。倫理的にマズい」
「まぁ、それはたしかにそうね。でも私はそんなことを言いたかったわけじゃないんだけど」
「ふうん」

 結子は俊太郎の「ふうん」にも噛み付いた。

「ふうん、って、君ね。もしかして私がイエス・キリストで、そうでなくてもある種の預言者で、このマインスイーパの話がとんでもない叡智への道標になり得る可能性だって、宇宙にはちゃんとあるのよ? そういうこと、考えたことある?」

 俊太郎は首を捻った。

「うーん。どうだろう。僕は君と幼なじみで、小さな頃からずっと君のことを知ってるけど、君が馬小屋で生まれたって話は聞いたこともないし、君の額には稲妻型の傷もないし……。でも、宇宙のあらゆる可能性に関しては認めたい。だから、僕は考えたことはなかったけれど、もしかしたら君は預言者なのかもしれない。確かに君は小さな頃に、完成間近だった僕の世界地図のパズルを真っ二つに砕いた。しかも綺麗に太平洋のど真ん中をね。民を導く預言者の素質はある」
「稲妻型の傷は魔法使いの話でしょ。彼はいま俳優として頑張ってるし、この話と関係ない。パズルのことは何度も謝ってるけど改めてごめんなさい」
「どうも」

 結子と俊太郎は一息ついて、マクドナルドのポテトをつまんでシェイクを飲んだ。晴れた土曜日の午後一番は親子連れで混み合う。店内は騒然として、雑多な話題が飛び交う。それでも預言者について話しているのは結子と俊太郎だけだった。

「話を戻したいんだけど」

 結子が言うと俊太郎はえっ、と不意を打たれた。

「話を戻す? 何に?」
「だから、マインスイーパの話よ」
「あぁ、マインスイーパね」

 俊太郎は手持ち無沙汰に目線を店内に向けた。俊太郎のマインスイーパへの関心の薄さは止めどを知らない。

「私は思うんだけど」結子は構わず続けた。「私達の人生はいつだって八方塞がりなのよ。どこに進んでいいのやら、最初は漠然としすぎて検討もつかない。けれど、ヒントは転がってるのよね、至る所に。ただ、それを掘り出すにはリスクがいる」
「なるほど」俊太郎は頷く。
「上手くヒントを掘り出せればいいけど、上手くいかなければ爆発するの、地雷がね。その表現が倫理的にマズければ、失敗とか、ナーバスとか、そういうのでもいいんだけど、とにかく。上手くいかないとすごく落ち込んじゃうのよ。しかも、最初は比較的小さな世界でのやり取りなのに、それをクリアするとどんどん大きな世界になっていくの。小学校、中学校、高校、大学、社会……、ね? 関わる物事もややこしくなって、ヒントを掘り出すのも大変になる。まるでマインスイーパみたいじゃない?」

 俊太郎は何度も頷いた。頷きながらシェイクをすする。それから、結子の話がひと段落ついたことに気付いて、ちょっと考えながら切り出した。

「でもそれって、RPGとかでも大体同じじゃないかな? マインスイーパに限らず」
「RPGなんて知らない、やったことないもの」
「なるほど」俊太郎は頷く。

 トレーの上に広げたポテトは残りわずかになっていた。俊太郎はそろそろ切り上げる頃合いだと感じていた。シェイクも飲み干しつつある。けれど結子は続けた。

「それでね、一番言いたいことは、そうね、一番言いたいのは、やっぱりヒントが大切だってことなのよ。それは記号みたいなものかもしれないけど、ちゃんと教えてくれてるのよね。この辺は危険だぞ、この辺は割と安全だぞ、とかね。記号の意味さえ読み解ければ、それはちゃんと伝えてるのよ。そこで挑戦してみたり怯えてみたり、失敗したり成功したり。自分のフィールドに隠れてるヒント。これよね、つまり」
「なるほど」俊太郎は頷く。シェイクが尽きてズルズルと音が鳴った。「よっぽどマインスイーパが好きなんだ」
「うーん、そんなにやったことはないかな。テトリスの方が好き。あれも素敵よね。ひねくれ者よりストレートが一番強い」
「それって同性愛批判なの?」
「違うよ、なにそれ。問題発言。ほんと、君ってひねくれてるよね」
「ひねくれ者だってちゃんと役に立つんだよ。カチカチ向きを変えてるとコロコロ転がって上手いとこにハマってくれたりするんだ」
「なにそれ。変なこと言ってないでもう出よ。私、大分前に全部食べ終わってるんだから」
「なるほど」俊太郎は頷く。「全部、君の言う通りだよ」
「なにそれ」
「ひねくれ者が築いた土台をストレートが消し去るんだ」
「ふうん」

(2014.12.7)

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